決着
カイは手を挙げ騎士を呼ぶ。
「避難はどうなっている?」
「あと少しで完了いたします」
「もう少し時間を稼ぐぞ」
あらかじめ避難させるのは困難だった。
コンラッドに発覚して人質を取られるのは避けたかったのだ。
カイは国の元首として悠然と、暴君のごとく座っていた。
(超怖えええええええええぇッ!)
内心はガクガクブルブルとしていた。
だが逃げるわけにはいかない。
避難誘導がされても断らなければならない。
ここで逃げたら騎士はカイを信用しないだろう。
だから必死に考えた。
フェンリル。
ロキと巨人の子で、ラグナロクでオーディンを丸飲みにする存在。
別の話では、フェンリルの一族に太陽と月も飲み込まれる。
終末の象徴だ。
鈴木家のものは召喚魔法しか使えない。
だから後継指名を受けてから四神の儀を受け、四神と契約をする。
簡単に言うと四神しか出ない『はずれ』ありのガチャだ。
(対して真琴たちは別の所でスーパーレアも出るガチャを引く)
カイも契約できないレアケースは説明された。
そのガチャを回したらフェンリルが出た。相当なレアケースだろう。
だが結論がおかしい。
鈴木家ではないから? 本当にコンラッドは鈴木家の一族ではないのか?
コンラッドもDNA鑑定くらいはしたに違いない。
いや母親の証言のみで結論を出したのかもしれない。
だが、そこは重要ではないだろう。
現実としてフェンリルが目の前にいるのだ。
フェンリルはなにもかもを飲み込む。おそらく記憶も。
「オラァッ、サラマンダー喚んだぞ! 雪菜どけ!」
完全に男口調になった真琴が叫んだ。
やはり中身はバトル野郎だった。
真琴の下には前に雪菜が呼んだサラマンダーよりも何倍も大きいトカゲが出現していた。
ちょっとした怪獣映画気分だ。
真琴とサラマンダーはフェンリルの前に出る。
最初は頭突きだった。
フェンリルとサラマンダーが同時に頭突きをした。
ドンッと建物全体が揺れる。
「あんぎゃああああああッ!」
痛かったのかサラマンダーが叫ぶ。
「うおおおおおおおおんッ!」
フェンリルも遠吠えをした。
サラマンダーが炎を吐いた。
フェンリルは襲いかかる炎にかまわずサラマンダーの喉に食らいつき振り回した。
「ぬおおおおおおおッ!」
真琴がサラマンダーから落ちる。
雪菜が放り出された真琴をキャッチする。
「し、死ぬかと思った」
「ごめん真琴!」
雪菜は真琴を頬り投げる。
次の瞬間、雪菜が吹っ飛んだ。
フェンリルの体当たりをまともに食らったのだ。
鎧姿の雪菜が壁にぶち当たり、床に落ちた。
死んだかも。
誰もがそう思ったとき、雪菜が立ち上がる。
だが足にきているのかヨロヨロとしていた。
「避難はまだなのッ!」
カイが叫ぶ。
同時に広間に若い騎士が転がり込んできた。
「ひ、避難完了しました」
「おっしゃ! 全員避難! 雪菜! 真琴! お前らも逃げろ!」
カイはそう叫ぶと、玄武を見た。
「やるぞ!」
玄武も答える。
フラフラしながら雪菜が。
真琴も足を引きずって。
二人ともカイの側に来た。
「二人とも外に逃げろ」
「で、でもカイ……」
「そうだよボクたちは最後まで……」
「命令だ。逃げろ。そうだよな! コンラッド!」
カイが叫ぶとフェンリルの後ろからコンラッドが現れる。
コンラッドは薄笑いしていた。
「玄武を使え。俺を止めるにはそれしかない」
「だろうな。というわけだ。二人とも避難してくれ。あとさ……加減間違えてこの世界滅亡したらごめん♪」
最後は努めて明るく言った。
雪菜と真琴は意味がわからなかったのか、それとも策があると思ったのか、泣きそうな顔をしながら広間から出て行った。
騎士たちも二人の様子を見て広間から出て行った。
広間はカイとコンラッド、それに玄武だけになった。
「コンラッド、言っておく。加減を間違えたら全員死ぬぞ」
「ゲートキーパーが加減を間違えるはずがない。お前らはそういう生き物なんだ」
カイは玉座から立ち上がる。
あくまでコンラッドを見下ろしながら。
心理的圧迫感を与える演出だ。
「ではさらばだ!」
フェンリルが牙をむいた。
それと同時に時が止まった。
「カイ、わかっているな。この中で動けば全員死ぬ。さてどうする?」
玄武がカイの前に来た。
(答えなんてわかっているくせに。なにか裏技があるんでしょ?)
