第一章①-裏1 『フラッカ、囚はる者』
――相澤夢乃・フラッカ視点
ある日、お父さんが私を背負いながら、ぽつりと話してくれた。
「“夢乃”って名前は、お母さんがつけたんだ。夢を、いつだって追いかけてほしいってな」
その“夢”の名をくれた母は、もうこの世にはいない。
私が六歳のとき、母は出産後に患った癌で亡くなった。父はその日を境に、泣き崩れ、壊れかけたようだった。数ヶ月間、会社も休職し、家の中は沈黙だけが支配していた。
当時の私は、母が「死んだ」という意味を理解していなかった。でも、帰ってこないということだけは、幼いながらにちゃんと分かっていた。
小学一年生になってからは、私は父を元気づけるために、満点のテストをもらうたびに見せびらかした。
最初は無表情だった父も、やがて少しずつ笑うようになり、日常を取り戻していった。
母のいない家で、私は家事を担うようになり、塾に通う余裕はなかった。それでも工夫を重ねて、念願の第一志望・西高校に合格した。
高校一年生になって最初のテスト。満点とはいかなかったが、まずまずの成績を父に見せると、いつものように優しく頭を撫でてくれた。
そして数日後、仕事の日はいつも遅く帰る父が、その日はいつもより少しだけ遅れて帰宅した。手には、何やら大きな箱を抱えていた。中身は、巷で話題のVRMMO――最新型の仮想現実ゲーム機だった。
「部活友だちもいなくて寂しいだろう?少しでも休日の楽しみがあればって思ってな」
その言葉に、胸がじんと熱くなった。
最初はゲームに興味がなかった私も、やってみるとどんどん夢中になっていった。父も心配しつつ、どこか安心したような顔をしていた。
――でも、今。私は、もう一ヶ月も家に帰っていない。
父はきっと、私の帰りを待ち続けているはずだ。こんなところに閉じ込められているわけにはいかない。早く、家に帰らなきゃいけないんだ……!
――警察軍本部・地下牢
警察軍本部の地下最深部。その無機質な空間に、ただひとつだけ存在する牢屋。
フラッカはそこに投獄されていた。手錠などはつけられていないが、ベッドとトイレだけの無機質な空間に、二人の見張りが常時交代制で配置されている。
朝食を終えたころ、廊下の奥から誰かの足音が響いた。通常は二人一組のはずが、今回は一人だけ。そして現れたのは、自分を捕らえた――あの男だった。
コツ、コツと靴音を立て、男は牢の前に立ち止まった。
「……久しぶりだな」
「……昨日会ったばかりでは?」
フラッカはベッドに腰掛けたまま、彼を一見し、少し俯きながら応じる。
「ああ、そうだな。すまない……今のは君に向けた言葉じゃない。君の中にいる“彼女”に言ったんだ」
「……私の、中に?」
フラッカが顔を上げた。
「君も、薄々気づいているはずだ。“彼女”の存在に……。かつて悪魔と罵られ、人々に蔑まれたあの女のことを」
男の声は低く、しかし確かな確信を持っていた。
「だが彼女は、本当は哀れな少女だった。ある“正義”の名の下に、犠牲にされた過去を持つ――魔女、だということに」




