30、領地
「あはは、どう!?面白いでしょー!」
面白いも何も、私に対するドラゴンの悪態が凄い。
言葉が理解できる今だから分かる。
私、めっちゃ恨まれてるじゃん!
「…これ、ドラゴンに乗って魔物討伐なんて無理なんじゃ…」
「ん?そこは大丈夫!ドラゴン雌に弱いから、今のアルマたんならイチコロだよ~。魂で契約してるから呼べば嫌でも飛んで来るし!いや~楽しみだなぁ!久し振りにアルマたんのドラゴンライダーが見れるなんて~!」
脳天気な男の脳天をかち割ってやりたくなる位イラッとしていると、男は今までの笑顔から一転、急に不気味ににんまりと微笑んだ。
「ふふ…早くアルマたんが神界に戻って来ないかなぁ。まぁ、神界に戻るには人間界での肉体を手放さなくちゃならないんだけど…。とにかく、あの王子に手込めにされない様に気をつけてね。そんな事になったら、僕直々にアルマたんを迎えに来る事になるし、この国も女神の加護は無くなるんだから。しばらく神界からの派遣もしないよ。」
えっ、じゃあその間に魔物に襲われたら…
っていうか、神界に帰る=人間界の死って事!?
リーヴス殿下と何かあれば、私死ぬって事だよね!?
私が息を呑むと、男は私の心の声が聞こえているだろうに微笑んだまま否定も肯定もしなかった。
こういう時だけだんまりか!
「あ、そろそろ時間だね。名残惜しいけどアルマたんも起きないと。ちゃんと良い子でドラゴン呼んで討伐行くんだよ?パパちゃんと見てるんだからね!じゃあねぇ~!」
「えっ、あ、ちょっと!」
まだ聞きたい事あるのに!
男が消えるのと同時に、私はベットの上で目が覚めすぐに頭を抱えた。
…寝覚め最悪だわ…。
そもそも魔物って数十年から数百年に一度の割合の出現率だけど、何かさっきの雰囲気だと討伐に成功したら私すぐあの男に殺されそうじゃない?
討伐に行かないのも困るけど、討伐したらしたで私が困る!
マグリとか、イニス殿下の事だってあるし…
それに、私が本当に女神で神界に戻った後は誰かを代わりに派遣するとも言ってなかったし…
ドラゴンだって、むやみやたらに呼んだら大騒ぎだわ。
もう、問題山積みじゃないの!!
ゴロゴロと繰り返し寝返りを打ちながら悩んでいると、そこにノックと共に侍女がやって来る。
「お嬢様、お加減は如何ですか?実は旦那様が朝食の前にお嬢様とお会いしたいといらっしゃっているのですが…」
「お父様が?分かったわ。お通ししてくれる?」
お父様が私に朝から何の用だろう。
侍女はすぐに私にガウンを羽織らせると、お父様を寝室まで連れて来た。
「あぁ、アルマ。寝たままで構わないよ。少し急ぎの話でね…こんな時間にすまない。具合はどうだ?」
「大丈夫です。それで、どうされたのですか?」
また婚約の話でもぶり返されたら背中の傷が痛むフリでもしようと身構えていると、お父様の話は全く予想外のものだった。
「ここ最近、アルマにとって良くない事が続いているだろう?だから、療養も兼ねて領地へ戻ってみないか。アルマの年頃だと王都での社交が大事だと言うことは分かっているが、リーヴス殿下との婚約も白紙に戻ってしまったし、しばらくは無理に相手を探さなくてもいい。騒がしい王都ではなく、静かな場所でゆっくり療養に専念する方がアルマにとっていいのではないかと思ってな。」
領地!!なんていいタイミング!!
広大な土地に、近隣に広がる自然豊かな山々。
屋敷も庭も王都のものより大きいし、ドラゴンを呼ぶには最適な場所ではないか!
「まぁ無理にとは言わないが…」
「行きます!!明日にでも出発したいです!!」
私がお父様の言葉をぶった切り食い気味で話に乗っかると、お父様は驚きながらも「そうか。」と頷いた。
「では、なるべく早く向かえるよう準備を整えよう。」
「はい、宜しくお願いします!」
よしっ、これで問題が一つ片付いた!
お父様が部屋から出て行くと、私は侍女に言ってマグリを呼んで来て貰う。
入って来たマグリは情けなく眉を下げた顔でベッドに駆け寄って来ると、私をぎゅうっと抱き締めた。
『アルマ…ッ良かった!今日はだいぶ顔色が良いみたいだ。背中は痛むか?』
『ううん、大丈夫。昨日はマグリのお陰で助かったわ。ありがとう。』
私はマグリに御礼を言うと、先程お父様から聞かされた内容をマグリにも話す。
その後自称パパ男と女神の事等は伏せ、ドラゴンと魔物の討伐についても説明した。
『魔物か…しかし、軍隊で討伐しているものを俺とアルマだけで殲滅出来るのか?』
『まぁドラゴンも居るから…協力してくれるかは分からないけど。』
むしろそのドラゴンに殺されるかもしれない。
しかしマグリの言うことも最もだ。
本来なら隊を組んで殲滅に向かう様な所に、二人で挑もうなどかなり無謀だと思う。
領地で傭兵でも雇ってみようかな…
私がそんな事を考えていると、マグリは急にごそごそと服のポケットを漁り、私に紙切れを差し出して来る。
『そうだ。アルマ、これ昨日エリシオとか言う騎士に渡されたんだ。アルマ、あいつと何かあったのか?何を言っているのかは分からなかったが、心配そうにしたり怒ったりしてたぞ。』
…やば。エリシオとの約束すっかり忘れてた。
私は苦笑いでエリシオとの稽古について説明しながら紙を受け取ると、マグリは呆れたように溜め息を吐いた。
『約束したなら忘れるなよ。アルマってそういう所あるからな…。手紙を書くならついでに魔術士にするって言ってた王子にも書いとけよ。ほっといたらそっちも忘れそうだ。手紙を渡す相手が男ってのが気に食わないけど、仕方無いから俺が二人まとめて届けてやる。』
あのヤキモチ妬きのマグリがこんなに頼もしくなって…!
そして私のいい加減さよ…。
私はマグリの成長に感動しながらも、王都に居るであろう二人にどう領地から指導しようか考える。
今まで本気で考えて来なかったけど、転移魔法の開発を検討した方がいいかもしれない。
しかし、転移魔法はかなり緻密で高難度の魔法であり、今まで誰一人開発に成功した者は居なかった。
…うん。私には無理だな。
やっぱり他の方法を考えよう。




