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手伝って妖精さん!

作者: 高野 M明

『フロッピーが見つからない!!?』

 人生で最大のピンチがあるとしたら、それは今だろうか?


 1


 春日野(かすがの) 耀(よう)、一八歳。そう、俺だ。

 俺は今、発狂しそうなほど困っている。ヤバイ、穴が開くほどヤバイ。ゴキブリのように這いつくばって捜しているものの…見つかる様子というものも見当たらない。

 救援を呼ぼうか?しかし誰に?自慢ではないが…俺には『友達』と呼べる崇高な存在はいない。

 いや待て、仮にいたとしても頼めるだろうか?どう頼む!?

『フロッピーなくしちゃった、てへ。いっしょに捜してちょ♪』

 こうか?…ほざけ。

 埃の香りにむせかけた俺は自分の部屋での捜査を打ちきった。落ち着け、最後にアレを見たのは何処だった?自分の行動をシミュレートしている最中、

 ぐわらっちゃ

 一階で洗濯機が壊れるような激しい音がした。

 …なんだ?

 どかどかどかどか…――

 ばたんっ!

「すまん!洗濯機、壊した!!!」

 階段を駆け上がっていきなりそう吐いたのは見知らぬ男だった。呆然とする俺の前で謝罪している変な男…歳は俺と同じくらいだと思う。

 …というか、マジで洗濯機は壊れたらしい。不法侵入の上に器物破損か…この野郎、整った顔立ちに似合わずメチャクチャしてくれる。

「アンタ一体何なんだ!」

 とりあえず文句は言ってやろう。そんな開いた俺の口を塞ぐように、男は俺の首根っこを掴みこう言った。

「オレはお前の妖精、呼ばれて飛び出てきたってワケさ。さあ、用件を言いたまえ!以上!」

 そして理解しがたい話を一息に浴びせ掛ける。こいつが俺の妖精?俺が無意識に妖精に救援を要請したと言うのか?シャレとしては面白いが…。

 しかし、そいつの背中にはうっすらと蛍光グリーンの羽根が見える。見た目はゴキブリの羽根っぽいが…?本当に妖精なのだろうか?

「妖精…?」

 まじまじと眺めまわしてみたが、羽根以外は別に普通の人間とたいして変わらない。気になった点といえば何故か真っ黒な学ランを着ているということだ、とりあえず無視しておくが…。

「妖精が何で俺の用件を?」

 訊いてやる。さあ、納得いく説明をしてもらおうか。

「はあ…めんどくせえなあ…『妖精』ってもんの説明からしなきゃなんねえらしい」

 頭を掻きながらそいつは話し出した。

「お前ら人間はほとんど知らないだろうが、人は皆自分の中に自分の妖精をもってんのさ」

 今度は頭を指差し、

「ここらへんにな」

 と説明した。

「妖精ってのは宿主のサポート役さ。たいしたことは出来ないが」

「サポートって…例えば?」

 質問する。

「例えば…そうだな。この前、何もない所でお前を転ばせて、クラスの笑いをとらせてやったのはオレだ」

 …この野郎…――!それはサポートなのか?

「今回はそういう補佐じゃ解決しそうにないからな、このオレが実体を持って直接手伝ってやろうというわけさ」

 と、妖精の奴は踏ん反り返った。まだ俺には信じ難いが…。

 いや、はっきり言ってしまおう。今はそんなのはどうでもいい。大事なのはこいつが使える奴かという事だ。しかし気になる点が死ぬほどある。

「もう一つ訊いていいか?」

 とりあえず、その中からピックアップして訊ねる。

「なんで、洗濯機壊れたんだ」

 両親が旅行から帰ってきたら大目玉だ。そんな俺の問いに妖精は言った。

「この部屋に出て来る予定だったが…照準をミスった!」

 …予想通り、あまりアテになりそうにない。俺はがっくりと肩を落下させた。


 2


「フロッピーディスク捜しだと!?」

 妖精は偉そうにあぐらをかいてそれを確認した。というか、こいつは何を手伝うのかも知らずに俺の頭から飛び出してきたのか…。やはりあまり期待しないほうがいいらしい。

「あれが他人の手に渡ったらお終いなんだ」

 そう、あれが他人に読まれたら俺はヤバイ。おそらく明日から普通に登校出来ないことは確かだ。

「何のデータが入ってるんだ?」

 妖精の野郎はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか…そんな質問を投げかける。

「…日記だよ」

 こういうときに嘘がつけないのが俺だ。正直に答えてしまう。

 俺の日記は普通と違い、気に入らない奴への中傷がほとんどで毎日黒星、白星リスト付き。普段は口に出せない泥臭い本心の集積体…そう、俺の日記はどす黒く染まった『王様はロバ』の大穴みたいなものだ。

 案の定、奴はにんまりと甘いお菓子を頬張るような口で笑みを浮かべている。

 こいつ…読む気だ…――!

