50、来訪
それから数日間、私は殆ど喋らずひたすら治療に専念した。
青白い顔で額に汗をかく私の姿は異常だった様で、皆数分置きに状態を確認してくる。
しかし一々相手をしているとまた状態が悪化するので、私は完全無視を決め込み治療に集中し、その甲斐あって何とか歩けるまでに回復した。
「アルマ、まだ無理はしない方がいい。」
お兄様が用事で席を外している隙にベッドから出ようとする私を、マグリが制止する。
でもこれ以上ベッドでじっとしていたら身体が動かなくなりそうだ。
何より既にもうかなり鈍ってしまっている。
「ん…ちょっと散歩に出るだけよ。大丈夫、だいぶ調子がいいの。」
そう言いつつ少し歩くと疲れてしまい、側に立っていたマグリに寄りかかってしまった。
まずいわね~歩くだけでこれって。
本格的にリハビリを始めないと鈍った位では済まなくなるわ。
マグリの腕に掴まり廊下に出して貰うと、すぐ近くからキンキン響く喚き声が聞こえる。
声の主はすぐ分かったが今はあまり鉢合わせたく無いので、私はマグリに抱いて貰い別の廊下からさっさと庭に出た。
「はぁ…いい天気ねぇ…。」
少しずつ歩いてはマグリにもたれ掛かりを繰り返しながら庭を散策してみたが、思いの外疲れる。
仕舞いにはマグリに抱き付いたまま動けなくなってしまい、マグリも私を支える為じっとしていると、「まぁっ!」と大袈裟な程大きな声がして二人で振り向いた。
「アルマ、マグリ!あなた達、そういう関係だったの!?だから、マグリを手離さなかったのね!?従者に手を出すなんて、なんてふしだらな女なのかしら!?」
あー避けたのになんで来ちゃうかな…
私が無視を決め込んで居ると、マリアナはそれを是と受け取ったようで嫌な笑みを浮かべる。
「これは、ディグル様に教えて差し上げなければ。私のお父様にも報告しておきましょう。皆、貴女をどんな目で見るのかしらね。」
いや、別にどうだっていいわよ…
どうせ結婚も出来ないし。
ただマグリの醜聞が広がったら困るから、後でお兄様には相談しておかないとなぁ。
私がぐったりしながら、
「マグリ…もう歩けない。だっこ。」
と言うと、マグリは私をひょいっと抱き上げた。
それ見たマリアナがまた騒ぎ出す。
「嫌だわ!従者に抱き上げさせるなんて…!アルマ、貴女よく人前でそんな事が出来るわね!慎みも無いのかしら!」
「誰が慎みが無いのかな?」
私がマグリの胸から視線をずらすと、ここに居るはずが無い人物が立っていた。
「…殿下?」
「え…えっ!?り、リーヴス殿下…!どうしてここに!?」
マリアナはリーヴス殿下を見て顔を真っ赤にして狼狽えていたが、すぐに取り繕って上目遣いでリーヴス殿下に近付く。
「リーヴス殿下、私、マリアナと申します。実は今、私の従姉妹がこの庭で従者と逢い引きしていたのを見つけまして、注意していた所ですの。アルマったら、本当に見境が無くて…」
マリアナは困ったわと色付いたままの頬に手を置きチラチラとリーヴス殿下の様子を窺っていたが、リーヴス殿下はマリアナを一瞥もせず私達の側に近付いた。
「…アルマ、こんなに弱って…。顔が真っ青だ。まさか、転移が原因で?マグリ、私が運ぼう。アルマを。」
マグリはリーヴス殿下の言葉に腕に力を込めるが、ここで断ってしまえばマリアナの前でリーヴス殿下に恥をかかせてしまう。
私は渋るマグリを宥めながら、なんとかリーヴス殿下の腕に移動させてもらった。
「アルマ、貴女何をしているの!?リーヴス殿下に抱いて頂くなど…ッ身の程を弁えなさいよ!不敬もいい所だわ!」
もー本当に煩い。
私がそれでも何も言わないのでマリアナが更に罵声を浴びせようとした所で、リーヴス殿下がそれを遮る。
「君こそ、弁えたまえ。不敬なのは君の方だ。私の妃となる人を侮辱するなど、どういうつもりなのかな?これ以上私の愛しい人を煩わせるようなら、それ相応の対応をさせて貰うから、覚悟して。」
「は…?妃…?」
茫然とするマリアナを残し、リーヴス殿下は私を部屋へと運んだ。
「アルマ…アルマ、返事をして。少しだけでいいから、声を聞かせて。」
ベッドに私を寝かせて頬を撫でてくるリーヴス殿下をうっすら目を開けて確認すると、リーヴス殿下は潤んだ瞳で私の頬を両手で包む。
うう…しんどい。
何でこんなに治らないの?
それにこの疲れ方は異常だわ…
「殿下…どうしてここに…?」
私が小さな声で問いかけると、リーヴス殿下は泣くのを堪える様に微笑んだ。
「どうしても最後のアルマの様子が気になって、父上に言って視察の名目で様子を見に来たんだ。…来て良かった。こんなに痩せてしまうなんて…」
流石ストーカーだなぁとぼんやり思っていたが、私はとりあえず誤解を解く事にする。
「これは、転移のせいではありませんわ…。…私の不注意です。殿下、早くお戻り下さい…ご公務が…ごふっ」
「アルマ!!」
まただよ、どんだけ吐血するの!?
喋る度これじゃ話も出来ないわ!
私がヒューヒュー息を漏らしていると、茫然とするリーヴス殿下を押しのけマグリが私を横にし口に残った血を吐き出させた。
少し落ち着いた状態でリーヴス殿下を確認してみると、リーヴス殿下は焦点の合っていない瞳でブツブツ何か言っている。
え、怖い。
何?何言ってるの?
私がじっと様子を見ていると、あろうことかリーヴス殿下は胸元から短剣を取り出し、それをいきなり自らへ突き立てようとした。




