覚醒したいじめられっ子とあわれな犠牲者たち 1
なんのアクシデントもなく、次の日が来た。
普通に学校があり、普通に登校する。
いつもの日々だ。
カイは学校が嫌いだ。
いじめられるのが嫌だった。
痛いのはなれるし我慢できる。
だけど不良たちに顔を踏みつけにされ、見下ろされる。
そのたびに自分が劣った人間だと思い知らされる。
それが耐えられなかった。
その日は不思議なほど気分が良かった。
殴られるとわかっているのに鼻歌まで飛び出す。
朝食のパンを素早く食べるとカイは家の外に出る。
家から出ると雪菜が待っていた。
約束はしてない。だが護衛任務だというのはわかった。
「ごめん、待った?」
「ううん」
まるで普通のカップルのように二人は歩く。
だが内心は穏やかではなかった。
「昨日はありがとう」
「うん。私こそ」
「今日は天気がいいね。あはははは」
「うん……」
(会話が続かねえ!)
会話のキャッチボールが難しい。
カイは困った。
おかしい、15年も友人をやっているのに会話が続かない。
つきあったらもっと甘酸っぱい展開が待っているのではないか?
キャッハウフフとかの展開が待っているのではないか?
なぜ会話が途切れる。
なぜ気の利いた台詞の一つも出てこないのだ!
バカなの? ねえバカなの!
カイが苦悩していると、茶色い髪でパーカを着た少年がやって来る。
「おーっす」
真琴だ。
学校なので男子の格好をしている。
だが正体を知ってしまうとカイには女子にしか見えない。
そんな真琴はカイには救いの神だった。
「真琴。おはよう!」
「うむ、よきにはからえ」
真琴は偉そうだ。
まるで昨日のことがなかったかのようにいつも通りだった。
昨日の件は三人ともあえて口に出さなかった。
ただテレビの話やネットの話をしていた。
教室に入る頃には異世界のことを忘れていた。
だが教室に入ると、クラスの様子がおかしかった。
「え……」
なぜかみんなカイを見ている。
「うそ……なんで」
(もしかして自分の席に花瓶と遺影が置かれているとかの新手のイジメだろうか?)
カイは自分の席に目を移すが、なにもない。
次に真琴を見る。ニヤニヤしている。なにかがおかしい。
次に雪菜を見る。
手がカイをつかんで……ようやくカイは異変に気づいた。
雪菜と手を繋いでいたのだ。
「あ……」
カイは固まった。
これでは笑いものになる。
雪菜に迷惑をかけてはいけない。
一生懸命言い訳を考えた。
すると真琴は言った。
「ま、そういうことよ。お前らだって、つきあってない方がおかしいって言ってただろ? あーあ、ふられちゃった。ってストーカーよけの偽装なんだけどな!」
あくまでその態度は明るかった。
まるで兄貴分が、今まで付き合えなかった二人を祝福するかのようだった。
たしか真琴は雪菜とつきあっている設定だったはず。それでいいのか?
カイの頭の中は疑問符であふれた。
それなのに真琴は続ける。
「雪菜はカイが好きなのに、安岡のバカが言い寄ってたんだよ。あのおっぱい星人。ボクの方もカイとつきあってるって噂が立ったから、お互いの利益のために偽装したって訳よ」
『おっぱい星人』に怨嗟がこもっている。
「というわけでさ。ボクはみんなの真琴クンにもどるから。みんなもカイと雪菜をからかわないでやってくれよ」
真琴はほほ笑んだ。
イケメン天使の笑みである。
中身は女なのだ。
やはり今のカイにはもう真琴は女にしか見えなかった。
(かわいそうなことをするよな……)
チクリと心が痛んだ。
その後の授業はからわれることもなく平穏に流れていった。
カイも無駄なプレッシャーを受けず授業で失敗することもなかった。
だが昼休みになるとそれは起こった。
「おい鈴木ぃ! てめえ来やがれ!」
真っ赤な顔をした安岡がやって来たのだ。
カイは胸倉をつかまれて体育館裏に連れて行かれる。
屋上よりももっと人目のないところだ。
本気で殴るつもりだろう。
雪菜は席を立つ。
雪菜は半殺しじゃすませないという決意をもっていた。
カイを守るのだ。
だが雪菜を通せんぼするものがいた。真琴だ。
「いいから。俺たちのカイを見に行くぞ」
真琴はそう言うと雪菜を連れていく。
そして遠くからカイを見守った。
その場には安岡と安岡の腰巾着をしている不良が二人。三人がカイを囲んでいた。
安岡はカイを一度突き飛ばすと胸倉をつかんだ。
「やめろ!」
カイはきっぱりと言った。
今までのカイから比べればとてつもない変化だ。
だがそのくらいでは安岡がいじめをやめることはなかった。
「うるせえ! なめやがってこのデブ!」
雪菜に言い寄ったことを暴露された安岡はブチ切れていた。
こんな自分に殴られるために生まれてきたような下等生物に笑いものにされるわけにはいかない。
それでは安岡のメンツが立たない。
半殺しでも許す気はない。二度と目の前に現れないようにする。
そう安岡は決意していた。
安岡は拳を握った。
硬く握った拳をカイの顔面に打ち付ける。
ぺしん。
カイの中で音がした。
カイは混乱した。
今まで殴られた中で一番迫力がない。
だが安岡は大真面目だった。
カイをさらに殴りつける。
カイの鼻に拳が炸裂する。
痛かった。だが耐えられないわけではない。
(魔法か?)