 なんとか、こいつを上手く利用しつつフロッピーをこの手に取り戻さねば。

「で、お前が最後にフロッピーを見たのはいつだった?」

 妖精の奴が先程よりやる気のある声で訊いてくる。

「昨日ジーンズのポケットに入れたまま出かけたことは憶えている…」

 俺はいつもあのフロッピーを持ち歩くことにしている。そして昨日…気付いたときにはポケットの中からフロッピーは消えていた。

「よし!じゃ、お前が昨日歩いた道のりをたどって行って見ようぜ!」

 妖精と俺はほとんど同時に立ち上がり、俺は掛けてあるジャンパーに腕を通しながら自室を出る。

「っ!!?…待て!」

 突如、真剣な表情で妖精が俺を制止する。そして重々しく口を開き言った。

「腹減っちまった、先になんかよこせ」

 なんでやねん。

「…下のガラステーブルにせんべいがある、勝手に食ってろ!」

 妖精は嬉しそうに階段を駆け下りる。

「俺は先に一人で捜しに行くからな!!」

 俺は腹を鳴らしている妖精を吐き捨てるように無視し家を出た。


 3


 俺は単身、雅美の家に向かっていた。薄く雪の積もった冬の道に、目を光らせながら。昨日出かけた場所はあそこだけ。彼女の家に手作りクッキーを食いに行っただけだ。

 伊達(だて) 雅美(まさみ)とは付き合い始めてまだ三カ月。

 告白してきたのは彼女、俺は断る理由もなかったので面倒だったからOKした。

 一緒に登下校するくらいならかまわないのだが、平日出勤させられるのはうざったい。少し後悔し始めている。

 そんなことを考えながら…俺は雅美の家に着いた。

「あれ、耀?」

 呼び鈴を鳴らして一〇秒もたたない内に、三つ編みを揺らしながら彼女は出てきた。そして驚いた顔。

 そりゃそうだろう。

「耀が誘いもなしに家に来てくれるなんて、初めてじゃない?」

 当然だ。用もないのにいちいち来るか。

「俺、忘れ物してなかったか?フロッピーディスクを捜してるんだが…」

「上がって、捜してみる?」

「ああ、すまん」

 俺は靴に付いた雪を軽く払い玄関を通る。

「おじゃましまーす」

 …待て。今の声は俺じゃない。

「あの…どなたですか?」

 困惑気味の雅美が問い掛けているのは、あの妖精だった。どうやら彼女にもこいつの姿は見えているらしい。こういう場合『俺以外の人には見えない』ってのが普通の妖精のパターンじゃないのか?

 奴は俺の前で踏ん反り返ってこう言った。

「こいつの妖精です!」

 莫迦か、こいつは!

