37、我慢
領地へ来てから少しは心穏やかに過ごせると思っていた私だったが、その期待は完全に裏切られていた。
「マグリ!今日こそ屋敷に連れ帰るわよ!」
鍛錬の為外に出ようとしていた私達が玄関を見ると、そこには当たり前のようにマリアナが立っている。
あれから毎日やって来ているが、どれだけ暇なのか。
ちなみにイドラは早朝に窓からさっさと森へ遊びに行ってしまった。
う~身軽で羨ましい。
あの後侍女から執事に話が伝わり、執事がお父様に報告してマリアナの父親に忠告してくれたらしいが、今の所全く効果を発揮していないようだ。
これはある意味予想通りで、マリアナの父親は娘に甘いので、大した注意もしていないのだろうと思われる。
『…アルマ、あの女、一度本気で追い出してもいいか?本当にうっとうしいんだが。』
こめかみをピクピクさせながら私に身体を寄せるマグリに、私は首を横に振る。
『…ダメよ、あと数日したらお兄様も来るし、もう少しの辛抱よ。』
お兄様が来れば、マリアナの興味の対象は殆どがお兄様に移るはずだ。
マリアナはお兄様には強く出られないから、少しは大人しくなるだろう。
今下手な手に出れば、それを盾に言いがかりをつけて来るに違いない。
そんな風にコソコソしていると、マリアナがいつの間にか側まで来ていて、マグリの腕に絡み付いた。
「マグリ、屋敷に向かう前に街でお茶がしたいの。ついて来て下さる?」
「…マリアナ、マグリは言葉が分からないと言っているでしょう。それに彼は私の従者なの。いい加減付きまとうのは止めてちょうだい。」
私が反対側のマグリの腕を掴んでぐいっと引っ張ると、マグリが驚きながらも嬉しそうな顔で私を見つめる。
それを見てマリアナはムッとすると、私の肩をぐっと押した。
「!」
『おい、お前!またアルマに手を…』
「姉上!何をしているのです!」
と、そこへ突然マリアナを注意する声が聞こえた。
「シアン!?何しに来たのよ!」
マグリの腕から離れなかった私にもう一撃食らわそうと手を上げていたマリアナは、現れた弟のシアンによって引き剥がされる。
「何しにではありません!お父様にアルマリアお姉様に近付いてはならないと言われていたでしょう!?それなのに何て事をなさってるんですか!」
えっ、そうなの?
言うべき事は一応言ってくれていたのね。
私がマグリの腕を掴んだままポカンとしていると、シアンは私に向かって頭を下げた。
「アルマリアお姉様、お久しぶりです。こんな形でのご挨拶になってしまい申し訳ありません。度々姉上がご迷惑をお掛けしている様でなんとお詫びしていいか…。お怪我は御座いませんか?」
姉のマリアナと違い、シアンはとても礼儀正しい。
私も幼い頃何度かシアンと遊んでいた為、弟の様に思っていた。
「大丈夫よ。シアンも久しぶりね。こんなに立派になって。」
私が微笑むと、シアンはかーっと顔を赤くする。
その初々しい姿に和んでいると、マリアナがシアンを押しのけ再び私達の前に出て来た。
「マグリ、今日は邪魔が入ってしまったけれど、また明日会いに来るわね。マグリがこちらに来ることに対してアルマがあまりにも駄々を捏ねる様なら、ディグル様が来た時私から直接お願いするわ。」
なんでそうなる。
私が呆れていると、シアンは慌ててマリアナの腕を引く。
「姉上!何を仰ってるんですか!?人の従者を奪うなど、どうかしています!それにディグル様にそんな事を言えば、今度こそただでは済まなくなりますよ!?」
えっ、お兄様、もう既に何かしたの?
私がそれを問う前に、シアンは何度も頭を下げながらマリアナを急かすように屋敷から出て行った。
『…あの男はまともそうだな。あのまま明日から来なければいいが…』
『明日も来るって言ってたわね。シアンだけじゃ止めるのは無理でしょうし…。今日の夜イニス殿下の所へ行くから、それまで対策を練りましょうか。』
実は待っていたイニス殿下からの手紙が届き、明日の夜なら都合がいいと書いてあったのだ。
エリシオは毎朝稽古をしているので、今の所はいつ来ていいとの事。
その為、先にイニス殿下の元へ向かうことにした。
私達はマリアナ達が去った後予定通り鍛錬を行い、屋敷に戻り夜までマリアナ対策を講じる。
しかし結局何も思いつかないまま、
「とりあえず、お兄様がやってくるのを待つ。」
と言う結論に達した。




