62、王子と女神
「あら…あなただあれ?」
男は相変わらずぽかんとした顔でこちらを見ていたが、私は男から香る愛しい人の魂の香りに気付いた。
「これは…ルールアの匂いだわ。どうしてあなたから香るのかしら?その魂はルールアのものなのだけど…返して下さらない?」
一瞬で男の側に移動すると、私は一瞬の躊躇も無くずぶりと男の胸に手を突き立てる。
驚愕で見開かれた男の様子に首を傾げながら、私は男の心臓をぎゅうっと掴んだ。
「がはっ…」
「あぁ、ほら。やっぱりルールアだわ。ここに居たのね?私とても寂しかったの。さぁ、一緒に帰りましょう?あなたの神殿で暮らすと約束したでしょう?」
男はそのまま手を抜こうとする私の腕を掴み、口の端から血を垂らしている。
「君は…アルマだろう?どうしてそんな姿をしているのか分からないけど…何故泣いてるの?」
「泣いてる…?私が?」
男に言われて片手で頬を触ると、確かに濡れている。
男は眉を下げ困ったように私を見ると、優しく微笑んだ。
「よく分からないけど…悲しいことがあったのかな?大丈夫、私が側に居る。約束しただろう?」
そう言って男は腕がめり込むのも構わず一歩前に出ると、震える手で私を抱き締める。
その感触に私は脳が焼けるように熱くなるのを感じた。
私、私は何を…
立ち込める血の臭いと腕から伝わる肉の感触に呆然とする。
そのままゆっくりと腕を抜けばリーヴス殿下は口からも血を流し、力無く私に寄りかかった。
「ふふ、はぁ…愛した人の手に掛かるのも、なかなかいいかもしれない…他の奴に殺されるより、よっぽど幸せだ…」
「リ、リーヴス殿、下…」
ガタガタと震える身体でリーヴス殿下を支えながら、リーヴス殿下の体温が下がっていくのを感じる。
どうしよう、どうしよう!
私は何て事を!
また彼を失ってしまう、
そんなの耐えられない、
ルールア、ルールア!
狂い始めた思考に飲まれそうになった時、「アルマリージュ!」と声がして、ライナお兄様が転移してきた。
「ライナお兄様…助けて…私が、彼を…」
「大丈夫、まだ間に合う。アルマリージュ、私が彼を助けるから!」
ライナお兄様はそう言うとあっと言う間に魔法を展開させ、みるみるうちにリーヴス殿下を回復させていく。
私はそれを傷の塞がったリーヴス殿下をぎゅうっと抱き締めると、リーヴス殿下の髪に頬擦りした。
「ルールア、ルールア、良かった…私のせいでまたあなたを失う所だった。愛してる。愛してるの。」
「…」
私の様子を黙って見ていたライナお兄様は、しばらくすると私の手からリーヴス殿下をそっと奪う。
「あっ、ルールア…!」
「アルマリージュ、彼はルールアじゃないよ。アルマリージュはまだ混乱しているね。彼はもう大丈夫だから…一度天界に戻って話をしようか。」
ライナお兄様はそう言うと、リーヴス殿下をベッドに寝かせ、私を連れて天界へと転移した。




