第一章⓪-3 『この部屋で二人きりって本当ですか?』
俺とフラッカは役所の扉の前で止まりこれからのことについて話すことにした。
「あのいきなりなんだけどさ、実はさ俺、相澤夢乃さんのこと知ってるんだよね」
「ええ~そうだったのですか」
「うん、俺も同じ西高なんだよね。一応同級生なんだけど?」
「そうなんですね!えっとー、クラスは?」
「俺は2年1組の宮凪秀一、知ってたりするかな」
「宮凪君ですか!んーごめんなさい、私はあまり1組がある棟に行くことがないので、初めてですね」
「だ、だよな~」
部活もしていないような俺がこんな美女に認知されているわけがない。当たり前の話だった。
「これからどうしようか」
「どうしますかね」
「あ、じゃーさっき話していた古着屋を案内してくれよ!何するにしてもこの格好じゃ動きづらいしさ」
「いいですね!わかりました、案内します!」
そして俺らは古着屋に向かうことになったのだが
「あれ、こっちだったはずなんですがー」
それが
「あ、多分こっちでした!」
いつまで経っても
「あれ、ここさっき来ましたかね、えへへ」
一向に
「また行き止まりですね」
辿り着ける気がしない。
「なぁ、少しそこのベンチで休もうぜ」
「そうですね」
クタクタになった2人はベンチに腰を掛けた。ふと正面を向いたらそこにはガラス張りがあり、何やら張り紙の様な物があった。それは従業員の募集の張り紙だった。
「おいしいパンを一緒に焼いてみませんかってこれもしかして」
そう、そこにあったのはフラッカがずっと探していた『ポーテン』という名のパン屋さんだったのだ。
「なんと、こんなところにあったのですね」
しかもここのパン屋さん、従業員募集中というのだ。
「なぁ、とりあえずお金稼がないとやばいよな?」
「そうですよね、私たちお家ないですもんね。本来ゲームなら何かしらのクエストなどでお金が手に入るのですが現実世界となるとですよね」
「あーそういえばフラッカは普段からゲームしてるって言ってたな」
「はい!人気があるRPG系なら全てやってますよ!」
「へぇ~それはどんくらいあるんだ?」
「最近始めたのも合わせるとー14種類ですかねー」
「14!?そりゃー、慣れてそうだな」
「えぇ、もちろんです!私の趣味ですから……」
フラッカは少し暗い表情でそう言った。あからさまだったが人は他人に聞かれたくないことがあるのが普通だ。そんなことをいちいち聞くのは、はっきり言ってナンセンスだろう。俺は重たくなった空気を一刻も早く変えたかった。
「なぁ、フラッカ」
「ん?どうしました」
「ここのパン屋で働いてみようぜ!」
「それいいですね!ただ、働くとはいえお家がないような私たちを雇ってくれるのでしょうか」
俺はしばらく考えた。そしてあることを思い出した。それは、院長の言葉だった。
「努力が必ず報われるか……」
「え?今なんと仰いましたか?」
「いや、何でもない!とりあえず行ってみようぜ!努力次第でどうにかなるよきっと」
「そうですね。行きましょう」
古着屋に行く予定を変更し、まずはパン屋で雇ってもらいそこでお金を稼ぎ、最終的には宿を見つけることにした。
そしてパン屋さんの扉を開けた。
「あのー、すみませーん。どなたかいますかー?」
パン屋の中は真っ暗だった。人気はないが、奥の厨房が少しだけ明るい。しばらくすると厨房から足音がし始め誰かの声が聞こえた。
「お客さんかい、今日は特にぬくいなぁ」
男性の声だった。
「そ、そうですね」
「もうすぐ夏だからなー」
「夏になるとさらに暑くなりますもんねー」
「いやー今ちょうど掃除の休憩中だったもんだから少し待たせちまったな」
そう言って漸く姿を現したのは30代後半くらいの少しだけ体格の良いおじさんだった。
「いらっしゃいお客さん、なぁーに突っ立ってんだ」
「あの、表のチラシ見ました。ここで働かせてほしいんです!」
「あぁ、従業員のやつか。そこの椅子に座りな」
「わかりました」
と2人ともそれぞれの椅子に座った。
「んじゃ、簡単に面接させてもらうな」
「「お願いします!」」
「ほう、2人とも元気がいいな。俺は『ポーテン』の店主をしているジャンだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「ところで、お前さん達――地球人だな?」
「え、なんで……」
なんとジャンと名乗るこの男、俺ら2人が地球から来ていることを見破ったのだ。
「なんでってそりゃーこの世界じゃ『ぬくい』なんて言葉使わねーからな。それにこの世界に夏なんざぁねぇよ、なんせ四季なんて概念は存在しねぇからなぁ」
