28、現る
「リ、リーヴス殿下…?」
私が恐る恐る名前を呼んでみると、リーヴス殿下に唇で耳の縁をなぞられ鳥肌が立つ。
「ん…アルマ。会いたかったよ。アルマも寂しかったでしょ?」
私は恐怖でコクコク頷くと、リーヴス殿下は私の向きを変え正面から抱き締めてきた。
さ、さっきまで会場に居たのに…ッ
な、何で!?
瞬間移動!?
「あぁ、来てくれて嬉しい。待ってたんだ。今日もとても美しいね。…おいで、部屋でゆっくり話そうか?」
へ、部屋はイヤァァ…!
手を引かれ思わず抵抗すると、リーヴス殿下は無言で私を抱き上げる。
そのままリーヴス殿下の部屋に運ばれると、抱かれたまま寝室に連れて行かれ、ベッドに押し倒された。
「それで、イニスと何を話してたの?この前も馬車の中で会ってたよね?」
私を見下ろしながら何故か上着のボタンを外すリーヴス殿下に、顔が強張る。
「で、殿下…、主役が席を外しては…」
「どうでもいいよ、あんな無意味な舞踏会。最初から影武者を参加させてるし。」
か、影武者…
ちゅ、ちゅと頬にキスされビクンッと身体が震えると、
「イニスと何をしていたの?教えて。」
とリーヴス殿下は低く呟いた。
「な、なな何って、逆にイニス殿下と何をするって言うんですか!何もするわけ無いでしょう!?ドレスに染みが付いてしまったので着替えの為に別室にご案内下さっていただけで…」
「外でも会ってたでしょ。私とだって出掛けた事なんて無いのに…イニスと逢い引きなんて許せないな。しかも二人で変装して完全にお忍びだったよね?あぁ…思い出したら腹が立って来た。」
ヒィィ、イニス殿下が殺されちゃう!
私が顔面蒼白でリーヴス殿下を見つめていると、リーヴス殿下は上着を脱いで床に落とす。
何だ何だと見ていると、ベストも脱ぎ、シャツのボタンも開け始めた。
「…アルマ以外と結婚させようとする父上も、私からアルマを奪おうとするイニスも、アルマにベタベタする従者も、皆うんざりだ。ねぇ、アルマ。ここでアルマを手に入れれば皆を黙らせられるかな?それとも皆殺してしまおうか?どっちがいいか選んで。」
絶望の二択!!
どうしようどうしようと焦って居ると、リーヴス殿下の後ろに黒い影が見える。
私が咄嗟にリーヴス殿下を抱き寄せ上下逆になった瞬間、バシュッという音と共に背中が一気に熱くなった。
「…ッ!殿下!ここから動かないで下さい!」
痛みを堪えてすぐに体勢を整えると、侵入者の攻撃を魔法で生成した剣で受け返す。
すると侵入者は「チッ」と舌打ちすると、窓を割り外に飛び出した。
うぅ、駄目だ。
追い駆けたいけど、リーヴス殿下を置いてはいけない。
…そうだ!獣人のマグリならここからでも私の声が届くはず。
『マグリ!!侵入者が逃げた!捕まえて!!』
私はマグリに叫ぶと、ベッドの上で呆然とするリーヴス殿下の無事を確認する。
「殿下!ご無事ですか!?お怪我は!?」
「怪我…アルマ…背中が…」
私の背中はスッパリ斜めに切られ、自分でも血が流れているのが分かった。
それを途切れ途切れの集中力で多少回復させると、リーヴス殿下に微笑む。
「私の怪我は大した事はございません。それより殿下の御身でございます。それにしても、もっと厳重な警護を敷かなければ再び殿下が危険な目に…」
言いながら汗を拭っていると、リーヴス殿下は私の背中を見て焦りながら枕元にあった紐を引くと、部屋に入ってきた騎士にすぐ医師を手配する様に申し付けた。
「殿下…私は大丈…」
「大丈夫な訳が無いだろう!?頼むからじっとしていてくれ!私のせいで、アルマにこんな大怪我を…」
『アルマ!!』
そこに窓からマグリが飛び込んで来て、私を見るなり目を見開き、近くにあったシーツで身体を巻き抱き上げる。
『痛ぁッ!?マグリ、あんま傷触らないで!ほんと痛いのよ…』
『す、すまん!侵入者は捕まえたぞ!早く帰って治療しよう…!』
私も帰りたいのは山々だが、果たしてこの状況で帰ってもいいのだろうか…
「待て!今医師を手配している!そんな状態のアルマをここから動かせる訳が無いだろう!」
いや、やっぱ帰ろう。
医師に見られても面倒臭い。
私はマグリの腕の中で
『今魔法で粗方治療しちゃうから、絶対下ろさないで。』
と囁き目を閉じた。
早く~早く治れ~
こんな時回復魔法が苦手な自分が恨めしい。
目を閉じ唸る私を見てリーヴス殿下は何を思ったのか、マグリと言い合っていたが、マグリは私の言う通り医師が到着するまで決して私を放す事はなかった。
その甲斐あって傷はうっすら切れてしまっている位にまで治療出来、私はそれを医師に確認して貰い家に帰って療養する事になる。
聴取はまた後日改めて騎士団が屋敷に派遣される事になり、私はマグリの腕の中でほっとした。
「そんな…アルマを家に帰すなんて…!城で療養を…」
「殿下、動けぬ程の傷では仕方ありませんが、この程度の傷ならご帰宅されるのも可能なのです。ご令嬢は大変怯えていらっしゃる。このまま城に滞在するより屋敷に帰りたいと希望されて居るのですから、一旦帰して差し上げるのが宜しいかと…」
医師の言葉にギリギリと悔しそうな顔をしながら、リーヴス殿下は渋々頷く。
「アルマ、すまない…近いうちに必ず見舞いに行くから、待っていて。」
「いえ、ご無理なさらないで下さ…」
「いや、必ず行く。」
家まで送ると言い張るリーヴス殿下を家臣たちが何とか抑えているのを見ながら、私は再びマグリに抱えられお兄様の元へ向かった。
私達が来る前に知らせを聞いていたらしいお兄様は
「城に来ると碌な事が無い。もう二度とここに連れてきたくないよ。」
と青筋を立て怒っていたが、何とか宥めて屋敷へと帰宅する。
屋敷へ戻ると背中の傷を見たお母様が失神してしまい大変だったが、
「お医者様にも見て頂いたし、全然痛く無いんです。心配し過ぎですわ。」
と笑って誤魔化し部屋に戻った。




