「情報屋」
イッキュウに連れられて、ぼくは商店街を訪れた。イッキュウは途中で裏道に入り、そのまま奥へと進んでいく。どんどん薄暗いほうへと行くので、ぼくは少し心細くなってくる。
「ねえ、イッキュウさん、まだかかりそう?」
「もう少しでございます。それにしてもイッキュウさんという呼び方は面白いですね。昔のお坊さんのようです」
イッキュウはくすくすと可笑しそうに笑っている。アンドロイドも笑うんだなとぼくは思う。
しばらく歩き、イッキュウが立ち止まる。
「ここでございます」
見上げると『情報屋 小鳥の巣』と書かれた看板が目に入った。
店内に足を踏み入れる。薄暗くて何となく埃っぽい。ところどころ蜘蛛の巣も張っていて、お世辞にも掃除が行き届いているとは言えない。
「いらっしゃい。って、なんだイッキュウか」
奥のカウンターに座った少女が声をかけてきた。髪の短い小柄な少女だ。どう見ても人間に見えるのだけど、この子もイッキュウと同じように人間に見えるアンドロイドなのだろうか。
「『なんだイッキュウか』はないでしょう、スズメさん。今日はお客様ですよ」
「客だって?あんたが情報屋に何の用があるっていうのさ」
「いえ、用があるのはこちらのオサダ様ですよ。人を探してほしいのです」
スズメと呼ばれた少女はふーんと言いながら、ぼくの頭から足の先まで眺める。値踏みをされているようで、いい気はしない。
「それで、探したい人っていうのは誰なんだい、オサダ様?」
ぼくはこの小さな情報屋に、探したい人のことを話す。名前はノブで性別は男、年齢は十七歳になっているはずである。五年ほど前にキカイの国へ渡っている。それに、ニンゲンの国に住んでいた頃の大まかな住所。
情報屋はカウンターに置かれた旧式の情報端末を操作して、すぐにふっと息を吐き出す。
「悪いけど、あんた本当にこの男を探してるのかい?だったらやめときな。時間の無駄さ」
「どういうことですか?」
「だってこいつは……」
情報端末の画面をこちらに見えるように差し出す。そこに大きく表示されていたのは『特定秘密人物』の文字。それを見てイッキュウがあちゃーと小さな声を漏らす。
「特定秘密人物っていうのはね、その名の通り特定の秘密の人物ってことだよ。簡単に言うと、一般人が気軽に調べちゃいけませんよってこと。大物中の大物だけがこの特定秘密人物に指定される。ま、良い意味でか悪い意味でかは知らないけどね。この特定秘密人物に指定された奴の情報は、たとえば一か月前にどこそこで見ましたーって話すだけでもバレたら逮捕されるような、そんな危険なものなのさ。ましてや素人が会おうなんてのは夢のまた夢だね」
情報端末に目を落としながら早口に説明していた情報屋は、そういえばとぼくに目をやる。
「不思議だね。なんでそんな大物のことをあんたは知っているんだい?」
ぼくは話したほうがいいのか悪いのか迷う。でも、結局は話すことにする。秘密にしたって、調べればすぐに分かることだ。そして情報屋は調べるのが仕事なのだ。
「ノブは、ぼくの兄です」
情報屋の表情が驚きを表すとともに一瞬輝いたのを、ぼくは見逃さなかった。
「そういうことなら話は別だよ。探す方法はないことはない。だけど、ちょっとばかし『これ』が必要になってくるよ」
そう言って情報屋は手でお金を表すサインを作る。
「あ、これと言えば、さっきの分の情報料まだもらってなかったね。本来ここは先払いなのさ。まあ、そうだね、大物さんの弟さんってことで、さっきの分は五十ダルに負けとくよ」
その時、外からうわーっという悲鳴が聞こえてきた。情報屋が露骨に嫌そうな顔をする。
「あんたたち、悪い時に来たね」
「あれは、また赤目ですか?」
イッキュウの問いに、情報屋はこくりと頷く。
「こんな時間から出るなんて珍しいですね」
「ここは薄暗いからさ、活動しやすいんだよ。安心しな。ここを襲ってくるほどあいつらも馬鹿じゃない」
ぼくは何が何だか分からないが、外の悲鳴が怖くて口を挟むどころではない。
しばらくすると悲鳴はやんだ。
ぼくは今の悲鳴が何なのかを聞きたかったのだが、情報屋が真剣な顔で端末を操作しているので聞くのを躊躇する。
「じゃあ、支払いをしてもらおうかね。ここ覗いて」
有無を言わさぬ口調で情報屋が言う。言われた通り、端末のカメラ部分を覗く。網膜スキャンで支払いを済ませられるようだ。
「はい、たしかに。でも残金は六百五十ダルか……。これじゃどうやっても特定秘密なんて調べられないよ。少なくとも五千はもらわないと割に合わない。五千ダル貯めたらまたおいで」
情報屋はそう言うと追い出すようにぼくらを外に出した。イッキュウに至ってはお尻を蹴られていたので、追い出すという表現は言い過ぎではないと思う。