落ちこぼれサキュバスはたわわな胸を作る
まだ淫魔の男性体であるインキュバスが蛇玉だった頃、彼らは眠りの魔法や魅了魔法を使って人間や魔族たちから精気を奪っていた。淫魔の女性体であるサキュバスもまた、インキュバスのように他種族から魅力的だと思われる外見をしていなかったので、同じように眠りの魔法や魅了魔法を使っていた。
では、サキュバスは一体どのような姿をしていたのか?
それは今回の主人公であるヘレナを見れば一目瞭然だ。このヘレナというサキュバスは補助系魔法のスペシャリストであるはずの淫魔でありながら魔法が使えないという、生命の危機に直結するレベルの落ちこぼれである。従って、その姿は魅了魔法をかける前のサキュバス本来の姿をしていた。
ひょろりとした身体に薄い胸。ほぼ幼児性愛者好みの身体つきだ。ただし、身長は人間の男と同じかそれよりデカい。そして顔は平凡。顔くらい美人だったり、味があればいいのにそれすらない。
要するに、幼児性愛者の人間から見ても、胸の大きさを美人の条件の一つだと考えている魔族から見ても、サキュバスはまったく魅力のない容姿をしているのだ。
魔族は顔も胸も取り立てて良くないサキュバスに引っかかったりしない。
顔が美人で胸があっても、よっぽどの自信が自分にない限り、人間も引っかかることはない。
そうなると、精気を奪えずに餓死してしまう。
そこで活躍するのが眠りの魔法や魅了魔法である。
さて、ヘレナはその生命線である眠りの魔法や魅了魔法が使えない落ちこぼれサキュバスだった。
落ちこぼれサキュバスが狙う相手は面食いな魔族ではなく、スカートの中で中腰になっていれば多少は身長を誤魔化せる人間が対象である。
ただし、幼児性愛者は気持ち悪いので対象外だ。
重要なことなので二度言う。
幼児性愛者は気持ち悪いので対象外だ。
サキュバスたちも幼児性愛者は気持ち悪いので避けて通る。どうしても、死にそうなくらいお腹が空いている時しか、幼児性愛者は狙わない。本当に死活問題の最後の砦でもなければ手を出さないし、魅了魔法をかけても触れないようにするくらい慎重に精気を奪う。
眠りの魔法なんかかけて、妄想という名の夢を垣間見た日には即死魔法にかかったようなものなので、絶対に眠りの魔法は使わない。
つまり、サキュバスたちにとって、幼児性愛者とはそういう存在である。
それはさて置き、ヘレナは魔法がダメダメなので、物理的に頑張っていた。スカートの中で中腰と偽乳である。
案外そういうものに引っかかる人間は多く、ヘレナは今日もいざ精気をと出撃するのだったが――
「うわー。嘘くさー」
そう言われたかと思ったら、ワンピースの上から胸(エルムさんのパン屋のブール※ 丸くて硬いパン。大きさは直径12~15センチの半円型)がつかまれた。
「ギャッ!」
驚いて相手を見たら、さっきまで人々が取り囲んでいた今を時めく勇者だった。
「しかも、カッタイ。嘘でも胸だって言うんだったら、柔らかいもんにしろよ。カタイ胸に夢と希望が詰まってると思ってんのか? 一体、これなんなんだ?」
ヘレナが驚いている隙に勇者は偽乳の正体を暴こうとワンピースの襟ぐりまで持ち上げた。
「やだ! やめてよっ!」
慌てて襟ぐりを押さえて偽乳が見えてブールだとわからないようにしようとしたヘレナだったが、勇者のほうが素早かった。
「パン?! うわっ。信じられねー! パンで胸を誤魔化しているなんて、ばーちゃんでもしねーぞ!」
「パン、パン、大声で言うな! このセクハラ野郎!」
食事の邪魔をするだけではなく、落ちこぼれサキュバスのちっぽけなプライドまで叩き潰す行為にヘレナもブチ切れた。こんなことされた日には、しばらくこのあたりで精気を奪うことは勿論、道を歩いているだけで「パンで胸を作っていた女」だと指を差して笑われる。
魔法が苦手なヘレナは通りすがりの男たちの「あ。あの女の胸デケー」という感想に籠もる精気を薄利多売とばかりに奪うことで生きているのだ。
こんなことにあったら、それから二十年はそのあたりで精気を奪うことができなくなる。
「パンはパンだろ?」
勇者にはヘレナが起こる理由がわからないようだ。ブールを無理矢理取り出すと齧り付く。
「なー!!!」
「かたっ! 歯が立たねーし、マズッ! もっとうまいパン入れとけよ」
偽乳は焼かれてから日数が経ちすぎてパン屋で廃棄された代物だった。スープに浸して食べるのに最適な硬さだ。そのまま食べるのは歯が自慢の馬鹿だけだろう。
文句言いながらも勇者は齧り付いたブールを咀嚼してしっかり飲み込む。ついでに残りの部分もまだしっかりと手にしている。勇者は食べ物を粗末にしない性格だった。
「こ、この鬼畜野郎!! なんでこんなひどいこと言うのよ!!」
ヘレナは抗議したが、勇者は呆れた様子だ。
「だって、本当のことだし。胸がないならないで、いいんじゃねーの?」
いや、ふてぶてしいだけだった。
「よくないわよ!! 胸がなかったら、どうやって精気を奪ったらいいのよ?!」