「まあな。だがやり方はお前が考えねばならん」
(まずは時をゆっくり流すようにする。そこで普通に動けば、ただ動くだけでフェンリルをバラバラにできる)
「衝撃波でお前も死ぬのでは? その前に足なんか簡単に折れるぞ」
(そうやってツッコミを入れるってことは解決策があるんだろ? 雪菜みたいに体を強化するとか)
「答えは出ているのか。わかった、手を貸そう。自由にやってみろ」
そう言った瞬間、フェンリルが動き出す。
成功だ。時間の流れが遅い。
フェンリルの動きはひどく緩慢だった。
カイは手を動かした。
体が動く。
まるで水の中にいるように重い。
焦ったカイは走ろうとした。
ぴしりと足に違和感を感じすぐにやめた。
(そうか。これが玄武に力を貸してもらった肉体での限界なのか)
カイはゆっくり動く。
足の痛みはなかった。
(たぶん、大丈夫)
カイは階段を下りる。
ちょっと走っただけで足が壊れてしまう。
踏み外したら大怪我をするだろう。
カイはフェンリルの側に行く。
フェンリルはカイのいた玉座に噛みつこうとする寸前だった。
「カイ、今だ! ぶん殴れ!」
カイは拳を思いっきり振りかぶる。
技術はない。
背筋の使い方も、踏み込みや体重移動も、拳の握りかたすらもなっていなかった。
だがこのゆっくり進む時の中では、速かった。
隼よりも、弾丸よりも、雷よりも。
踏み込んだ床が割れ、破片がゆっくりと宙に浮かんだ。
カイは水の中でもがくように拳を突き出す。
拳が空気の壁をぶち破るのが見えた。
(ソニック・ブーム! 音速を超えた!)
カイの拳はゆっくりとフェンリルの体にぶち当たった。
次の瞬間、時が元に戻った。
カイの体の中でガシャンとガラスの割れたような音がした。
フェンリルの体がゴムボールのようにへっこんだ。
そのままフェンリルが吹っ飛ぶ。
同時にカイも吹っ飛ばされた。
(クソッ! なにが手を貸すだ! 腕が折れちまったぞ!)
見たくもない。
プラプラしているのがよくわかる。
カイの脳裏に玄武への文句が頭によぎった。
そのまま吹っ飛んで宙を飛んだカイの体は壁にぶち当たる。
ごきりと肩のはずれる音が体の中から響いた。
内臓に重い衝撃が伝わり、カイは「おえっ」っと小さい声を出した。
フェンリルの方は宮殿を壊しながらゴロゴロと転がっていく。
フェンリルが吹っ飛んだ方向は、壁と天井までが崩れていた。
カイはもう動けなかった。
だが勝利を確信していた。
フェンリルが飛んでいった穴から、外の牧歌的な風景が見えた。
穴の外から宮殿に這ってくるものがいた。
コンラッドだ。
コンラッドの背中から壁の鉄筋が生えていた。
飛び出したときに刺さったのだろう。
それは誰もが見ても致命的な状態だった。
「俺は負けない……絶対にこの世界から日本を……守る」
そう言ってコンラッドは動かなくなった。
カイは痛みで動けも、気絶することすらできなかった。
「お前に守られなくても……日本もこの世界もどうにもならねえよ」
心地よい風が吹いた。
少し冷たい。
カイが下を向くと血まみれになっていた。
どこか切ったらしい。
そんなカイの前に玄武がいた。
「よくやったな。フェンリルは滅びたぞ」
「『死んだ』じゃなくて?」
「ああ。元の世界に帰っただけだ」
「俺の方は死にそう」
「正しい表現じゃな。普通の人間だったら日本に着く前に死ぬ状態じゃ」
「あーあ、二人の胸もんでおけばよかった」
正直な言葉だった。
「このケガでそれか。まあいい……このままだと死ぬ。だがお前はゲートキーパーじゃ。この世界にいる限りはめったなことでは死なぬ。ほれ、もう回復が始まっているぞ……おい、起きろ……」
玄武の声を最後まで聞くことなくカイは意識を手放した。
都合により一話減りました。次回最終回。




