18、マグリ
『話したいって…』
『…俺の知っている限り、獣人はもう俺しか居ない。誰かと言葉で話すのは久しぶりなんだ。駄目か?』
獣人はそこまで減ってしまったの…!?
私は驚いて言葉を失った。
マグリはまだ若いが、獣人は人間より遥かに長寿だ。
それがもうマグリだけだなんて…
『他の獣人はどうしたの…』
『ここ数十年の間に我々の住む地に少しずつ人間が進行してきたんだ。そこでナガリア国軍に見つかり一気に攻め込まれ、皆捕まる位ならと自害した。俺は集落で一番若かったんだが…どうしても自害する事が出来なくて、もたもたしているうちに捕まってしまった。まぁ、獣人は既に子もほとんど出来なくなっていたし、いずれこうなる運命だったのかもしれない。』
私はマグリの話に、ナガリア国に怒りを覚える。
私が魔術師として生きていた時代には、獣人だってまだ沢山居たのだ。
それが、魔法が廃れ、獣人の言葉を理解する事も出来なくなって居たにも関わらず、獣人の住処に踏み入るなんて…!
ギリッと唇を噛んでいると、マグリが私の唇を指でなぞる。
『よせ。血が出てる。』
指摘され慌てて力を抜くと、マグリはほっとしたような顔をした。
『どうしてお前が悔しがるんだ。おかしな奴だな。…でも、ありがとう。…それで、どこに帰りたいんだ?途中まで送って行く。』
『え…』
マグリをこんな所に一人で置いて行く?
そんなの無理だ。
ここに置いていけばいずれまたナガリア国軍に見つかってしまう。
私がマグリを守らなければ…!
『マグリ、貴方を一人でここに置いてなんて行けない。一緒に来て。』
マグリは私の言葉に驚きながらも、首を横に振った。
『俺は人間と暮らしたくない。それに、獣人など誰も受け入れては…』
『私が側に居る!貴方を一人にはしないわ!言葉も、生活の仕方も、仕事も、全部面倒見るから!』
たった一人の獣人を、魔術師もいない今私以外に誰が保護できると言うのだ。
リーヴス殿下になんと言われようと、マグリは私の側に置く!
自立出来るまで付きっきりで指導して、私の教えられる事全てを叩き込んでやる。
私が決意を込めてマグリを見つめると、マグリは少し迷いながらも私を見つめ返す。
『それは…番になると言う意味か?』
『え?番?』
番…番…
いや、番は困る!
『アルマが番になってくれるなら…努力する。番と離れて暮らすなんて、無理だしな。』
そこまで言われてしまうと、駄目だとは言いにくくなってしまい、私は一応大事な部分を確認する事にした。
『マグリ、次の発情期はいつ?』
獣人の男性には発情期があるのだ。
それは大体数年に一度の周期で訪れ、その期間は大体二週間程。
番が居る者はその間ひたすら交尾し子を成す。
番が居ない者は発情期が来ても交尾せず、普段通り生活を送るらしいのだが…
『ついこの間終わったばかりだから、数年後じゃないか?』
うーん、じゃあまぁ大丈夫なのか?
もしかしたらバーランド王国で生活しているうちに他に番になりたい子に出会う可能性だってあるだろうし…
…でもなぁ。
『うーん、番の候補じゃ駄目なの?だって、まだ別の場所でマグリの運命の相手が現れるかもしれないじゃない。そんなに軽く決めない方がいいと思うわ。』
私がそう言うと、マグリは
『アルマ以上の相手は現れないと思うが…』
と言いながらも出会ったばかりと言うことでなんとか候補で譲歩してくれた。
『よし!じゃあ一緒に帰りましょう!』
『言っとくが、候補だろうがアルマの事は番と同様に扱うからな。そこは譲れないぞ。』
番と同様の扱いと言うのがどこまでなのか分からないが、まぁ候補だし大丈夫だろう。
『分かった。』
この時マグリに軽々しく応じてしまった私だったが、後々とんでもなく後悔する事になることをまだ知らない。