「へ?」

 案の定、雅美の顔にはハテナマークが書かれている。

「ただのイトコだよ…」

 俺がフォローを入れる。そういうことにしておこう。

「イトコ!?お前この娘の他にまだ女がいるのか?」

「だ・ま・っ・て・ろ!」

 俺はボケ妖精の頭をぐりぐりやりながら、雅美の部屋がある二階へと向かった。

 雅美はまだよくわからないといった顔だった。

 俺は昨日くつろいでいた雅美の部屋に入った。

 机一つ、棚一つ、あとはベッドがあるだけの、ホテルの一室のような飾り気のない部屋。俺は彼女のこういうところは気に入っている。

 彼女がパソコンを所持していないことは、今回かなり救われた。

「あ、あたし紅茶入れてくるね?」

 雅美はそそくさと一階の台所へ下りていった。

「お、助かるね~。あのせんべいやたら、固いのも混じっててさ。喉渇いてたんだよ」

 妖精の奴、人様の菓子を食っといて、文句まで言いやがる。

「さて、じゃあ捜索開始といくか…」

 そんな奴は無視し、俺はジャンパーを脱ぐことも忘れフロッピーを捜し始めた。続いて妖精の奴も部屋を物色し始める。

 昨日座ってたベッド、棚の裏、机の下…怪しい場所は全て見たが、ディスクのデの字も見つからない…。

「おい、見つかったか?」

 俺はベッドの下に頭を突っ込みながら妖精に声をかけた。

「ほほう、最近の娘はこういうものを穿いてるのか…」

「…って、お前は何やってんだっっ!!!」

 妖精の野郎は俺の後ろで、ブルーのストライプをしげしげと眺めていた。

「お前も興味あるだろ?手伝え。オレは下の段からいくから、お前は上からな」

 もう役に立つ、立たない以前の問題だ。俺は下着を取り上げ大声で怒鳴る。

「下着じゃなくてフロッピーを捜せ!フロッピーを!!」

「…耀?」

 その声に俺は、はっとなる。扉の前には…紅茶を乗せたお盆を持つ雅美が固まっていた。

 いや、固まってるのは俺も同じだ。どれくらいの時間そうしていたのかわからない。

「すまん!帰る!!」

 俺は自分でもわかるほど顔を真っ赤にし、そそくさと階段を駆け下り、外に出た。それでも足は止まらず一〇〇メートルほど全力疾走した。

「お~い」

 しばらくし、妖精の奴はてけてけと俺に追いついてきた。

「急に帰ったから、あの娘心配してたぜ?」

 この野郎!!誰のせいだと思ってるんだ!!!しかし、、キッと睨みつける俺など目に入っていないように、妖精はきょとんとした顔で言った。

「お前それどーすんだ?」

 妖精が指差した俺の右手はしっかりと下着を握り締めていた。


 4


 俺はその後、力なく帰宅した。

 俺にはブルーの下着を返しに行く気力も無くなっていた。明日返そう…。

 しかし万歳。俺は今日から下着ドロの汚名を被って生きていかなければならなくなった。

 はっきり言おう。もう、フロッピーなんぞどうでも良くなってきた。あの非人道的日記を他人に見られようが…。

 どちらにしろ、すでにもう俺は終わっているのだから。

「ああ…走ったら腹減った…」

 よろよろと台所へ向かう。確か昨日残しておいた、せんべいがあったはずだ。

「って、お前まさか…」

 俺は妖精を再び睨みつける。

「すまん、さっき全部食っちまった」

 妖精は言葉と裏腹に悪びれた様子も無く、にかっと笑って言った。

 皿には砂のような食べかすが残っているだけだった。まあ、食って良いって言ってのは俺だ。今更後悔しても仕方ないか…―――…待てよ!?

 思い出した!

 昨日…俺はあのせんべいを食べようとし…座り心地が悪いため、ディスクをズボンから取り出し…そして…―――!!

「おい、お前!この皿にディスクがあったろう!?」

 そうだ!俺はこともあろうにディスクをせんべいの皿に置いていたのだ!!

「ディスク…?」

 俺の問いに妖精は首を傾げる。

「オレ、テレビ見ながら食ってたからなあ…」

 その言葉に嫌な予感が俺の頭を走った。そして、こいつの一つの台詞が思い起こされる。

『お、助かるね~。あのせんべいやたら、"固いのも混じってて"さ。喉渇いてたんだよ』

 …―――

「お前…」

 ふつふつと何かが沸き上がってくる。俺は自分の戦闘力を今日ほど感じたことはない。

 妖精の奴はまだ腕組みをして考え込んでいやがった。

「…待てよ?そういや、せんべいの中に薄くて固くて不味いのが…――って、あれれ?」

「この大ボケがぁぁぁぁぁああぁあああああああっっっ!!!!!」

 俺の人生最大の大アッパーは最低の大莫迦野郎にクリーンヒットをかました。

 その後、妖精の奴はコブをさすりながら俺の中へ戻っていった。

 そして、俺はその日から『日記は日記帳に書こう』と決意した。


 5


『日記帳が見つからない!!?』

 人生で二度目の最大のピンチがあるとしたら、それは今だろうか?

 埃の香りにむせかけた俺は自分の部屋での捜査を打ちきった。落ち着け、最後にアレを見たのは何処だった?自分の行動をシミュレートしている最中、

 どぐらっちょ

 一階で冷蔵庫が壊れるような激しい音がした。

 …まさか…

 どかどかどかどか…――

 ばたんっ!

「すまん!冷蔵庫、壊した!!!」

「帰れぇぇぇえええ―――――――――――っっ!!!!」




 ―続いてほしくもない―

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