「赤目」
ぼくとイッキュウは小鳥の巣を後にして、商店街の裏道を歩いていた。
「残念でしたね」
イッキュウが心底残念そうな顔をして言う。本当に感情があるみたいに話すアンドロイドだ。もしかしたら人工知能によって感情の再現に完璧に成功しているのかもしれない。
「はい。でも手掛かりだけでも掴めてよかったです」
そう言うと、イッキュウは嬉しそうに微笑んだ。
「ただ、イッキュウさん。さっき言っていた赤目というのは一体何のことですか?」
「赤目は危険な化け物です。あれを見てください」
そう言ってイッキュウが指し示した先には、道の端でアンドロイドが横たわっていた。胸の部分をえぐり取られ、機能は停止しているようでぴくりとも動かない。
「奴らは暗闇に紛れてアンドロイドやロボットを襲います。そして生命維持に必要なパーツを取り出して持ち去ってしまうのです。恐ろしいことです」
イッキュウはそう言ってぶるぶると身を震わせてみせる。その仕草は少しだけ大げさに見えた。
「最近では人間のなかにも襲われた人がいるとのことで、オサダ様もお気を付けくださいね。まあ、オサダ様には私イッキュウがついておりますので安全ではありますが」
「イッキュウさんは強いんですか?」
「それはもう」
そう言って力こぶを作ったイッキュウさんの腕は、お世辞にも逞しいとは言えなかった。
暗くなって赤目に襲われることを恐れたぼくはタクシーを使うことにした。その甲斐あって、居住スペースには日が暮れるだいぶ前に着くことができた。
居住スペースは大型のマンションのようなところで、入り口のカメラを覗くと入り口のドアが開く。そして開いたドアからエレベーターのような箱型の空間に乗り込むと、そのまま自分の部屋に着く仕組みだ。
ぼくに割り当てられた部屋は六畳ほどでシャワーとトイレもついている。ニンゲンの国でぼくに割り当てられていた部屋とほとんど同じ大きさと作りだ。しかし違うところも多い。大きく違うのは調理スペースがないところと、アンドロイドの休む箱型の装置が置かれているところだ。
「まだ荷物は届いていないようですね。検閲などもありますので仕方がないことですが、早く届くといいですね」
イッキュウが部屋を見回してそう言う。イッキュウの言う通り、部屋には荷物が届いていない。
部屋にあるのはベッドと机、机の上に置かれた指輪型の情報端末。それだけだ。
「そちらの端末はご自由にお使いください。最初にお食事の設定をされておくと便利ですよ。時間になると自動で宅配スペースに届けられるようになります。ついでに申しておきますと、食器などは宅配スペースの下にあるダストシュートに捨てていただけます」
「分かりました」
「私は少し疲れてしまったので、先に休ませてもらいますね。私に用事のある時には、その端末から呼び出すか、このボックスのボタンを押してください」
と言って、イッキュウは箱型の装置に納まると目をつむり動かなくなった。
ぼくは言われた通りに指輪型の情報端末を操作してみることにした。指輪を左の人差し指にはめ(どの指でもいいのだろうが、左の人差し指が一番しっくりときた)さすると情報画面が目の前に表示される。
食事の設定を開き「おすすめプラン」というやつを選んだ後で、メッセージボックスにいくつかメッセージが届いているのに気付いた。
ぼくは「新規ヤマイ患者の皆さんへ」というメッセージを選ぶ。大体パンフレットに載っていた内容の繰り返しだった。その中の手当ての項目を読む。
「現在のヤマイ患者の皆さんへの手当ては、一か月につき七百ダルです」
そうだ、お金を貯めなくちゃいけないんだったな……。情報屋のスズメには、五千ダル貯まったらまた来いと言われた。毎月の手当て七百ダルをまるまる貯めても、八か月かかる。それに、お金が貯まるほど手当てが出るとは思えない。実際には五千ダルを貯めることなんて不可能に思えた。タクシーを使ってしまったことを少しだけ悔やむ。
ため息をつきながら他のメッセージも読む。「重要」マークのついた「赤目注意情報」という本当に重要なメッセージもあるが、ほとんどは商売目的のダイレクトメールだ。「あなたは百万ダルの宝くじに当選しました」なんて詐欺みたいなメッセージも届いている。これが本当だったらいいのにな。
他にやることもないので端末の他の機能を探してみると、パートナーアンドロイドの設定変更という項目があった。タップして覗いてみるが、大した設定変更はできなさそうだ。なかで有益なのは「あなたの呼び名」くらいだろうか。
「オサダ様」と呼ばれるのはむず痒い気がしていたので、呼び名を「シュンさん」に変えておいた。
その時、宅配ボックスからピーッと音が鳴った。荷物が届いたのかと嬉しく思ったが、注文した食事が届いていた。
ちょうどお腹もすいていたので、食べることにする。
パンとハンバーグと野菜炒めとコーンスープ、それにパックのオレンジジュースが一つついている。豪華な食事とは言えないが、温かさと塩加減がちょうどよかった。
すぐに食べ終わり、食器をダストシュートに捨てようとした時、食器の隙間からひらりと一枚のチラシが落ちてきた。
『懸賞金一万ダル 赤目狩り求む』