36、王都では
「イニス、ちょっといいかな?」
僕は部屋の扉の前で待っていた兄上に掴まり、顔をひきつらせながら頷く。
ラウンドール嬢が領地へと療養へ向かってしまってからもう一週間だ。
その間、何も知らない兄上はラウンドール公爵の屋敷へ見舞いに出向き、そこで始めてラウンドール嬢が居ない事を知り愕然としていた。
まぁ、ラウンドール公爵とディグル殿が兄上に知られない様迅速に行動した結果だろう。
しかし、魔術師としての指導を約束して貰っていた僕にはラウンドール嬢から手紙が届けられた。
そこには、
『こちらからお伺い致しますので、ご都合の良いお時間、場所等の指定をお願い致します。』
などと記載されていて、僕はすぐに返事を書き、それをラウンドール嬢に出したのだが…。
「確か、アルマが来るのは一週間後だよね?分かっていると思うけど、おかしな事をして邪魔したら許さないから。」
案の定兄上にバレてしまっていた。
ごめんなさい、ラウンドール嬢。
ラウンドール嬢がどうやってここに来るのかは分からないが、このままでは兄上に魔術師の事もバレてしまうだろう。
僕が頭を抱えていると、兄上は僕の横で無表情のままラウンドール嬢の好きな菓子についてブツブツと呟いていた。
兄上はラウンドール公爵の屋敷から帰ってきた後、それはもう荒れに荒れていた。
普段は冷静で何事にも動じないが、その日、兄上は無表情で自室を滅茶苦茶に破壊したのだ。
それはもう酷い有り様で、兄上自身も自ら割ったグラスの破片で頬に怪我を負った。
父上は舞踏会の日兄上が影武者を立てていた事も、兄上がラウンドール嬢を自室に連れ込み怪我をさせてしまった事にも大層お怒りだったが、そんな兄上の様子を見て一旦婚約者の事は保留にすると決めたらしい。
僕もそれがいいと思う。
ラウンドール嬢以外に、兄上を制御する事は不可能だ。
「ねぇ、イニス。本当にアルマとは何でもないの?まさか、私を差し置いて二人で恋仲になっているなんて事はないよね?」
ふと向けられた光の消えた瞳に、僕は背筋が凍る。
兄上は自分ではなく僕だけに手紙が届いた事をいつまでも根に持っていた。
「こ、恋仲であるはずが無いではありませんか!ラウンドール嬢が兄上の想い人なのは昔から存じております!」
確かにラウンドール嬢は美しいが、幼い頃から兄上が恐ろしい程執着しているのを一番近くで見て来ている。
そんなご令嬢を横盗りする度胸など僕には無い。
僕が震えながら答えると、兄上はどこか納得出来ていない様ではあったものの「…それならいいけど。」と視線を移した。
当日はラウンドール嬢一人で来てはくれないだろうか…
あの従者が近くに居ると、兄上が暴走しそうで怖い…
ラウンドール嬢が居なくなってからの兄上はいつにも増して本当に情緒不安定なのだ。
会えない日が続いている所にあの従者がラウンドール嬢にベタベタしている所を見せつけられたりしたら、確実に剣を抜く気がする。
僕の部屋で流血沙汰などごめんだ。
「あぁ、早く会いたいな…。」
僕は口角を上げうっすら笑う兄上を見ながら、心の中でラウンドール嬢の無事を祈りひたすら謝るのだった。




