二度目の異世界
二度目の異世界行きが決まった。
今度は襲撃はなかった。
表から堂々と異世界に行く予定だ。
だがカイは心に刃を忍ばせていた。
カイを暗殺するのか、それとも懐柔しようとするのか。
どちらにせよ祖父を殺した連中が必ずしかけてくるはずだ。
それを考えるだけで、ごはんが喉も通らない。
おかげで五キロも体重が減ってしまった。
こんなに簡単に体重が減るのになぜ太っているのだろう? 不思議だ。
それはいい。生き死にには関係なのだ。
まずは玄武に会わねばならない。
カイと雪菜、それに真琴……それに浩を伴いカイは鈴木商事へ行く。
なにせ鈴木商事はバス路線からも微妙に遠いところにあるのだ。
どうしても自動車が必要である。
前回の自動車は異世界に放置してあるため、今度の自動車は15年前に製造された中古のバンである。
鈴木商事のロゴ入りでどことなく哀愁が漂っている。
「はい。カイあーん♪」
優しい顔をした雪菜が棒状のチョコプレッツェルをカイの口に運ぶ。
餌付けである。カイが太った原因のほとんどは雪菜のせいかもしれない。
カイは照れながらもつきあって食べる。
ちなみに腕に抱きついている。
胸が当たっている。大きい。
カイの顔は先ほどから真っ赤である。
「汚すなよー。餌付けはほどほどになー」
浩が一応注意した。
だが前の自動車と比べて覇気もやる気もない。
カイも真琴も雪菜もおっさん世代の車への情熱など理解できないのでなにも言わない。
すると真琴もバスケットを取り出す。
「ほ~れ、ドーナツあるぞ~。あ~ん♪」
なんだろうか。
完全に幼児のような扱いである。
もしくは欲張りな小型犬。
カイは本気で照れながらドーナツにパクつく。手作りだ。
真琴の料理はとてもおいしいとカイは素直に思った。
だが同時に『なんでこいつら俺を太らせようとするんだろう?』とも思う。
真琴はそのままカイの腕を抱く。
それを見て嫉妬したのか雪菜が腕を引っ張る。
大きい。
「は~い、カイ。お菓子まだあるよ~♪」
真琴も腕を引っ張り返す。
薄い。
「カイ、リンゴむく?」
カイは目が回る。
両手に花。男の子が憧れるシチュエーションのはずだ。
なのに心が安まらない。
おなかもいっぱいだ。
カイが目を回していると鈴木商事の建物が見えてくる。
(助かった!)
カイは懐中時計を用意する。
「あ、今回は出てからでいいですよ」
たしかに襲われているわけではないので、冷静に考えればそれが正しい。
鈴木商事に停車するとカイたちは会社の中に入り、更衣室で着替える。
独裁者のできあがりである。
「そこの部屋から行きましょう」
浩の言葉通り、カイたちは部屋に入る。
何の変哲のない部屋だった。
全く何もおいてないという一点を除けば。
「時間は前回出た時間から二時間後でお願いします」
カイは言われたとおり、懐中時計を二時間後にセットし異世界の扉を開ける。
三人で扉をくぐると四神の儀を行った部屋に出る。
相変わらず金銭感覚が麻痺しそうな豪華な部屋だ。
「まずは玄武様にご挨拶をしましょう。カイ様、水晶を触ってください」
カイは言われたとおり水晶を触る。
だが何も起きない。
「……おかしいな」
浩は首をひねる。
「まあいいでしょう。私は女官たちを呼んで来ます」
カイにもわけがわからない。
すると女官が大急ぎでやって来る。
どうやらただ事ではない様子だ。
「か、カイ様。こちらへ」
何事かと思ったら、なぜか前回来たときに泊まった部屋に案内される。
女官がドアを開け中に入ると原因がわかった。
まず部屋は少しだけ変化していた。
部屋にテレビが増えている。大画面でシアターシステム付きの豪華なものだ。
そしてそのテレビにゲームが繋がっている。
さらにゲーム機は無線接続でコントローラーと接続されている。