カイは一瞬考えた。
いつもなら体の芯が揺れるほどの拳だ。
なのに今日は迫力がない。
魔法だろうか? 魔法で防御力が上がったのだろうか?
でもなにか違うような気がする。
呪文を唱えたり、不思議なパワーがわいてきてはいない。
だが考える暇は与えられなかった。
次の瞬間、もう一発。
今度は耳に当たった。
まだ耐えられる。
そのとき、カイの中で新しい感情が芽生えた。
それは根源的なもの。名を怒りという。
怒りが生まれるほどカイには余裕があった。
(こんなショボい攻撃に俺は屈していたのか!? こんなのでじいちゃんの仇が討てるのか!?)
今度はヒザ蹴りが腹にめり込んだ。
だが痛くない。吐き気もしない。
腹に力が入ってたせいなのかもしれない。
(ふざけんな!!!)
カイは起き上がった。
拳を握り、安岡の顔めがけて拳を放つ。
ボクサーでもない。
空手家でもない。
だが体重の乗った拳は安岡に当たると安岡の顔が衝撃で揺れた。
「このッ!」
安岡は殴られながらも闘争本能で拳を放つ。
カイはよけない。そんな技術もない。
顔面に拳を受けながら闇雲に拳を振り回す。
安岡は腕で防御をしていた。
だがカイが思いっきり振りかぶった右フックは、ガードを突き崩して安岡の顔面にめり込む。
次の瞬間、カイは吠えた。
「うおおおおおおおおおおぉッ!」
カイは腰を回転させ、すぐさま左を撃ち込んだ。
左も安岡をガードごと揺らす。
「おえ」と安岡は小さく鳴いた。
カイの攻撃は止まない。
再び右フックが安岡を襲う。
安岡はカイの手を止めようと手をさし出した。
だが力も技術も弱く、安岡の技術ではカッティングできるはずもなかった。
腕ごと拳に持って行かれる。
カイの体重の乗った拳は安岡の顔をねじ曲げた。
それがトドメだった。
よだれが飛び、安岡は前のめりに倒れていった。
顔が土の地面にキスをした。
立っていたのはカイだった。
カイの顔からは鼻血が出ていた。
だが不思議と痛みを感じないほどの高揚感があった。
「うそだろ……鈴木が安岡に勝ったぞ」
安岡の腰巾着をしていた不良の一人、田島がぺたんとその場に腰を落とした。
もう一人、新木は目を血走らせて呼吸を荒くしている。
クラスで一番弱いカイに負ければ、自分たちもたたじゃすまない。
一瞬でクラス内カーストの最底辺に組み込まれる。
恨みも買っているからサンドバッグにされるに決まっている。
この認識はある程度は正しかった。
だから新木はポケットに手を入れた。
そしてポケットから飛び出し式のナイフを出した。
ボタンを押してナイフを振ると刃が出てくる。
「ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶっ殺してやる!」
これで泣きながら謝るだろう。
新木はそう考えていた。
だがカイは新木の間合いに侵入してきた。
「さ、さ、さ、さ、刺すぞこの野郎!」
カイにはそんなことは関係なかった。
自動車の中で銃撃されるよりは怖くなかった。
カイは拳を握る。
高校生活、社会的信用、世間の目。
そんなものはどうでもいい。
カイには失うものはなかった。
だが新木には失うものがあった。
警察に捕まるのは嫌だったし、学校は卒業したかった。
だから一瞬の迷いがあった。
次の瞬間、新木の顔面に拳がめり込んでいた。
ぐらっとした新木のナイフを持った腕をカイはつかむ。
そしてもう片方の手で何度も殴った。
その間、カイは何も言わなかった。
ただひたすら殴った。
「そりゃ安岡じゃカイに勝てるはずがないよね」
一部始終を見ていた雪菜が真琴に言った。
真琴は雪菜に軽口を叩く。
「『鈴木商事のアルバイトで金や武器の積み降ろしやってたカイの腕力をなめるなよ』ってメスゴリラちゃんは教えてやりゃよかったのに。毎日遊んでる不良が勝てるわけないじゃん」
「『自分で殻を破らないとダメだ』って言ったの真琴でしょ! だいたいね、そんな遠回しなのじゃなくて素直に近接格闘教えればよかったじゃない!」
「もともとの素質がよすぎるから生兵法でも相手を殺しちまう。って……あーあ、次の犠牲者が来やがったぞ」
何者かがカイのところに走ってくる。
そしてカイの手をつかんだ。