42、神界2
「ア、アルマリージュ様!?何をしてらっしゃるのです!?」
「何って、出てくのよ。」
私は窓の外を見てそこが一階である事を確認すると、スタッと外に降りる。
するとルアが血相を変えて窓から身を乗り出した。
「い、いけません!アルマリージュ様のそのお姿は外ではとても目立ってしまいます!それに、アルマリージュ様が居ないのが分かればリウグレット様がどうなるか…!!」
確かに、今の神界は何故か薄暗くて私のキラッキラな髪はかなり目立つかもしれない。
しかし、今はリウグレットの側に居たくない。
「だって、あの人と居たくないのだもの。少し散歩してくるだけだから、ルアからそう言っておいてくれない?」
私がにっこり微笑んで首を傾げると、ルアは一瞬惚けて固まったものの、すぐに首を横に振る。
チッ。
駄目か。
ならもうこのまま強行しちゃいましょ。
私はくるっとルアに背を向けると、さっさと外へ向けて走った。
「アルマリージュ様!ぶへっ!」
追い掛けて来ようとしたのか、ルアが窓から落ちる音が聞こえる。
可哀想だったが、私はそれを無視してすぐ側の森に飛び込んだ。
まぁ、どうせあの男の事だからすぐ見つかってしまうんでしょうけど。
それでも少しでも離れられるならいいわ。
私は森の中をスタスタと進みながら、人間界とは違う珍しい形の淡く発光する木々に感嘆する。
そのうち何故か本当に気分が良くなって来て鼻歌を歌いながら歩いていると、しばらくして森が開け、神殿の様な造りの建物が見えた。
げぇ…また神殿だわ。
まさかあの男が先回りしてたりして…。…ん?
さっき出て来たばかりの建物と似たような神殿をじっと眺めていると、入り口からキョロキョロと忙しなく飛び出してくる人影がある。
よく見るとそれは長い銀髪を片側に流した背の高い男で、男はこちらに気付くと目を大きく見開いて一瞬のうちに目の前に移動して来た。
「本物…!?本物かい!?」
男は私の顔をマジマジと見つめると、私の周りをぐるりと回って全身を確認する。
「…本物?残念ですが、私は貴方の言う方ではないいと思いますわ。先程あちらの神殿で目覚めたばかりですし、神界に居るのも一時的ですの。」
私が眉を下げて見上げると、男は口元を手で覆ってフルフルと震え出した。
「その声、やっぱり…!あ、あの先は、創造神の神殿…?完全に戻って来た訳では無いから、私が分からないのか…?リウグレット様の気まぐれで一時的に呼び戻した…?」
一人でブツブツ呟きながらどんどん興奮してくる男に、私は身の危険を感じて少しずつ下がる。
すると男はそれに気付いて慌てて手を離し、赤く染まった頬を晒して必死に弁解した。
「あぁ、アルマリージュ!私は怪しい者じゃないよ!君の兄のライナだ!どうしよう、どうしたら分かって貰えるかな…。あぁ、でも会えて本当に嬉しい…今日はなんて素晴らしい日なんだろう…!」
男の嬉しそうな顔と“アルマリージュ”と言う自分のものだと思われる名に、私は少しだけ警戒心を解く。
「…ライナ、お兄様…?」
「…ッ!そう!そうだよ、アルマリージュ!あぁ、アルマリージュにそう呼ばれるのは何百年振りかな…。おいで、中でもっとお話しよう!」
喜びでいっぱいの表情で、ライナは私を神殿へと案内した。
私もライナのあまりに嬉しそうな姿に呆気に取られ、ついつい言われるまま神殿へと着いて行く。
そして、神殿の中に入ると、ライナはいきなりその場にガクリの崩折れた。
「ラ、ライナお兄様…?どうされたのです?お腹が痛いのですか?」
恐る恐る聞いて見るも、ライナは首を横に振る。
「ご、ごめん。ついに、アルマリージュが私の神殿に来てくれたと思ったらあまりに嬉しくて…。」
そう言いながらすぐにヨタヨタと壁に手を付いて立ち上がったので、私は咄嗟にライナに手を貸した。
「ア、アルマリージュ…ッ!あ、ありがとう。こっちだよ、好きな所に座って。」
ライナに通された部屋はリウグレットの部屋と同じ様に床に絨毯が敷いてあり、クッションが置いてある。
私が適当に座ると、ライナもおずおずと私の隣に座った。
「でも、よくリウグレット様の所から出て来られたね。リウグレット様はアルマリージュにご執心だから…その、外に出したりしないと思っていたよ。」
えぇ、やだなぁ。
あの男の娘溺愛っぷりって有名なの?
「あの方に許可など頂いておりませんもの。女神達と揉めておいでの様でしたので、勝手に飛び出して来ました。」
私の言葉にライナは目を丸くしていたが、少しして困った様に微笑む。
その反応に
まさかライナお兄様も複数の女神を侍らせるタイプなの…?
と私がライナを怪訝な顔で見つめると、ライナはそれに気付いて慌てて手を振った。
「か、勘違いしないでね!?私は女神達をこの神殿に入れた事は一度も無いよ!私も貞淑なアルマリージュと同じ。ずっとアルマリージュだけって決めてたから…」
ん?私だけ?
ライナお兄様はシスコンか?
私が首を傾げていると、ライナは照れながら侍従らしき人に言って持って来させた果物を私の前に置く。
「ほら、アルマリージュは果物が好きだったろう?好きなだけお食べ。」
私はそれを見て急に空腹を感じ、葡萄を取って口に運んだ。
すると何故だが懐かしくなって、ぽろりと勝手に涙が零れる。
「あ、アルマリージュ!?どうしたの!?」
慌てて私を気遣うライナの仕草に更に胸が締め付けられ、私は思わず側に居たライナの服をにぎゅっと握り締めた。
「…分からないです。でも、何故だか胸が苦しくて…。」
「アルマリージュ…」
激しい郷愁に襲われすすり泣く私を、ライナは息を呑んだ後ぎゅうっと抱き締めてくる。
しばらくライナに頭や背中を撫でられ落ち着いて来ると、ライナは意を決した様に私を見つめた。
「…アルマリージュ。もし、アルマリージュが良いなら、私とこのままここで…」
「あれー?すまんすまん!ライナが女神を上げてるなんて思わなかったから勝手に入っちまった!また出直す…」
そこで別の男の声がして、私はビクッと身体が跳ねる。
その男は泣いている私を見て驚愕すると、次の瞬間ライナを殴り飛ばした。




