暗殺事件
圧縮された空気を纏った弾丸がカイに突き進む。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
(あん?)
「ほれ、やるぞ!」
玄武の言葉と同時に弾丸が完全に止まる。
「ちゃんと時間を止められたの。お主が見抜いた通り、我はウロボロス、『世界』じゃ。お主の懐中時計の制作者の一柱でもある。これが我の力の一つじゃ」
(じゃあ、今逃げればいいんじゃないかな?)
「あのな。今は時が止まっているのじゃ。その中をお主が動き回れば光速を超えることになる。お前ほどの質量の物体が光速を超えて移動したらどうなるか……」
(どうなるの?)
「阿呆! 重力崩壊起こしてブラックホールが発生するわ! この世界丸呑みじゃ! お前も時間を動かした瞬間に一瞬で分解されて消滅する……」
(マジッスか?)
カイにはとても信じられない。
時を止めて無駄無駄は男の子の夢である。
「あのな……お主はやろうとさえ思えば世界を一瞬で滅ぼすことができるのじゃ」
(なんで俺がそんな力使えるのよ!)
「お主に才能があるからじゃ! いいか。死にたくなければ能力を我が物にせよ。だが練習ができると思うなよ。お主は力が強力すぎて試すこともかなわぬ」
(なんてこった……じゃあどうするの? よけられないよ!)
「よけられなくても死を回避できる。犯人を捜せ、まずは射線を見ろ」
玄武が指さす方向をカイは見る。
なぜか体が動く。
(って、なんで俺動けるんだ?)
「魂が飛び出しているだけじゃ」
その言葉に焦ったカイは玉座から転がり落ちた。
動かない方のカイが玉座に残っているのが見える。
(どああああああああ!)
「うるさい」
なんだかモヤモヤする。
玉座の方を見ると雪菜は射線に飛び出し、真琴はカイを見つめながら両手を合わせている。
なるほど、とカイは思った。
雪菜は盾になって真琴は呪文を詠唱しているのだ。
「二人が盾になる。お主は無事だ。だから焦るな。それよりも射線だ」
二人の男、若者と老人が銃を構えている。
そこから二つの弾丸が発射され、空気を切り裂いているのが見えた。
空気圧が強すぎるのか、銃が破裂している。
弾丸は一発だけらしい。
カイは周りをよく観察する。
「あそこにもう一人。本命だ」
カイは指をさす。
貴族たちがいる方ではなく、真琴たちの後方。
護衛の騎士の一人が銃を抜かんとしていた。
「やはり三人目がいたか……よし、次は……」
「貴族を観察する」
カイは貴族を見る。
いけすかない顔をしたコンラッド・バロウが驚きの表情を浮かべている。
男らしい美形だ。理由もなくコンプレックスが刺激される。
憎い。男らしい美形が憎い。
「阿呆。私怨はやめよ」
玄武に怒られて正気に戻ったカイは、コンプレックスは置いて場を眺める。
(なぜ、コンラッドは顔を上げているのだろう?)
「下手人だからではないのか?」
(驚いているから違うと思う。少なくともこの襲撃には関与してない)
「なるほどのう。わかってきたようだな」
カイはコンラッドから離れ、さらに観察する。
コンラッド以外で顔を上げているもの。
満面の笑みを浮かべる中年の男がいた。
「当りだな。そやつが下手人だ」
カイはさらに眺める。
「よし、時間を元に戻すぞ」
(玄武、だめだ! それは間違いだ!)
「なんじゃ。こやつは貴様に敵対心を持っている!」
(違う! そこのおっさんは、ただ俺のことが嫌いなだけだ。他にいる)
カイは眺めながら考える。
顔を上げているものじゃない。
顔を下げたままにしているものだ。
「どういう意味だ?」
(いいから!)
カイは顔を下げているものを一人一人確認する。
ほとんどのものは、なにも気づいていない。
だが顔を下げているのにニヤついている中年の男が一人、固く目をつぶる壮年の男が一人いた。
(犯人はコイツとコイツ)
「なぜそう思う?」
(あの弾丸は音が小さい。顔を下げていれば気づかないはずだ。顔を上げているものが反応をするのはわかる。だけど気づいていないはずのコイツらが反応するのはおかしい)
「ふむ、それがお主の本性か……末恐ろしい……時間を戻すぞ」
玄武は前足でかしわ手を打った。
カイの体が、玉座にいるカイに吸い込まれていく。
気づくと圧縮された空気を纏った弾丸がカイに迫っていた。
カイは王者然と座っていた。
それがカイの役目だった。
「カイ!」
雪菜がカイの前に出る。
真琴が同時に呪文を発動する。
突如として壁が出現した。
弾丸は壁に当たり、圧縮された空気が爆発する。
壁の破片が崩れるが、カイの前に立ちはだかった雪菜が受ける。
雪菜の肩に破片が当たり血がにじんだ。
カイは自分がケガをしたかのように痛くなった。いや死にたくなった。
だがカイにはやることがあった。
カイの覚悟が決まった。
突如立ち上がり、三人目を指さす。
「やめよ」
銃を懐から出そうとした騎士がビクッと一瞬止まる。
隙はそれで充分だった。
浩ことイーゼルが騎士に飛びかかる。
カイは悠然と貴族たちの方を向き、低い声を出した。
「ご苦労だった。下がれ」
雪菜は頭を下げ、カイの後ろに戻った。
カイは貴族たちの席に歩いて行く。
打ち合わせにない行動に雪菜が声をかけようとするが、浩が止めた。
カイは頭を下げたままの貴族、二名の犯人の一人の側に立った。
「貴公は私に何か言うことがないか?」
一言だけで充分だった。
貴族の男は震え出す。
カイはもう一人の男の側にも行く。
「貴公も何か言うことはないか?」
同じように男は震えた。
最後に頭を上げて笑っていた男の前に行く。
「貴公はもう少し自分を隠した方がいい」
そう言うと肩に手を置いた。
「も、申し訳ありませぬ!」
男は土下座をする。
この一連の行動だけで充分だった。
カイは再び壇上に戻り玉座に座った。
ホールは静まりかえっていた。
「さて……イーゼル。就任式の進行はどうなっていたかな?」
カイはわざとらしく聞いた。
イーゼルこと浩は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに平静を装った。
「これにて終了でございます」
「そうか、では去るとしよう」
カイは廊下に出る。
貴族がいないことを確認すると雪菜の手を取った。
「ごめん。女の子なのに……傷を負わせて」
雪菜は首を横に振った。
「カイを守れてうれしい。私も不良から守ってあげられなくてごめん……」
「いいよ。浩おじさんの意図がわかった。俺が死なないようにしたかったんだね」
カイは真琴の前に立つ。
「今まで苦しめてごめん」
すると真琴は立ったままボロボロと涙をこぼした。
「いや、これはそういうんじゃなくて……」
「わかってる。なにも言うな」
雪菜も真琴の肩に手を置く。
それを見ていたはずの浩も騎士たちもなにも言わなかった。
「俺、がんばるから」
こうしてこの日、カイは異世界の独裁者と正式に君臨した。




