6、警備
「アルマ、早くこちらへおいで!」
お兄様に促され衝立から飛び出ると、急いでお兄様の胸に逃げ込む。
「イグリード殿、貴方はご自分が何を仰っているかお分かりですか?今日妹はリーヴス殿下との顔合わせの為に登城したのです。それを横槍に入るような真似をして許されるとでも?」
本当だよ!
ドレスの中見ただけでもマズいのに、あの執着王子が許すわけ無いでしょ!
お兄様に指摘され、イグリード様は困ったように私を見る。
「しかし、夫でも無い私がラウンドール嬢のドレスの中を見てしまったとなっては、やはり責任を取らねば…」
「イグリード様、そんな事黙っておけば済む事でしょう!?私はその様な責任を取らせたくて申し出たのでは有りません!」
はぁ~なんという勘違い!
イグリード様と結婚なんてする位なら不審人物のままでいいわ!
「では、どの様な償いをお望みで?」
やっと言い出す機会がやって来て、私は少しだけお兄様から離れイグリード様に向き直った。
「私は、現在の警備体制に物申したいのです!」
イグリード様は私の言葉に目を丸くすると、顎に手を当てて唸る。
「しかし、ご令嬢に城の警備体制についてお話しするのは…」
「分かっております。失礼を承知で申し上げますが、今の警備体制はお世辞にも完璧とは言えません。本日の騎士達の対応を見て、素人の私でさえ危機感を覚えました。あくまでも私の意見を聞いて頂くだけで結構ですので、これをきっかけとして今一度警備体制の見直しを検討して頂きたいのです。」
そう言って私は城のどういった場所にどんな人材をどの程度配置するのかを、怪しまれない様ざっくりと提案した。
ついでに今日護衛に付いた騎士達の緊急時の対応についても言及し、今後の訓練についてもちょこっとだけ口を出す。
「とにかく、今のままでは再び王族方が危険に晒される可能性が高いのです。どうか、ご一考下さいませ。」
どうせ私の様な小娘が言及した所でたかが知れているが、言わないよりはマシだろう。
それに、あの状態を見て黙っていろと言う方が無理だ!
熱くなるあまり私はいつの間にかお兄様から完全に離れイグリード様に詰め寄っていて、イグリード様は何故かそんな私を頬を染め惚けた表情で見下ろしていた。
「ラウンドール嬢…貴女はとても気高く聡明な方なのだな。そんな貴女を疑い辱めて、私は自分が恥ずかしい。見た目は傾国の美女でありながら、その心にあるのは王族を御守りしたいと言う強い信念…この国に貴女の様な女性が居たなんて…!」
…え、急にどうした。
さっきまで散々私を尋問してたのと同じ人だよね?
大丈夫かこの人。
「…イグリード殿、もういいだろう?妹の疑いは晴れたのだから、私達は帰宅する。」
イグリード様はお兄様の言葉にハッとしたものの、目線は私に向いたままお兄様に答えた。
「あ…そうだな、失礼した。では馬車留めまでお送りしよう。」
「いや、結構だ。では、失礼する。」
お兄様は私の腰を強く抱くと、扉に向かって歩き出す。
私はイグリード様に軽く会釈して、促されるまま執務室を後にした。
「…はぁ、参ったな。また変な奴に目を付けられた。」
「…ごめんなさい。」
げんなりとするお兄様に、私は眉を下げて謝る。
「アルマのせいではないよ。でもイグリード殿の反応も無理はないかもね。あんなに的確な警備体制、騎士団長クラスでもなかなか組めないんじゃないかな。それをこんな美少女に熱く語られたら、内容はどうあれ惚けても仕方無いよ。」
出ました、お兄様の妹贔屓。
私は内心ビクビクとしながらも困った様にお兄様に微笑んだ。
改修増築されているとはいえ、私はひたすらこの城と王族の警護を担っていたのだ。
特に隠密の時は敵の行動を先読みして動かなければならない為、敵が何処から侵入してくる可能性が高いかは経験から分かる。
しかしそもそも今の騎士達は頼りなさすぎる気がした。
いくら昔より平和な治世だからと言って、気が抜けすぎでは無いだろうか。
「ディグル!アルマ!!」
悶々と考えに耽っていると、前からお父様が走って来て私を抱き締めた。
「アルマ、庭園で襲われたと聞いたぞ!怪我は無いんだな!?」
「はい、大丈夫です。ご心配をお掛けして申し訳ありません。」
私が答えればお父様はほっとした顔で腕を緩める。
しかしその顔はすぐに曇り、私を見つめた。
「アルマ…お前は今日からしばらく城に滞在する事になった。陛下と王妃様がお前が自らを盾にしてリーヴス殿下を御守りした事にいたく感動してな…。リーヴス殿下からの強い希望もあって、このまま城に留まり婚約式まで親交を深めよとの事だ。…つまり、婚約は確定ということだな…。」
えぇえッ…!!
知らない所で婚約が確定してるなんて…!!
あぁ…余計な事したぁぁ…!
私が絶望していると、お父様は更に追い討ちを掛けてくる。
「それで、リーヴス殿下が聴取が終わったらアルマと話されたいと仰っていてな。この護衛が案内してくれるそうだ。」
私がお父様の後ろに居た護衛を見ると、軽く会釈される。
お兄様もとんでもなく不服そうだったけれど、私は護衛に付いていくしかなかった。