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理想の男(きちく)

 爆発と炎上。

 というほどはハリウッド映画ではない。

 光に入った次の瞬間、なにか大きなものに激突した。

 地味な音がし、カイはどこかに頭をぶつける。

 カイはそこで意識が混濁した。


「カイ? ちょっと起きてよ」


 意識がドロドロになる中、誰かの声がカイの耳に入った。

 どうがんばっても目を開けることができない。

 意識がドロドロとしていた。

 手も足も重く、動かせそうにない。


「ダメだ! 早く出すぞ。重い! 雪菜、お前餌付けしすぎだ! だからお菓子をあげすぎるなって言っただろう!」


「もー、ほっといてよ! お父さん、私にかわって!」


 ガッチャン、ガッチャンという音がする。

 そうか雪菜かとカイは納得しなされるまま引きずられて行った。


「出したよ! ケガはない!」


「その辺に寝かしておけ。荷物出すぞ!」


 まぶたは言うことを聞かない。

 そして暗闇に落ちていく。

 ……どれだけ時間がたっただろうか。そよ風がカイの顔をくすぐる。


「おーい起きろー」


 ペシペシとほほをたたかれる。

 真琴の声だ。

 痛みはない。

 なのに眠い。どうしても起きられない。

 すると別の声が聞こえる。


「あ、雪菜の脇肉」


 カイは飛び起きた。

 脇肉に反応したわけではない。決してない。ないはずだ。カイは絶対に上級者ではない。

 ……と少なくとも自分では思っている。

 まずはどこまでも広がる草原が見えた。

 明らかに埼玉の光景ではない。

 困惑するカイの目に自動車が見えた。

 カイたちが乗っていたものだ。

 フロント部分が無残にへこんでいる。

 すぐそばに大木があったところから考えると、この木に激突したようだ。

 カイは視線を前に移す。

 目の前にはサングラスをかけてフードをかぶった美少年がいた。真琴だ。

 近くでよく見たらサングラスではなく、ゴーグルだった。

 安心できる顔を見た瞬間、カイの心は決壊した。


「真琴ぉ~。変な夢を見たんだよ~」


 カイはプライドをかなぐり捨てた。

 夢だ。夢に違いない。

 自動車に乗っていたら、わけのわからない集団に襲われたことも。

 雪菜が鎧を着けてラ●ボーみたいに機関銃を腰だめで撃ったことも。

 だって真琴がいるのだから。

 バイクに乗ってないし、拳銃も持ってない真琴がいるのだ。

 そうだ。真琴は休みになったら一緒に二輪車の免許を取りに行く約束をしていたのだ。

 そのためにわざわざ鈴木商事でアルバイトをしていたのだ。

 真琴がレーサータイプのオートバイを乗りこなすなんてありえない。


「よちよち、かわいそうに。ボクの胸で泣くがいい」


 そう言うと真琴は俺の前で両手を、両腕を広げる。

 カイは『ネタに乗らねばならない』とそのまま抱きついた。


「真琴ぉーッ!」


「心の友よー!」


 男どうしの暑苦しい友情がそこにはあった。

 だが、なにかがおかしかった。

 ふにゅんとした変なものがカイのほほに当たったのだ。

 それがなにかわかった瞬間、カイは叫んだ。


「どわああああああああああああッ! ある! 小さいけどある!」


 あわてたカイは真琴の胸を押して引き剝がした。

 真琴は女顔の美形だ。少女漫画に出てきそうな美形だ。だけど男だ。

 それにカイのような肥満でもない。胸があるはずがない。


「わしづかみなんて……男らしい……」


 真琴はなぜか顔を赤らめてモジモジし、またもやカイの右手にささやかな感触が伝わった。


「うわああああああああああ!」


 ある胸がある。膨らみがある。

 もうなにがなんだかわからない。

 悪夢だ。これは悪夢に違いない。

 きっと雪菜のことで嫉妬していたせいで、こんな悪夢を見たに違いないのだ。

 だって小さい頃に風呂だって一緒に入ったこともある、修学旅行だって一緒の班だった、エッチな本やビデオだって一緒に見たことのある一番の友達が……女のはずがない。

 同い年だが兄貴分みたいなものなのに。たいていの悪さは真琴と一緒にやった仲なのに!