つまり地球人にしかわからない方言と四季という概念を使って俺たちは試されていたのか。全然気づけなかった、完全にぬかった。
「それを知ってどうする気だよ?」
この世界の者じゃないとわかったら此処の人達はどうするんだ。フルーラは何人もの地球人をあそこから送り出してきたと言っていた。だが住民は受け入れているのだろうか、俺ら地球人を。
「そ、そうですよ!それに私たちは地球人なんかじゃありません!」
「ちょっ、フラッカさん?どう考えてもこの状況でそれは無理がありますよ?」
「で、ですよね。すみませんー」
と下手な嘘をつく彼女だったがそれがめちゃくちゃかわいい。どうしよう。さっきからずっと隣にいるが心臓がバクバクしててこのおじさんどころじゃない。そんなことを考えているとおじさんが驚いた表情でこう口にした。
「フラッカだと……」
「ん?どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
おじさんは何か引っかかったような反応を見せた。
「それで、おじさんは俺たちをどうするつもりだよ」
「ああ、安心しな。俺もな、お前らと同じ――地球人だ」
「「ええ~!?」」
「俺もなお前らと同様に転移してここに来たんだよ」
「なんだって」
「そ、それは本当でしょうか?」
「あぁ、そうだ。もう何年も前の話だ」
初っ端から地球から転移してきた人に出会えるなんてかなり運がよかった。
「でもなんで俺らが転移してきたってわかるんだよ」
「ちょっとナイユフさん、それはどういうことですか?」
「だってよ、確かに現実世界と聞かされてはいるけど、もしかするとここは死後の世界で俺らは異世界転生したって可能性もあるだろ」
「いや、それはない」
「どうしてそう言えるんだよ」
「俺は死んでここに来たわけじゃねーからな。それに……」
「それに?」
「――地球に戻る方法があるからだ」
「地球に戻れる……だと」
「ほ、本当ですか!」
「とはいっても、戻り方なんて知らねーけどなっ」
「なんだよ」
「まぁーそうガッカリするな。実はな、ある一人の男が突然消えてどこかに行く瞬間を俺は見た」
「なんだって!」
「お知り合いの方かなにかですか?」
「いいや、ここらじゃ見かけねー顔だったな。だがな、地球で見たことがある気がすんだよ。確か、あれはー鬼丸っつったかな。病院の院長だったはずだ」
「鬼丸って!」
俺とフラッカは勢い良く目が合った。
「ジャンさんその人の名前って覚えていますか?」
「名前はしらねーな。でも当時の俺よりは随分歳上だったな。ちょうど俺の親父くらいに見えた気がする」
「おじさんはそのとき何歳だったんだ?」
「おじさんじゃねーよ、ジャンだ」
「いや、今頃かよ」
「あん?」
「じゃ、ジャンは何歳だったんだ?」
「んーあれは確か10年前だったからなー、28歳だ」
「待て待て、ジャンはここにきて10年も経ってるのか」
「あぁ、そうだ。鬼丸って名前を憶えてんのは完全に奇跡だな」
10年。俺がまだ小学生の頃からこの人はこんな世界に迷い込んで今も暮らしているのか。もしジャンではなく俺だったとしたら、10年もここにいれるだろうか。正直今の俺では持たないだろう。一刻も早くここから抜け出したい気持ちでいっぱいだ。
「あの、ナイユフさん?」
「ん?どうしたフラッカ」
「ジャンさんの今の年齢は28と10を足して38歳になりますよね。でもあの院長って……」
「今のジャンよりは確実に若かった!」
「ん?つまりはあれか?俺とお前らが想像している奴は別人ってわけか?」
「あぁ、多分そうだよ」
「じゃあれだな、お前らが言う鬼丸って奴は俺が見た院長の息子、あるいは親戚ってとこだな」
「その線が濃厚そうですね」
「あーえっとーなんだっけな。そうだそうだ、お前らここで働きてーんだろ?」
完全に、ここに来た理由を忘れかけていた。
「そうだった。はい、お願いします!」
「いいぜ、2人とも雇ってやんよ」
「本当ですか!」
「ありがとう!ジャン!」
「おうよっ。あーあと、お前らどうせ家もねぇんだろ?俺に付いてこい」
そう言われて、階段を上り2人が連れていかれたのはパン屋の上にある三階の部屋だった。そこは10畳くらいの広さがある部屋だ。
「もしかしてここを?」
「あぁ、好きに使え。元々は別の奴が使ってた部屋だが、もういねーからな。埃まみれできったねぇから掃除は自分たちでしてくれ。掃除道具なら一階にある。服は階段を上がった突き当りにタンスがある、そこに入ってるやつどれでもいいから着替えろよ」
お礼を言った俺らはタンスから適当に選んだ服に着替えた。俺は真っ白のTシャツに紺色の半ズボン、フラッカは水色のTシャツに灰色の長ズボンに着替え、一階にある掃除道具を取りに行くことにした。
