5、疑い
私がお兄様と連れて来られたのは、現騎士団長であるイグリード様の執務室。
目の前にはあの場で聴取を求めて来た張本人であるイグリード様が、私を完全に怪しい人物を見る目で立っていた。
「イグリード殿、こんなに華奢でか弱い妹が侵入者を倒すなど出来るわけが無いでしょう。」
そうそう、いいぞ、お兄様。
もっと言ってやって!
「いいや。彼女はいち早く侵入者を発見し、隠し持っていた暗器でしっかりと敵を殲滅していた。一体何者だ?ドレスの下に暗器があるだろう、出しなさい。」
「え!?きゃぁっ」
そう言ってドレスを捲り上げようとするイグリード様に、私は大袈裟に悲鳴を上げる。
慌てた振りをしてお兄様にしがみつくと、お兄様は私を抱き締め、殺意のこもった瞳でイグリード様を睨んだ。
「イグリード殿!何をなさっているのです!私の妹を辱めるつもりか!?」
「あ…いや、すまない。ではご自分で外して頂こう。」
私はイグリード様の言葉に、お兄様をうるうるとした瞳で見上げる。
「お兄様…私は暗器などと言うものは持っておりません。」
「おい!見え透いた嘘をつくな!ドレスを脱がせれば分かるんだぞ!」
ちょっとこの人本当に騎士団長?
令嬢に対してドレスを脱がすとか、絶対ダメでしょ。
「イグリード殿!!」
お兄様の言葉にイグリード様は苦虫を噛み潰した様な顔をすると、仕方ないとメイドを呼ぶ。
「では、メイドに確認させます。それならいいでしょう。」
そう言うと私とメイドを衝立の裏に押しやると、メイドにドレスの下を確認するよう命令した。
どんな羞恥プレイだ…これ。
私は仕方なくドレスを捲り上げると、ドロワーズの下までしっかりとメイドに確認して貰う。
衝立から出ると、メイドは頬を染めながら
「大変お美しいおみ足だけで、何も御座いませんでした。」
と報告した。
「な…ッ!馬鹿な!納得出来ない!」
それでも食い下がり解放してくれないイグリード様に、私は仕方無く衝立の向こうを指差す。
「そんなに言うのであれば直にご確認下さいませ。その代わり、何も無い場合はそれ相応の対応をさせて頂きますが、宜しいですか?」
「アルマ!?」
「…いいだろう。」
私を止めようとするお兄様を説得し、私はイグリード様と再び衝立の裏に移動する。
騒ぐお兄様を無視し、
『メイドに見られるのは恥ずかしかったけど、男に見られても何とも思わないしな』
と、さっさとドレスを捲り上げると、私の目の前に屈んだイグリード様が驚愕の表情で目を見開いた。
「そんな、バカな!何もないだと!?」
触れて確認しようとするイグリード様に、私は伸ばされた手をぺちんとはたく。
「何をなさろうとしているのです!私に触れていいのは夫となる方だけですわ。」
私が睨むとイグリード様はハッとして、気まずそうに目を逸らした。
私が魔法師団長として生きていた時代は魔法が当たり前の様に存在していたが、今の時代は魔法師の減少と共に魔法自体が廃れ、その使用方法もほとんどが消失してしまっている。
その為魔法で生成した暗記はとっくに消して証拠隠滅していたので問題無いが、鍛えられた筋肉質の太股に触れられればまたあらぬ疑いを掛けられてしまう可能性が高いのだ。
あぶな~触られたらお終いだったわ。
「イグリード様、そろそろご納得頂けましたか?」
「…あぁ。」
「…では、結婚前の貴族の娘がここまで恥をかかされたのです。イグリード様にはこれが何を意味するか、お分かりですよね?」
私自身は何とも思っていないが、はたから見れば年頃の娘がここまでしたのだ。
あわよくば、是非とも城の警備体制についてと、騎士団の訓練内容に口出しさせて頂きたい。
今の騎士団は酷すぎる。
直接指導とまではいかないが、どうにか手を打たなければいずれ国に危険が及ぶだろう。
ジッと見つめていると、イグリード様は何かを決意した様に顔を上げ私を見つめ返すと、おもむろに私の手を取る。
えっ、何?
「このレオル・イグリード、年頃のご令嬢にこの様な恥辱を与えた事、深くお詫び申し上げる。ついてはラウンドール公爵令嬢を我が妻として迎え、此度の責任を取らせて頂きたい!」
「はぁ!?」
私が声を発するより先に、お兄様が衝立の向こうから声を上げた。