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やつらは視線を読む生き物

「放送はしてないよ。電波塔建てる技術ないし。日本の電波届かないし」


 カイがドアの方を振り返ると、そこには真琴がいた。


「いよっ、遊ぼ」


 真琴は軽い声を出しながら手をあげた。

 短髪のパーカを着た美少年。

 ズボンこそ短パンであったが、いつもの真琴だった。

 だが真琴が女であることをカイは知ってしまった。

 もう女にしか見えない。

 カイは真琴をどう扱っていいかわからなかった。

 カイは雪菜以外の女子全般が無理である。


「やめてくれよ、そのツラ。中身は変わらないっての。遊ぶぞ」


 真琴はテレビの前に来る。


「雪菜は?」


「報告書出し終わったら来るよ。あいつは実弾使うから報告書が多いんだわ」


 ラフな短パンから白い足が見えた。

 少し前まで、カイは真琴が男にありがちな野太いすね毛がないことを羨ましく思っていた。

 イケメンとブサメンの距離はここまで遠いものなのかと思ったものだ。

 今あるのはすらりとした女性の足だ。

 少しドキドキする。

 じいっと眺めていると真琴は言った。


「あー、これな。一応女だからな。雪菜に教えてもらって処理くらいはしてるんだわ。それで……カイは女の毛の処理の生々しい話、聞きたい?」


 カイは必死になって顔を横に振った。

 生々しいのを聞くにはまだレベルが足りない。


「だよねー。さてさて、たぶんここにあるんだよね」


 真琴はテレビの下にあるキャビネットを開けた。

 中には有名メーカーのゲーム機があった。しかも4K映像に対応しているお高い方である。


(なにやってんだジジイ)


「大佐……って今は二人きりだしいいか。おじいさんのゲーム機だ」


「……ちょっと待て。じいちゃん、ゲーム好きだったの?」


「異世界人は基本的に娯楽に弱いんだよ。日本じゃよくネット対戦やってたわー。ゲームの棚はこのリモコンか……」


 カイは自分の知らない祖父の一面に言葉を失った。

 そんなカイを放って真琴はリモコンを取り出しスイッチを押す。

 するとモーター音を立てながら本棚が動き、さらに奥から本棚が出現した。

 カイは真琴と奥の本棚を見る。


「こっちがゲームだろ、こっちが映画、ドキュメンタリーに……おー、アイドルのイメージビデオまであるわー。……見るか?」


「やめて差し上げろ」


 昔は真琴が持ってきたアイドルのイメージビデオを一緒に見たこともある。

 だが、それは男だと思っていた時の話だ。

 さすがに女の子と水着のアイドルを一緒に見るのはハードルが高い。

 少し前にお互いの家に泊まって一緒にエロ動画を見てたとしてもだ。

 それに祖父のお気に入り(・・・・・)を知りたくはない。武士の情け的な意味で。


「んじゃ、ゲームすっか。あとで雪菜も来るだろうけど。と言ってもネットなしじゃ格ゲーしかないか。こっちはネットないから不便なんだよな」


 真琴は適当なゲームを取ると光学ディスクをゲーム機にセットし、コントローラーを持って床に座る。

 カイも特にやりたいゲームがあったわけではない。

 だから特に反論することもなくコントローラーを持って床に座った。

 ゲームは特に目新しさのないものだった。

 ゲームをしながら真琴は言った。


「なんか熱くね?」


 真琴はパーカのジッパーを開け、パタパタと振った。

 中はタンクトップだった。

 カイは気づいてしまった。

 真琴はノーブラだった。

 谷間こそなかったが、いや谷間がなかったからこそ気づいてしまった。

 次の瞬間、カイは目をそらした。


(だめだ! 女子(やつら)は男子の視線を読む)


 小太りのカイはお世辞にも美しいとは言えない。

 カイにとって学校とは常に敵基地への潜入ミッションのようなものであった。

 カイには自信を持って断言できることがある。

 女子を敵に回すのは死ぬのと同じだ。

 女子はただでさえカイの存在をゴミのように扱う。

 そこに嫌らしい視線という攻撃材料を与えたら……

 考えるだけでも恐ろしい。

 社会的に死ぬことになるのは確実だろう。

 だからカイは全体を見た。

 一点を見つめることはない。

 視界全てを使い真琴の動きを注視する。

 時間と空間の認識能力を限界まで引き上げる。

 合気道などの武術にある『目付け』と言われる技術とほぼ同じものだったことをカイは知らない。

 カイは確信した。真琴の黒目はカイを見てはいなかった。


(セーフ……)


