21話 よくわからないもの
「あれ、今日は沙弥せん…………沙弥だけ?」
「美里は生徒会だから…………」
……………あれ? おかしくね? まあいいけどね? うん、もう気にしないっ。ベストプレイスじゃなくなりつつあるけど、気にしないが吉。
「ところで、昨日買ったの全部読んだ?」
「あーっと……………まだ読んでない。途中までは読んだんだけどな」
ほんとは一個も読んでない。昨日はそれどころじゃなかったし。つーか、本すら手につかないとか、俺読書家名乗れなくね? いや、名乗る気もないし、名乗る相手もいないけどさっ。
「ふーん……………そっか」
探るような目で見てくる沙弥。や、やめてっ。俺のHPがMP削りにいってるからっ。…………自分で言っといてなんだけど、わけわからん。
「水樹、色々言いたいことはあるけど、とりあえず座ったら?」
「………………そうだな」
色々って何? 引く手数多とはこのことじゃね? 引く手は一本、いや、贅沢は言わないからゼロにして欲しい。安寧と平穏と平和を希求す。…………ほぼ同じ言葉じゃん。歩く類語辞典じゃね、俺。…………すいません、調子こきました。
「─────ところで、どうなの? あのあと」
「あのあと…………って、ああ。いや、何にも。特に変わりはない」
しいて言うならぼっちの時間が増えたってくらいだ。ビバっ、一人。俺は一人を謳歌するっ、するべきなんだ…………! ばっかじゃねーの、俺。
「…………そっか」
知り合ってまだ幾星霜────ってか、そんなに長い年月経ってねーわ。沈黙でいい空気が流れる事はない。流れるとすればそりゃあ血反吐? 誰の? 俺の。
「そ、そういえば…………今日っていい天気だな」
「どこが?」
上を見る。曇ってた。ほんとに見事な晴れ空。感動。HPバー振り切って全快したわー。………………だって、仕方なくね? イギリス人だってよく天気の話するっていうし、それに乗っ取っただけだし。結論、俺はコミュ障。………わかりきってたしっ、落ち込んでねーし。
「……………水樹、卵焼き頂戴?」
ついに自ら要求してくるようになりやがった。……………つーか、ついにって言うほど卵焼きあげた覚えはない。餌付け? するわけねー。
「…………別に、い────」
「……………ん、うまい」
沙弥の頬が僅かに緩む。
「…………………」
いいって言う前に食いやがった。しつけがなってなかった? 待てって言った方が良かった? ……………まあいいか。
「……………そりゃどーも」
「………水樹はいいお嫁さんになれる」
「はぁ……………?」
ぐっじゃねえよ。お嫁さんになりたくねえ。どちらかといえばお婿さん…………贅沢言うな? うっせえ、こればかりは性別の問題だっ。
そんなくだらない話をしつつ、食べること十分ちょっと。
「……………じゃ、食べ終わったから、私は行く」
弁当をまとめ、手に持って立ち上がる沙弥。
「やけに早いような気がするけど…………この後何かあんの?」
「…………体育。着替えなきゃいけないから」
「あー…………なるほど」
着替える場所まで移動しなきゃなんねーし。そういうこと。納得、納豆だわ。
「…………水樹も来る?」
「行かねーよ!!」
行ったら変態現行犯だわっ。捕まりたくねえっつの。っつーか、その前に女子にミンチにされるわっ。恐ろしや。
「冗談だから、じゃ」
そう言って沙弥は去っていった。
「うーん……………」
俺の日々は充実してる………はずだ。ベストプレイスについては諦めてるけどさっ、うん。
だからこそ、胸に去来するこの変なふわっとした感覚は、俺にはよくわからなかった。




