26、師弟
『アルマ、それでどうするんだ。コイツを魔術師として育てるのか?』
痺れを切らしたマグリが少しイライラしながら私をせっつく。
イニス殿下は今は少し卑屈になっているけど、それはあの異常に優秀でキャラの濃いリーヴス殿下のせいで隠れてしまっているだけなのだ。
これだけの魔力を保有しているのなら、きっと素晴らしい魔術師になるに違いない。
私はふてくされたままのイニス殿下を見ると、笑顔で問い掛けた。
「イニス殿下は、魔術師や魔法をご存じですか?」
私の問いに、イニス殿下は訝しそうに眉根を寄せる。
「魔法とはお伽噺に良くある不思議な力の事でしょう?魔術師は遥か昔は存在したと言われていますが…それも本当かどうか。」
イニス殿下の答えに、私はさっと手を振り自分の周りに妖精や光の粒子を出現させる。
「なっ…!?」
まぁ今のこれはただの立体映像の様な物だが、イニス殿下の様な人物には実演した方が早いのだ。
「私は今この世界で唯一存在する魔術師なのです。先程の変化も幻術になりますの。イニス殿下がもしお望みなら、私が師として魔法をお教え致しますわ。」
そう言いながら妖精と戯れて見せていると、イニス殿下は呆気に取られながらもすぐにキラキラとした瞳で私を見る。
「ぼ、僕でもこの不思議な力が使える様になるのですか…!?」
「えぇ。イニス殿下にはかなり高い魔術師の素質がおありですわ。それに、魔法が使えれば自己防衛にもなりますし、きっとお役に立つと思います。」
そう、役に立つ上に、イニス殿下にとっては今まで自覚出来ないで居た自尊心も芽生える筈だ。
私がそう言うと、予想通りと言うべきか
「是非!是非私に魔法を教えて下さい!」
とイニス殿下が詰め寄ってくる。
マグリはそれをムッとした表情で抑えつけようとしていたが、私がそれを制した。
「分かりました。では、一旦私と師弟の印を結んで頂きます。これがあれば魔法の指導が各段にし易くなりますし、何よりイニス殿下が誤った魔法の使い方をすれば私にそれが伝わりますので、危険のリスクが減ります。宜しいですね?」
イニス殿下は私の言葉に頷くと、私の指示に従い手の平を差し出して来る。
私はイニス殿下の手を取ると自分の唇を噛み血を滲ませ、魔力を乗せてイニス殿下の小指を軽く噛んだ。
「ラ、ラウンドール嬢!?」
『アルマ!?』
私が唇を放すとイニス殿下は真っ赤になりながら呆然とし、マグリは私を慌てて引き寄せ顎を掴む。
「ちょ、いひゃい!イニス殿下、小指の付け根に私のイニシャルは浮かんでいますか?」
マグリに顎を掴まれたままイニス殿下に確認すると、イニス殿下は小指を見てコクコクと頷いた。
「これで師弟の印は刻まれました。これからどう指導していくかは書面で話し合いましょう。…と言ってもイニス殿下は城から出られないと思いますので、私がこっそりお部屋にお伺いする事になるかと思いますが…ぎゃっ!」
私が説明していると、マグリがペロリと私の唇を舐める。
私もイニス殿下も驚愕して固まっていると、マグリは少し頬を赤くして私の唇を見た。
『…すまん、痛そうでつい…。アルマの唇は柔らかいな。』
はぁーッ!?
ついじゃないだろ!
何て事してんだ!!
私が怒りで震えていると、イニス殿下も何故か青ざめながら震えている。
「あぁ…とんでもないものを目撃してしまった…。ラウンドール嬢とその従者は恋仲なのですか…!?それに、この印…先程の行為と合わせて兄上の耳に入れば、私はどうなるか…!」
ガタガタ身体を震わすイニス殿下に、私はマグリに拳骨を落としてから急いでマグリについても説明した。
そしてイニス殿下が心配していた小指のイニシャルも魔力を注いで見えなくすると、あからさまにホッとされる。
「いいですか、イニス殿下。これは誰にも口外してはなりません。魔術師は今や幻の存在。決してリーヴス殿下にも話されない様に。それと、ナガリア国の王太子と婚約者様は私の事をご存知です。彼等は異能でこちらの状況を盗み見る事が出来ます。これは、それを妨害する魔道具です。魔術師が居ない王城の情報は今やナガリア国に筒抜けだと思った方が宜しいでしょう。いずれ私とイニス殿下で城全体を結界で覆う方法も検討した方が良いかもしれません。」
私の言葉にイニス殿下はごくりと唾を飲んだ。
これはかなり良いかもしれない。
イニス殿下が魔術師となれば城の防衛が各段に上がる。
そうして私は魔道具をイニス殿下にも差し上げると、とりあえず今日の所は帰ろうとした。
が、イニス殿下は私の腕を掴むと真剣な表情で忠告してくる。
「ラウンドール嬢、外には兄上の密偵がラウンドール嬢を見張っています。その、あまりマグリ殿とイチャイチャなさりませんよう。それと、舞踏会の日は僕も最初だけ参加しますので、ラウンドール嬢が早く会場から退場出来るよう手引き致します。その後、もし時間がおありでしたら魔法を教えて頂ければと…」
私は思わぬ強力な協力者に、笑顔で頷いた。
「分かりました!では、舞踏会の夜に。」
「はい。ラウンドール嬢、本当にありがとう。」
照れた様にお礼を言うイニス殿下に微笑んで、私は馬車を降りる。
イニス殿下の言う通りリーヴス殿下の密偵の気配がしたが、まぁいつもの事なのでさっさと巻いて屋敷に帰った。