 カイは助かったと安堵した。

 口数が少なくなりながらしばらく二人でゲームをする。

 ゲームしかやることがないので本当に惰性でゲームを続けた。

 すると真琴があくびをした。


「ふああああああぁ。なんか眠くなってきたなあ」


 真琴はカイのベッドから枕と毛布を取って来る。

 幼なじみの気安さか、すべて無断である。


「わりぃ。一眠りするね。ゲームやっててくれ」


 真琴はそう言うと床で毛布にくるまり、うつ伏せで枕に抱きついて目を閉じた。


「おう」


 カイは返事をすると腕時計を見た。

 すっかり夜の時間だった。なるほど、これでは眠くなる。

 カイは棚から一人用のゲームを取り出すことにした。

 ラインナップはファーストパーションシューティングが多い。

 カイの祖父が好きだったのだろう。

 やたらアメリカンだ。

 カイは納得しながら最近発売したばかりのホラーゲームを取り出すとゲーム機にセットした。


(眠くなるまでプレイしよう)


 カイは真琴を起こさないようにテレビの音量を下げゲームをプレイしはじめた。

 真琴の寝息をBGMにゲームを続ける。


「うん……くっ」


 真琴がときよりやたら色っぽい寝言を口にするが、カイは地蔵のごとく動かなかった。

 普段がダメなぶん、せめて異世界では紳士でいたかった。

 十分ほどゲームを続けていると突然ガバッと毛布を天井に放り投げて真琴が起きた。


「おどりゃー! なんでだー!」


 真琴は涙目で叫んだ。


「なぜだ! なぜだ! なぜだー!」


 突然のことにカイは焦った。

 一目で真琴はキレているとわかる。


「な、な、な、なに!?」


 カイはわけがわからない。

 すると真琴は言った。


「おどりゃー! 幼なじみがノーブラで寝入ったんだぞ! 乳をもむのが礼儀ってもんだろー!」


「要求が理不尽すぎる!」


「カイの好きなエロマンガに同じシチュエーションがあっただろうが! ノーブラを一瞬見て、不自然に視線を外したからこりゃいけると思ったのに!」


 やはり視線は読まれていた。

 幼なじみに性癖は筒抜けだった。

 思春期の男子としては見られたくない部分が丸見えだったのだ。

 しかもノーブラに気づいたところまで気づかれていた。

 駆け引きは完全にカイの敗北だったのである。


「ええい! もう知るか。こうなりゃ実力行使に……」


 次の瞬間、部屋のドアが破壊音を立てて……二つに割れた。

 足が見えた。ドアに蹴りを入れたのだ。

 その足はもう一度ドアを蹴る。

 無残に折れ曲がったドアが部屋の中に転がった。

 手が見えた。長くて細い指。

 一目で健康的だとわかる指だ。

 雪菜の指が壁をつかんでいた。

 突如として指に力が入る。

 ぐしゃりとまるで豆腐のように金製の壁のフチが握りつぶされた。

 いくら金が柔らかいと言っても握りつぶすのは人間を超えている。


「真琴ぉ……ナニヲしているのかな?」


 その声は雪菜のものだった。

 雪菜は壁から顔を出す。

 まさに鬼の表情でだ。


「なにって……子作り以外にありえるのか!」


 真琴はバカ正直に答えた。

 カイは「もうダメだ……」と小さくつぶやいた。

 部屋に入ってきたのは目を赤く光らせた雪菜。

 まるで鬼のように、いや暴走した巨人兵器のごとくのっしのっしと部屋に入ってくる。

 白いワンピースはカイの心の童貞を殺すには充分な威力。のはずだった。

 なぜかカイは恐怖を感じた。そしてカイは気づいた。


(揺れている)


 恐怖はあったが目を引かれた。しかたがない。これは男の本能なのだ。

 だがカイが雪菜の胸に視線を移した直後、真琴がギャン泣きした。


「今見たぞ! カイはおっぱいをガン見してたぞ! やっぱりおっぱいなのかー! 雪菜! なんだそのけしからん体はー!」


 泣きながら真琴は雪菜の胸を鷲づかみにした。


「これか! これが女子力袋なのかー!」


 なぜかカイの脳裏にマフィア映画の金字塔。あの映画のテーマが流れた。

 テーマ曲が聞こえた瞬間、カイはあきらめた。止めるのを。


「ちょ、ちょっと、なにつかんで」


 雪菜は正気に戻ったが、なにもかも遅かった。


「がんばって寄せてもうっすらと谷間ができるだけ。そんなボクの気持ちがわかるかー! わかるのかー!」


 真琴はポコポコと雪菜を叩く。


「だからって人の乳を握るなー!」


 雪菜は真琴の手を取って床に押し倒す。

 それを見たカイは考えながら二人の取っ組み合いを見ていた。

 二人の女性の取っ組み合いだが、それで喜ぶほどにはカイは上級者ではなかった。

 だからカイは素直に思った。

『権力者になってもなにもいいことねえな……』と。


「せっかく夕ご飯持ってきたのに! この貧乳!」


「あー! また貧乳って言ったな! ウキー!」


 不毛な争いはなおも続く。

 真琴が落ち着くまで取っ組み合いのケンカは続いた。

 ケンカが終わると、遅めの夕飯を食べながら朝までゲームで遊ぶことになった。

 いつものお泊まり会の気分である。

 異世界のはずなのに、どこか既視感のある夜だった。

 なんとなく、カイはいじめが始まる前の三人に戻った気分だった。

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