 もしかすると自分はおかしくなってしまったのかもしれない。

 全て自分の邪な考えを罰しようとする自分の無意識が作り出した悪夢に違いない。

 そうカイは思った。だからカイは現実から逃亡した。真琴の胸をわしづかみにしたまま。

 完全にカイの思考は許容範囲を逸脱していたのだ。

 カイはフリーズしてしまった。

 カイの様子を見て真琴は舌なめずりをする。


「固まってる……それは交尾がしたいという意思表示だね……いただきま~す♪」


(いただきますってなんぞ!?)


『いただきます』は『いただきます』である。


「どわあああああああああッ!」


 ようやく胸から手を離したカイは迫り来る真琴の顔を押さえる。

 真琴の手はカイのベルトを外しにかかる。


「ぐぬぬ。手を離せ。あきらめろ!」


「せめてわけを話せ! 頼むから!」


「雪菜がこっちに来ちまうだろ。時間がないんだ! はよ脱げ!」


 なぜだ? どうしてこうなった!

 するとガッシャンガッシャンと音がする。


「この痴女~!」


 雪菜の声だ。

 だが雪菜は鎧を着ていた。

 重そうな全身甲冑のまま走ってきたのだ。


「あんたね! ショックが大きいから落ち着いてから説明しようって言ったでしょ!」


 雪菜が地団駄を踏んだ。

 顔は見えないが怒っている。


「違うんだ。雪菜……これは……愛だ!」


「わけわかんないよ!」


 雪菜はさらに地団駄を踏んだ。

 甲冑の重さで踏み込むたびに、ずううんという衝撃がカイの体にまで届く。

 雪菜は手を振り回しながら言った。


「バカ! ムッツリ! この貧乳!」


「あ、お前、貧乳って言ったな! つるペタって言ったな! 人が気にしてることを言ったな! 言ってはならんこと言ったな!」


 そう言うと真琴はカイを抱き寄せた。

 カイはなされるがままである。


「もう怒った! この場でモノにする! 雪菜の前でものにするもん! はーい、ぬぎぬぎしまちょうね~」


 そう言うと真琴はカイの服のボタンを外そうとした。

 これにはカイも抵抗する。


「ちょっと待てって! もう、なにがなんだかわからないよ!」


 あまりの超展開に頭がついていかない。

 真琴は頭をポリポリとかいた。


「しかたないなあ。説明してやるよ。はい雪菜頼んだ」


「ちょっと真琴! ……もう、離れて。まずは礼をするよ」


 雪菜はヘルメットを外すとその場に片膝をつけた。

 真琴も雪菜に並んで片膝をつける。


(かい)様。我ら近衛騎士はカイ様に永遠の忠誠を誓います」


 そう言うと真琴と雪菜は頭を下げた。


「ちょっとやめてよ! なんなのお前ら!」


 カイはあわてたが、二人は顔を上げなかった。

 雪菜は言った。


「我らは、カイ様のおじい様……大佐の命によりカイ様をお守りしてきました。これからカイ様は我らの指導者として国家元首として君臨していただきます」


 もはや意味がわからない。

 意味不明すぎる。


「や、やめろよ……冗談だろ……意味わかんないよ」


 すると頭を下げたまま雪菜が答えた。


「冗談などではございません。カイ様は次期国家元首に指名されました。議会議員とは名ばかりの貴族どもの承認ののちに、正式に国家元首に任命される予定です」


 真琴は頭を上げるとニヤニヤとした。

 そして手を上に掲げた。


「ようこそ、一度も選挙をやったことのない共和制! あこがれの独裁国家へ! ボクの理想の(きちく)になってくださいね」


(きちく)ってなんぞー!?」


 それがカイの運命が変わった瞬間だった。

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