20、屋敷
屋敷に着いて私が声を掛ける前に、私に気付いた門番が慌てて屋敷に知らせに走る。
しばらくするとすぐにお兄様が飛び出して来て、私を見るやすぐさま抱き締めた。
「あぁっ、アルマ…ッ!良かった!無事だったんだね!攫われと聞いて心臓が止まるかと思った…!」
「お兄様…ッ、私、凄く怖かったですわ…!」
「可哀想に…お兄様が付いているからね、もう大丈夫だよ!」
目に涙を溜めて迫真の演技でお兄様に抱き付いていると、お兄様は私の頭を撫でながらマグリを見る。
「アルマ、それでこちらの方は?」
「彼は、私を助けてくれた獣人のマグリです。」
「獣人…!?」
お兄様の驚いた様子に、マグリは無言でお兄様を見つめ返し、私はお兄様の胸にすがりつく様に話し出した。
「言葉が通じないので、助けて頂いた際何とか身振り手振りで教えて頂いたのですが…獣人の集落はナガリア国に攻め込まれ、今は彼一人しか居なくなってしまったらしいのです。獣人である事が知られてしまえばマグリがまた危険な目に…。私、マグリの力になりたいのです。マグリは私以外には心を開けない様なので、なるべく私が側に付いて、人の中でも暮らせるように色々教えて差し上げたい。こんな事お兄様にしか相談できません…。私、マグリに助けて貰ったご恩をお返ししたいんです。」
私がポロポロ涙を零して訴えると、お兄様は私の涙を拭いながら優しく微笑む。
「あぁ、泣かないで。自分だって怖かったろうに他人を思いやる事が出来るなんて、アルマはなんて優しい子なんだろう。…分かった。お兄様も協力するよ。アルマを助けてくれたんだ、僕にとっても恩人だしね。そうだな…アルマと四六時中一緒と言う訳にはいかないが、従者にでも出来ないかお父様に相談してみよう。」
「お兄様、本当ですか…!?ありがとうございます!」
私が甘える様にお兄様の胸に頬ずりすると、お兄様は私の髪に何度もキスした。
ふふふ…よし、これでお兄様はこちらの味方。
策士なお兄様が何とかしてくれるなら、もうほとんど解決した様なものだ!
さぁ、ではマグリにもお兄様を紹介して中に…
と思い私が振り返ると、マグリは体中から怒気を漂わせこちらを睨んでいる。
私はぎょっとしてマグリに駆け寄ると、小声で話し掛けた。
『マグリ、あれはお兄様だから!来る前に話したでしょう!?何で怒ってるのよ!』
『…兄でも嫌なものは嫌なんだ。それに、あんなにアイツに甘えてくっついて…アルマ、俺にはそっけないのに。』
もー本当にすぐヤキモチ妬くんだな、この子は!
『分かった!部屋に行ったらいっぱいくっつくから!今はその怒気をなんとかしなさい!』
私がそう言うと、マグリは何とか機嫌を直す。
「アルマ、どうしたの?いつまでも外に居ないで、中に入ろう。」
「あ、はい!」
お兄様に呼ばれて私はマグリの手を引くと、屋敷の中に連れて行った。
屋敷に入るとお父様もお母様も戻って来た私を見て、お兄様同様抱き締めながら無事を喜んでくれる。
私はそんな皆に、
あんな事があった王城へはしばらく登城したくない。屋敷で静かに暮らしたい。
と俯いて訴えると、皆痛ましそうな顔をしながら了承してくれた。
しかもお兄様がお父様達にマグリの事を獣人と言う事を伏せ私の従者にして貰える様お願いしてくれ、全てが順調に片付いて行く。
私はあまりに上手く行き過ぎ呆気に取られながらもほっとしていると、お父様の言葉がそんな気分を一蹴した。
「いや…アルマが無事で良かった。実はナガリア国の者達にアルマが連れ去られたと聞いたリーヴス殿下が、それはもうお怒りになってな。すぐにでも単身攻め込む程の勢いで大変だったんだ。まぁ状況から言ってもナガリア国の仕業なのは明白だったんだが、最悪交渉すらせず戦争になるんじゃないかなんて思ってた所だったから、そうなる前にアルマが帰って来て本当に良かった。」
まぁ私もディルクと二人殿下の話に乗ってしまっていたけどな~アハハ、なんてお父様は笑っていたが、私はそれどころではない。
自分のせいで国や国民にとんでもない被害をもたらす所だったのだ。
私は頭の中が真っ白になり、無意識にマグリの服を掴んでお父様達に頭を下げる。
「…私のせいで何て事に…大変申し訳ありませんでした。今日はもう部屋に下がっても宜しいでしょうか?…マグリ、マグリは私の従者になったのだから、私と一緒に行きましょう。」
「アルマ、まだマグリは正式に従者になった訳では…!それに顔が真っ青だぞ!?」
皆私を見てぎょっとしていたが、私は
「大丈夫です。」
とだけ言ってマグリを連れて部屋に入った。
『…アルマ?大丈夫か?』
マグリが心配そうに私を覗き込もうとするより先に、私は両手で顔を覆って俯く。
マグリはそんな私を抱きかかえ、ソファーに移動し、自分の膝の上に横抱きで座らせた。
『…大丈夫じゃないわ。私ごときのせいで国が危険な目に合うところだったのよ?…何たる失態。私の馬鹿…』
自分の不甲斐なさにマグリの胸で酷く落ち込んでいると、マグリはポンポンと頭を撫でてくれる。
『アルマのせいじゃないだろ。お前を攫ったナガリア国のせいだ。それに、過ぎた事はどうにも出来ない。今から出来る事を考えなければ。』
マグリの言葉にどんよりしながらも、私は両手を外した。
そうだ…落ち込んでいる場合ではないじゃないか。
お父様にはああ言ったが、城に行って陛下や殿下に直接お話しなければ…私のせいでこのままナガリア国と戦争になったら、目も当てられない…そうと決まれば早速王城へ…
私が顔を上げると、部屋がノックされ、メイドが外から話し掛けてくる。
「お嬢様、お休みの所申し訳御座いません。リーヴス殿下が参られておりまして、どうしてもお嬢様にお会いしたいと…」
!?来るの早くない!?