そのコントローラーを握ってゲームをしているのは。
「おお、来たか」
玄武だった。
亀の前足で器用にコントローラーを操っている。
しかもプレイしているのはアメリカ製のレースゲームだ。
カイの目の前で並み居るライバルを蹴散らし一位でゴールした。
カイは浩の方を向くと無言で指をさした。
「仰りたいことはよくわかります」
浩は同意したが、雪菜と真琴の反応は違っていた。
「上手だね~」
「次対戦しようぜ!」
たしかに玄武はゾウガメに見えなくもない。
だがフレンドリーすぎる。
「日本人と言ったな? やつらの考えた娯楽はほんに面白いのう」
『そのソフトは海外製だ』と野暮なツッコミは入れない。
楽しんで大人しくしてくれればいい。
それよりも気になることがあった。
「おじさん、ここ電気来てるの?」
「イーゼルと呼び捨てにしてください。屋上に日本から取り寄せた太陽光パネルと蓄電池がございます。ゲーム機程度なら動くでしょう」
宮殿はかなり大きい建物だ。
その屋上を使っているなら、それなりの発電量がありそうだ。
ワークステーションも置けるかもしれない。
電気の話をしていると、真琴と玄武はアーケードコントローラーを出して格闘ゲームを始めた。
「おりゃ!」
「ふははは。ブロッキング!」
雪菜は玄武の背中の蛇をなでながらそれを見ている。
雪菜は爬虫類は平気のようだ。というか好きなようだ。
蛇も高度な知性があるようで雪菜にスリスリしている。
普通、爬虫類はそこまで人になれないはずだ。
だがまるで彼女らは初対面だというのに生まれながらの友達のようだった。
カイからは逆さに振っても出てこないコミュニケーション能力である。
カイはもう一度指をさしと浩が肩を叩く。
「仰りたいことはよくわかりますから。わかりますから。あきらめてください。そんな目をしないでください」
混乱の原因は玄武しかいない。
暇になったので遊びに来たのだ。
たまたまカイがいなかったからゲームで遊んでいたのだ。
おそらく「ひまだー!」とか言ってゲーム機を運ばせたのだ。
「ゆーうぃん!」
勝敗が決したらしい。
すると玄武は自分の横を前足で叩く。
「カイよ、ここに来い。お主もやるのだ」
カイは浩を見る。
浩も「付き合ってやれ」とアイコンタクトをした。
カイは玄武の横に座り、真琴からコントローラーを受け取る。
キャラクターを選択し、対戦がはじまる。
玄武がカイの方を見ずにささやいた。
「お主、この間とは見違えるような顔になってきたの」
「そ、そうかな?」
褒め言葉だった。
褒められなれていないカイは少し照れた。
玄武も褒めなれてなかったのか頭をかいて続けた。
「どちらかの娘っこを嫁にしたのか?」
「ブーッ!」
「隙あり!」
カイの隙に玄武はありったけのコンボを叩き込む。
なにもできずにカイの選んだキャラは沈んだ。
「なんだ違うのか。あーあ、早く孫の顔が見たいなあ」
「気が早すぎる! しかもお母さん気分! そしてやることが汚い!」
「ふふふ、冗談だ。本当に良い顔になった」
なにをと言われても野蛮に暴力を振るっただけだ。
少なくとも良い行いをした覚えはない。
悪い顔になっている方が自然だ。
「なあに、なあに。それでいいのだ。闘争は悪いことではない」
(そういや玄武はテレパシー使えたっけ)
「忘れてたのか……あきれたぞ。だがそんな悪い子も我が救済してやろう。守り人を殺害せしめた邪悪なものを共に追い詰めようぞ」
カイは「ふふん」と笑い、玄武も同じように「ふふん」と笑う。
それを見た、雪菜は。
「あの二人、似てない?」
と指をさし。真琴は。
「ああ、二人とも気づいていないようだがな」
と同意した。
玄武をくわえ味方はそろった。
こうして二回目の異世界。目的は殺人犯狩り。
後で考えれば、このとき火蓋が切られたのだ。




