25、イニス殿下
マグリは私の側にピッタリと寄り添い、周囲を威嚇して歩く。
そのせいで私達の周りは人が避けて行くので、とても目立っていた。
『…マグリ、警戒しすぎよ。何なの、一体。』
私が呆れてマグリを見上げると、マグリは心外だと言わんばかりに目を見開く。
『それはこっちのセリフだ!アルマこそそんな変態ホイホイみたいな見た目で外を歩くなんてどういうつもりだ!?』
変態ホイホイって…
私は騒ぐマグリを放って瞳に魔力を集中させると、周囲に魔力の高い人間が居ないか探してみた。
すると、近くのショーウィンドウを見つめる貴族の令嬢らしき少女から、かなりの魔力を感じる。
ちょうど良い子が居るじゃない!
女の子だし、マグリの相手にもピッタリ!
私は嬉々としてその子に近付くと、公爵令嬢である事も忘れマナーもへったくれもなく話し掛けた。
「すみません、お嬢さん。もし宜しければ、僕にそのドレスをプレゼントさせて貰えませんか?」
満面の笑みでナンパする私に少女は思いっ切りしかめ面で振り向くと、私の顔を見て吃驚する。
ん?…何かこの顔凄い見た事あるな…
え、あれ。
ま、まさか…
「…イニス殿下…?」
私が名前を呼ぶと、イニス殿下はビクッと身体を跳ねさせ慌てて人差し指を唇に添えた。
「ラ、ラウンドール嬢!ここでその名を呼ばないで下さい!それに、その格好は何ですか!?男装にしても中性的過ぎますよ!?」
イニス殿下はそう言うと、周囲をきょろきょろ確認する。
…あぁ、イニス殿下は女装が御趣味だったのね。
それとも中身が女性なのかしら?
まぁわからないけど、ここはそっと見なかった事にしましょう。
私が悟った様な顔で
「殿下、誰にも申し上げませんので御安心下さい。それではこれで。」
と去ろうとすると、イニス殿下に腕を掴まれた。
「何分かった様な顔で去ろうとしてるんですか!誤解ですからね!?それに、このまま誤解を解かず帰すわけが無いでしょう!?」
そう言うと、近くに隠れていた護衛を呼び、私を馬車へと連れて行く。
それに気付いたマグリが慌てて走って来て私を奪うように抱き寄せると、イニス殿下は驚いて立ち止まった。
「あぁ、貴方が兄上が言っていた従者ですか?…なる程、これは嫉妬する訳だ。別に私はラウンドール嬢を攫おうとした訳ではありません。馬車で少しお話するだけです。」
私はマグリにイニス殿下の言葉を説明すると、マグリは警戒しながらもそれに頷く。
私達はイニス殿下と少し離れた所にあった馬車の中に入ると、幻術を解いて元の姿に戻った。
「…凄い。今のは何ですか?一瞬で変装が解かれた様に見えましたが…」
「イニス殿下が何故こんな所をウロウロされていたのか教えて下さるなら、お教えしますわ。」
正直女の子でない時点でかなりガッカリしたが、ここまで魔力の高い人物も早々居ない。
話してみてもし可能性があるなら、魔術師として指導させて頂くのも有りかもしれないのだ。
王族に魔術師が居れば、マグリの為にもなる筈。
私がにっこり微笑みかけると、イニス殿下は少し目を泳がせながらも観念したように話し出した。
「…この姿を見られてしまっては、話さない訳にはいかないですね。この姿は、城から抜け出る為の変装です。僕は、もうこの国に居たくない。出来れば他国に亡命し、静かに暮らしたいんです。」
「は…!?」
衝撃の告白に私は目を剥く。
この国から出たいなんて、第二王子が何をぬかしてるんだ!?
私が口を開けたまま黙って居ると、イニス殿下は自嘲気味に視線を俯かせた。
「貴女も情けないと思っているのでしょう?でももう嫌なのです。僕は兄上が怖い。確かに血が繋がっている筈なのに、僕にはあの人が何を考えているか全く分からない。唯一兄上を感情のある生き物へと変える貴女は婚約者候補から外れてしまった。これから先、あの兄上を一生支えて行かなければならないと思うと胃が痛くなる。その上、父上も母上も兄上の事となると盲目なので、私の気持ちなど微塵も汲んで下さらない!」
イニス殿下は溜まっていたのであろう不満を私にさらけ出すと、ハッと気まずそうにする。
いや、でもその気持ちも理解出来なくはない。
私の前では様子の可笑しいリーヴス殿下だが、噂によれば普段は冷静沈着、無口に無表情で、優秀ではあるものの何を考えているのか全く分からないらしいのだ。
そりゃ憂鬱にもなるだろう。
しかし、それよりも先に私は聞いておきたい事があった。
「その事と、変装が女装なのは全然関係ないと思うのですが…別に女装までしなくとも城を抜け出すことは出来るのでは?」
するとイニス殿下はカッと頬を赤くすると、頬を膨らませる。
「べっ、別にいいではありませんか!普段皆兄上ばかりに夢中で、私など居ない者として扱うのです!私だってチヤホヤされたい!女装だと皆が優しくしてくれるのです!」
構ってチャンか。




