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(2) 序章『地獄』

 檻が揺れる。

 何かがいるらしい。

 揺れは鉄格子の柵を伝って、檻を吊り下げる鎖と鎖を擦り合わせた。鎖の継ぎ目は甲高い悲鳴をあげ、決して止むことはなかった。



『被告、栗原青(くりはらあお)。享年十七歳、二ヶ月と四日。十六時間と五分七秒』

 声が響く。鋼鉄のように重々しく、冷たい声が空間に波を打った。

 空間には、人一人がようやく立てるだけの広さを持つ金属製の檻が一つ。それを前と左右で囲むように石でできた長方形の台座が計三つ並んでいる。声は檻の左手に位置する台座から発せられていた。


「−−−−」


『被告は自らの意思によって命を絶った上、生前の素行、徳、功における全てが当獄で審議するに値していると評価されました』

 なおも声は響く。先の声とは違う位置、檻の右手にある台座から上がった。聴く者に心があるのならば心を凍てつかせてしまうほど無感情で冷徹な声音。


「−−−−」


『よろしい、それでは審議を開始しよう』

 三度目の声が響く。中央に位置する台座、檻の真正面からである。しかしその声はもはや声と呼べる代物ではなく、音であった。音というものに霞がかかり、それが偶然言葉のように形成されたに過ぎない。雑音の集合体と形容できる。


「−−−−」


 左、右、中央。それぞれに声や気配はあるもの実体はない。ただそこにあるという概念によってできた骨子から存在している。

 そして中央から発せられた声を皮切りに、審議は開始した。


『近頃はどの刑場も満杯ですからな、ここは強制労働五百年ほどではいかがだろうか?』 

『それはいい案です。被告の生前から鑑みるに短期間での厳しい刑罰よりも長期間の緩い刑罰を与えるのは妥当と判断します。いかがでしょうか、議長』


『認めよう』

 審議の内容は左右で判断され、議長と呼ばれた中央が決を下す流れで行われる。


『では賽の河原で石を数えさせよう。ちょうど備品の補充を考えていたところだ』

『いえ、ここは針山の針を点検させるべきかと。近頃、鬼どもから針が血で錆びつき始めた箇所がいくつかあると報告を受けました』

『確かに針山の件も検討の余地ありだが、鬼といえば刑期の改ざんを鬼が行っているという報告が上がっているがこの真偽は如何にする。貴殿の管轄部署であろう? なんでも改ざんを幇助した上役の者には少なくない謝礼があるとか。その上役をまとめている者であれば、なおのことだろうて』

『さて? そうした件につきましては手元にそれらしい報告書もなければ、話すこともままなりません。それに今は鬼ではなくこの者の処罰について真偽する時かと。どうか順を履き違えませぬよう』

『だが罪には公正な罰を与えねばならない。これは我々三つの座の者が何代も前から取り決めていたことだ。であれば刑期の改ざんの審議をまず正すことは順を追っているということに相違ないんじゃないか。ん? それとも公にはできぬ理由があると?』

『…………発言は差し控えさせてもらいます』

 左から右、右から左へと飛び交う議論の火の粉は次第に風向きを変えていき、あらぬ方向へと飛び火する。


『−−御両人』

 議長からやはり声ともとれぬ音が響く。その音は今までよりも一層に奇怪で、圧を含む。



『今が公務の最中であることをゆめゆめ忘れぬよう』

『……これは失礼した』

『……はい』

 左右の諍いを中央が諌める。もはや力関係は歴然としていた。


 数瞬の間をおいて、審議は再び左右で執り行われる。

『まずは被告の罰を指定、審議を終了させようか。刑期改ざんについてはまた別の機会に審問するとしよう。それで構いませぬな』

『えぇ、それで構いません』

『それで? 結局被告はなぜ死んだのだ。それも自殺で、だ』

『それは、ええと、少々お待ちください。ただいま被告の死ぬ間際の意識を読み取ります。……ふむ、ふむふむ。あぁ、なるほど。そういうことでしたか』

 右が問うと左は少しだけ間をおいて一人、得心づいた。


『ええ、どうやらいつものことのようです。被告が自殺した理由、最近地上で流行している例の件です』

『なに? またそれか!? なら罰は初めから決まっているではないか。議長、裁定はあの通りでよろしいですな?』


『−−−−認めよう』

 裁定は下った。


 左方が唱える。

『ここは暴露の場。生前の罪を吐き出し、その罪を認める場』


 右方が唱える。

『ここは裁定の場。罪にふさわしい罰を与え、その罰を以って裁きとする場』


 最後に正面の音が偶然の音階を装い、それを締めとする。

『ここは死者だけが辿り着く場。地獄である』


『判決を言い渡す。被告、栗原青を転生流刑に処す。罰則は二つ。一つ、多くの他者を救うこと。一つ、前項を満たすことなく元の体には決して戻れぬこと。被告は誠心誠意これに当たるように。以上で審議を終了する。閉廷』


「−−ッ! −−−−ッ!?」

 

 

 檻はいつの間にか揺れることを止めていた。

 中に生けるモノは存在しない。代わりに、深い後悔と恨みの残渣が古傷のように残るばかりである。

身の廻りが慌ただしく、投稿が遅れました。

これからも投稿していきますが、更新は不定期となります。ご容赦ください。

感想等ございましたらご自由にどうぞ。


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