「ナイユフさんは箒をお願いします!私は雑巾がけをしますので」
「いや、どっちも2人でやろうぜ。多分こっちのほうが効率いいだろ」
「では、私も掃きます!」
「あと、そのさん付けやめてくれよー」
「あ、わかりました」
「よしっ!じゃ掃除するぞ!」
勢いよく三階に上がろうとした途端、お店のドアが開いた。
「お客さんかな?」
「どうでしょうか、私見てきます」
「じゃ、俺もっ」
そう言って厨房の方からホールの方を覗くと一人の女性が何か荷物を持ってこちらに向かってきた。
「あら、君たちどうしたの?」
知らない人に話しかけられアタフタしていると厨房からジャンが出てきた。
「おー帰ったか。そういやエリに言わないとだったな。こいつらはさっき俺がアルバイトで雇った、えっとー、あれ名前聞いたっけか。あーそういや女の名前しか聞いてねーな」
「あ、俺はナイユフです!」
「私はフラッカです!」
「ナイユフに、フラッカね!私の名前はエリよ、よろしくね」
「エリさんよろしくお願いします!」
「うんうん、いい子たちだねー」
「あの、エリさんはジャンさんとどういうご関係で?」
「あれ、言ってなかったっけか?エリはな、俺の嫁だ」
「えぇ!ということは、ジャンさんはご結婚されていたんですね」
「まぁな。って、んなことはどうでもいいんだよっ!エリ、こいつらに三階の部屋を貸してやりてーんだ、貸してもいいか?」
「いいわよ、あなたがいいなら」
「わかった。ほら、さっさと掃除して来いよっ」
「はーい」
踏むたびにキシキシと音が鳴る階段だったからいつか折れるんじゃないかと心配してゆっくり上ることにした。
そして三階の部屋に着いた。ドアは空いていた。見るからにもう何年も使ってないように見える。
「それにしてもすごいな、この埃」
「なかなかですね。でも頑張りましょっ!」
「おう!」
あれからどのぐらい経っただろうか。埃など一切なく、床で寝そべれるほどまで綺麗になった。
「やっと終わったー」
「私はもうクタクタで力が入りません」
「最後これ片付けてから休憩しようぜ」
掃除道具もろもろを持って階段を降りると良い匂いがしてきた。パンの匂いだ。俺らが掃除を頑張っている間にジャンとエリさんが俺らのために出来たてのパンをごちそうしてくれるというのだ。
「美味しそうー!」
「たくさん焼いたから好きなだけ食えよ」
「いただきまーす」
「そういえば、今日はお客さんは来てないみたいですけどどうしたんですか?」
「今日は休みなんだよ」
「お休みだったんですか」
「あれ、でも俺らがここに来た時店の扉空いてたよな」
「お前らが勝手に入って来ただけだ」
「え、まじ」
言われてみれば店内真っ暗だったうえにパンはひとっつも置かれていなかった気がする。
「たまたまエリが買い物に行ってたから開いてたんだよ」
「そういうことだったのか。ていうか、パン屋って定休日あるんだ」
「あたりめーだろ、ブラックか」
その後、四人でエリさんが作ってくれた夜ご飯を食べた。ジャンとエリさんがどうやって知り合ったかなど消灯時間まで語った。
だいぶ、ウトウトし始めた俺とフラッカは寝床に就くために三階に上がり、エリさんが用意してくれた上下水色の寝巻に着替えた。
「それにしてもエリさんの料理美味しかったなー、あれなんて言うんだったっけ」
「えっとー確か、エリさんが『コリーン』って言ってましたよ」
「そうそう、それそれ!日本でいうカレーみたいな感じだったよな」
「では、そろそろ寝ますかね」
「そうだな、おやすみ。フラッカ」
「おやすみなさい、ナイユフさん。じゃなくてナイユフでしたね」
部屋の電気を消して目を瞑った俺だがふと冷静になる。一つの部屋に男女二人きり。簡易的な仕切りとしてカーテンはあるが一つの部屋に違いはない。ましてや俺らは思春期真っ只中の17歳だ。そう言った甘酸っぱい恋があってもいいんじゃないだろうか。心の中で謎の葛藤がしばらく続いた。とそこで声が聞こえた。
「あのー、起きてますか?」
フラッカの声だった。
「あ、うん起きてるよ。どうしたんだよ急に」
「あぁ、いえ。少し気になったことがあるんです」
「気になったこと?」
「はい。古着屋に行った時の話なんですが、私が病衣を交換してもらう際に古着屋のおじいさんに手紙の様な物を渡されたんです」
「手紙……ラブレターか?」
「はい、じゃなくて違います!」
「ですよね。おじいさんがフラッカに手紙って変な話だな」
「それがおじいさんからのではなく、病衣のズボンに付いている左ポケットに入っていたものだったらしいんです。その手紙の内容が変なんです」
「病衣のポケットにだって?詳しく教えてくれよ」
この時初めて、俺たちがここに来た意味を知ることになる。