雨月物語風プチホラー
夏なので少しホラーっぽいものに挑戦しました。
雨月物語風のつもりで書きましたが、こういう話、知らないだけで古典のどこかには存在しているような気がします。
さて、私の番と相成りました。
つたない話でございますが、どうぞお付き合い下さい。
よくある話で、私には親同士が決めて、通うよう言われた女がおりました。
それが妻でございましたが、これがまあ良く気のつく女子で。
通っている間も、なにくれとなく世話を焼いてくれまして、そこまでされると私もこの女子を妻にしてよかったと思うわけでございます。
特に縫い物の腕はそんじょそこらのお針子とはわけが違います。
なにせ、妻の縫った衣を着ていた時は、蔵人頭にまでお褒め頂いたくらいで。
妻にそのことを話しますとね、「殿のために縫った衣でございますから」と申すわけです。
なんと良い妻を得たものだと私も鼻が高うございました。
それからしばらくして、私はひとつ国をお任せいただき、任国に下ることとなりました。
これでようやく妻にも美しい衣やら櫛やら持たせてやれると喜びました。
妻も二つ返事で共に任国へ参る運びとなったのですが、
いざ下る直前に妻は体を崩し、都に残ることとあいなりました。
ええ、妻も行けないことをたいそう悔やんでおりましたが、
後から来ればよいと言い含めて、私だけ任国へ下ったのでございます。
下ってからは、月に一度ほどは妻からの文も届きましたので、私も任国でのことなど書き送っておりました。
妻は病がちになった様子で、臥せったり起きたりを繰り返していると、文使いの雑色から伝え聞くにつけ、病に良いという食べ物やら薬草やらを探しては、都へ送ったものです。
下りましてから二年と少し過ぎました頃、
なんとはなしに腹が落ち着かないと思ううちに、軽い病を得て、しばし床に臥せっておりました。
そうなのです。軽い病と思うておりましたのに、いつまでも体は重く、熱く、喉を通るものといえば水ばかり。
さては何やら悪しきものに憑かれたかと僧都を呼びましても一向によくなりません。
ただただ臥せっておりますと、都のことばかりが懐かしく思われまして、
妻と離れすでに二年も経っていたことが、今更ながらに胸に迫ってまいりました。
下る前に妻が仕立ててくれた衣はすでにほつれておりましたし、
妻が手ずから作る葛湯は、いますぐにそれが飲めたなら、きっと病も消え去ってしまおうと思うほどでございました。
私の熱は下がらぬまま、かれこれ5日ほど臥せっておりましたでしょうか。
これはいよいよ覚悟をせねばならないと、考え始めた頃でございます。
ふと息をするのが楽になりましたので、人を呼ぼうかと見ますと、
御簾の間から入る西日の影に女が一人、ひっそりと座っていたのでございます。
目を凝らしてみますと、それは都へ残してきたはずの妻でございました。
驚いて呼びかけましたら、妻は枕辺へにじりより、私の額に触れました。
その手が冷たく、心地よかったことを覚えております。
いつの間にやら持って参った葛湯は確かに妻の味。
久方ぶりに心安らぎ、私は穏やかな心地で床へ入りました。
妻へは、病がうつってしまうかもしれないから、対の屋へ行くよう申しましたが、妻は頑として枕辺におりまして、
私のほつれた衣を直し始めました。
燭台を手元に引き寄せて、慣れた手つきで衣を縫う妻を見るうち、うとうととし始め、目が覚めましたら朝、すでに燭台の油も尽きておりました。
起き上がってみますと、体が軽い。
いやはや、妻の葛湯のおかげと思い妻を探しましたが、部屋にはおりませんでした。
手水を持って参った女房に妻はどこかと訊ねましたら、心底不思議そうに聞き返してくるのです。
昨日はどなたもお見えではございません、と。
そんなはずはありません。
確かに枕元には湯呑があり、妻が直した衣があるのです。
台盤所を見れば、器に葛湯が残っております。
これはどうしたことかと思っておりますと、早馬が参りました。
文を受け取った家令の顔がみるみる青ざめまして、震える手で私にそれを差し出すのでございます。
都からの文には、妻が二日も前に息を引き取ったことが記されておりました。
では、昨夜部屋を訪れていた妻はなんだったというのでしょう。
葛湯は妻の家に伝わる味で、他の女房が知る由もありません。
ほつれの綺麗に直った衣は、縫い目も折り目も見事な、確かに妻の手でございます。
のちに都で妻の世話をしていた女房に聞きましたところ、
妻は病の床にありながら、ずっとうわごとのように、
私は元気だろうか、私の衣はきちんとお仕立てできているだろうかと申していたそうです。
さて、この話、嘘か誠か、信じるか否かはあなた様次第。
しかし本日私が召しておりますこの衣、あの夜妻が繕ってくれた衣にございます。