金の価値
この南国リゾート風の世界が伝承にある楽園。
カイにはとても信じられない。
「そうだな。わかりやすい例を出そうか。階段の手すりを見てみな」
真琴は言った。
カイは手すりを見てみる。
金色の金属で細工がされている。
だが金箔や金具ではない。
やたら重量感がある。根拠はないが、中まで金のような気がする。
なお、叩いて確認する度胸はない。
「金だ」
真琴はなんでもないように言った。
高級品を説明するときのトーンではない。
実際、真琴は手すりをポコポコと叩く。
「金ってのは高級品じゃないの? 本物って、ま、まさかぁ~」
そもそも手すりに適した素材なのだろうか? 柔らかいと聞いたことがある。
良く見ると金だけではなく、 サファイヤやエメラルドなどの宝石もはめ込まれている。
それっぽいがいまいち自信はない。
カイは本物を見抜くほどの目利きではない。だからそれが本物かについては見抜くことはできない。
なにせカッティングも、埋め込みかたも、まるで石ころを扱うような雑さなのだ。
高級感がまるで感じられない。
素材に対する愛がないのだ。
さらにカイも宝石に関しては博物館の展示物しか見たことがない。
母親の結婚指輪もプラチナ製で石のついていない地味なものだ。
見たことがないのだ。
だからどうしても本物とは思えない。
真琴は愛がなさそうな態度を貫いた。
「ところが本物。金も宝石もその辺掘ればいくらでも出てくるから扱いが雑なんだよね。光るだけだし」
「はい?」
金は貴重品だ。
だから高いのである。
宝石も高価なものだ。
そもそも金や宝石は電子部品の素材としても使われる。
光るだけなんて言えないものだ。
それを石ころのように言うなんて、あきらかにおかしな発言である。
そう言えばカイの両親も、祖父も、親族も、宝石のついたアクセサリーを持っていない。
仏事に必要な真珠くらいだろう。それも通販で適当に買った淡水真珠だ。
カイはそれを自分の家がそういうものに縁のない経済状態だと思っていた。
だが……
(もしかして、価値がないから買わないのか?)
だんだんと一族の真実の姿に気づいていく。
「なんとなく予想がついたみたいだね。この世界では金や銀、それに宝石は貴重品じゃないんだ。その代わりアルミはほとんど取れないし、石油の採掘や精製技術もない。だからこの世界は日本へ……日本政府へ金やら宝石を輸出して日用品を輸入している」
わざと真琴は『日本政府へ』と言い直した。
おそらく意味があるのだろう。
「日用品って?」
「洗剤にオムツに消毒薬にスポンジに筆記用具に薬に……とにかく日用品はなんでも。それに服と靴。時計に電卓に太陽電池パネルに蓄電池にパソコンに……とにかく工業製品はなんでもだな。なにせ作れない」
かなりの技術格差があるようだ。
だがそれはおかしいとカイは疑問を抱いた。
「靴や服なら軽工業じゃない。機械さえ用意できれば作れるんじゃないの? 学校で習ったじゃん」
機械を持ち込めば生産ができるんじゃないとカイは思ったのだ。
「現実は厳しいのだよ。いやほんと。機械があっても原料と技術がない。化学繊維に、樹脂に、人工皮革に、接着剤に、こちらじゃ作れないものばかりだ。買った方がずっと安いよ。靴底を作るだけでも完成品を買う数百倍の金がかかる。数年前から日本に留学生も出してるけど、工業製品が作れるようになるのは、あと数十年はかかるだろうね」
カイは靴を見た。
学校指定の白スニーカーだ。ずんぐりむっくりとしたファッション性皆無のモデル。みんな影では嫌がっている。
だがカイは少しだけ見直した。
『そうか靴はそこまでのオーバーテクノロジーだったのか』とカイは素直に感心した。
「日本国内に入り口があるから楽だけど、大佐がお隠れになってからゲートを開けられるものがいなくなっちゃって、輸入がストップしていてね……今ごろパニックだよ」
今、スルーできない単語が出てきた。
あっさりしすぎてカイは聞き逃しそうになったが、それでも絶対に異常な単語なのだ。
「ストップ、真琴。『大佐』ってなんだ?」
「あー……大佐ってのはうちらの国家元首のことでね」
「ストーップ! 危険だからストーップ! うちのじいちゃんそう言うの好きだったの?」
かなり危険なネタである。
「いや先々代の元首様……カイのひいお爺さまが元首を大佐に変更されたそうだけど。好きだったんだろうねえ」
元凶はもっと前だった。
家族の黒歴史という新しい悩みがカイにできた瞬間であった。
すると話が進まないのか雪菜が話をする。
「私たちはご一家の護衛として日本に駐留している近衛騎士です。今まで黙っていて申し訳ありませんでした」
カイには雪菜の態度がよそよそしいのが悲しかった。
「そういう態度はやめてくれよ。友達だろ」
カイは雪菜にやめて欲しかったが、なぜか真琴が同意した。
「そうだよ。一緒に風呂にも入った幼なじみだろ。一緒にお風呂……うふふふふふふ可愛かったなあ……小さくて」
どこが小さいのかは聞きたくもない。
真琴は自分で言っておきながら顔を赤らめる。
やめてほしい。自分で下ネタを振って恥ずかしがるのは。
「お前は少し自重しろ」
身の危険を感じたカイは言った。
真琴はなおも思い出し笑いをしている。その姿は妙に色っぽい。十代の小娘なのに。少し前まで完全に野郎だったはずなのに。
ネタだとわかってはいるが本当に、心の底からそれはやめて欲しい。と、カイは思った。
だがそれを見て雪菜は笑った。
「もう、二人ともばかね」
真琴がカイを見た。
やったぜという顔をしていた。
どうやら真琴はこの事態を想定していたらしい。
カイはすかさず言った。
「いつもと同じにしてよ。俺たちの仲なんだからさ」
少し照れくさかったが雪菜が「ふふふ」っと笑ったので、カイは少し報われた気になった。
そしてカイは話を逸らす。
カイはこうやって人の思考を読むのが得意なのである。
「それでさ、なんで雪菜と真琴は護衛なんてやってるの?」
これに関してはもうわけがわからない。
高校生が護衛というのがそもそもおかしい。
まずはこれを聞かねばならないのだ。
一番無難そうな答えが返ってきそうなのだ。
「そうね……カイ。よく聞いてね。何代か前まで私たちの家は公爵家だったんだけど、カイのお爺さま、一朗大佐を暗殺しようとして罰として流刑になったの。一朗様に許され、そのまま近衛として着任したの」
『ブルータスお前もか』という文が頭の中からすぐに出てきた。
その手のもめ事はどちらかが滅ぶまで続く。
感情では雪菜と真琴を疑いたくはない。だが……
するとそんなカイの様子を理解した真琴が笑う。
「そんな顔をするなよ。これを見てくれ」
そう言うと真琴は本を投げて寄こした。
それは古くてボロボロの本、いや手帳だった。
「なんだこれ?」
「流刑になったうちのじいさんの日記だよ。読んでみ、笑えるから」
(笑える……ってなによ?)
カイは半信半疑だった。
だがまさに真琴の言うとおりだったのだ。