頭をガシガシとかいて、勇者は溜め息を吐いた。
「それ、勇者に聞くか、普通?」
「え?」
ヘレナには何のことかわからない。
「お前、サキュバスだろ?」
「ええ?! どうしてわたしがサキュバスだってわかったの? 勇者って心読めるの?」
何故なら、ヘレナは頭があまりよくなかった。教えられなくても自然に使えるはずの魔法が使えないほど馬鹿だった。
「精気奪うって、自分で言ってんじゃん。馬鹿なの? 馬鹿だから魔法も使えないの? 魔族のなのに?」
図星を突かれてヘレナはぐうの音も出ない。
「次、会ったら、容赦しないからね!!」
蝙蝠のような翼を背中から出すとヘレナは捨て台詞を吐いて飛び去った。
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「兄ちゃーん! 勇者にひどいこと言われたー!」
ヘレナはねぐらにしている洞窟に飛び込んできた。
洞窟の奥に浮かんでいた直径100センチほどの大きさの蛇玉がクルリとヘレナのほうを見る。大小様々な蛇がウネウネと動いている中央に50センチ強の金色の目がある。
蛇玉であるインキュバスにとって、洞窟は湿度も温度もちょうどいい格好のねぐらだ。
ヘレナの兄は落ちこぼれである妹が心配で一緒に暮らしていた。精気を奪えなかった時は自分が与える為だ。
インキュバスは目と無数の蛇で出来ているので、魔法で意思疎通をしてきた。
『ええ?! 勇者がいたの?! 大丈夫だった?! 死んでない?! ひどいって、何言われたの?!』
驚きのあまりインキュバスも混乱していて、黒かったり、赤かったり、緑だったり、青かったりする大小さまざまな蛇たちの目は驚きに見開かれている。
「死んでたら、ここにいないよ。兄ちゃん」
『ああ、うん。そうだよね』
そう言いながらもインキュバスはまだ混乱から立ち直れていなかった。
ヘレナたちがこのあたりで暮らしているのは、有名な武器も遺跡も神殿も人物もない小さな国は勇者やらそういった天敵が来そうにないド田舎だからだ。落ちこぼれであるヘレナと暮らすには格好の地だった。
「どうしよう? パンで胸作っていたのバラされたよお。明日から精気奪えなくなっちゃったー」
人間の指くらいの細さの赤い蛇がヘレナの頭を撫でる。
『明日は兄ちゃんが精気分けてやるから、心配しないで』
「兄ちゃーん」
蛇玉に抱き付くヘレナをよしよしとばかりに他の蛇たちも頭や背中を撫でる。
『とりあえず、夜になるのを待って。兄ちゃんが精気補給してきたら、勇者のいないとこに行こう』
サキュバスであるヘレナは翼を収納すれば人間と変わらないが、インキュバスは一目で魔族だと分かる姿をしている。洞窟を出るだけでその後ずっと魅了魔法を使って人間に見えるように幻惑し続けなければい。淫魔は夜行性でもあるので、インキュバスは動きも思考能力も格段に落ちてしまう昼間にそんなことをしたくなかった。
ヘレナは精気を奪う為に昼夜逆転した生活をしているが、兄のインキュバスはその姿から夜行性のままだからだ。
「うん!」
『じゃあ、早めにおやすみ。移動する間、つかまっていてもらわないといけないからね』
「おやすみ、兄ちゃん」
ヘレナは洞窟の奥に積んである毛皮の上で寝てしまう。
残されたインキュバスは空気が夜のものになると洞窟から出て、人間だろうが魔族だろうが、妹を乗せて移動する分と明日妹に与える分も含めて精気を奪いに行った。
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こうして、その地を離れるヘレナだったが、その後も何度も勇者と遭遇しては――
「マズッ。こんなマッズいパン詰めとくなよ。店変えろ、店」
と言われたり、
「何これ?! ウマー! めちゃウマー!! こんなの偽乳にするなんて、これに対する侮辱じゃん!」
と辛口批評を受けた。
そのうち、「ここまで馬鹿なんだから、人間に危害を加えられないし、一緒に来るか? そうしたら、食いっぱぐれないぞ」と言われるヘレナだった。
ヘレナ・・・落ちこぼれサキュバス。偽乳にうっとりしている男性のささやかな精気を奪うことで生きている。
勇者・・・ヘレナが偽乳にしていたパンを食べるような変態。変態なので歯もお腹も丈夫。そのしつこいストーカー気質が『この世界の女はおかしい2』、『この世界の女はおかしい3』の伝言勇者ペチーナに受け継がれる。
ブール・・・ヘレナが偽乳に使うパン。最初はパン・ド・カンパーニュを使う気だったが、直径30センチや50センチのものまであるので、不自然だとヘレナの兄が主張してブールに変更。
ヘレナの兄・・・気のいい蛇玉。善良な女性たちの憧れや妄想を夢で叶えてくれるインキュバス。ただし、善良ではない女性の妄想は怖いと逃げ出すインキュバスらしいインキュバス。ヘレナに精気を与える時は精気の塊を蛇にしてそれをブチっと身体(本体?)から引きちぎって丸呑みさせている。




