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忠誠心ZEROフリー

 結局、いつまで経っても話し合いは終わらなかった。


「どうするよ、この状態?」


「文句言ってこようか? まったく、国家元首を待たせるなんて」


 雪菜は本気で怒っているようだった。

 真琴は反論する。


「違うよ雪菜、わざとだよ。カイを待たせて様子を見てるんだ。激高すれば『頭の弱いやつだ。操りやすそうだ』ってなるし、貴族の顔色をうかがってるようだったら『気の弱いやつだ操りやすそうだ』ってなる」


『操りやすそう』という感想以外はないらしい。

 残念ながらカイには傷つけられるだけの自尊心は残っていない。

 だからカイは二人を見た。


「俺は第三の選択肢を取ろうと思う。二人ともちょっと我慢してくれ」


 そう言うとカイは雪菜と真琴を抱き寄せる。


「ちょ、ちょっとカイ。シャワーを浴びてないから」


「初体験がトリプルプレイ。しかも人が通る廊下」


 ポンコツ護衛の二人が寝言を言う。

 カイは二人をスルーして廊下の隅に向かって声を出した。


「どうした? 貴様も混ざるか?」


 小さな足音が聞こえた。

 体重が軽い。女官だろう。

 カイは雪菜と真琴を解放する。


「はい終わり。これで『女さえいれば操作は容易い』っていう噂が立つだろうね」


 雪菜はふくれ、真琴はフードを被る。

 二人とも見破れなかったことにプライドを傷つけられたようだ。


「ねえ、カイ。ボクたちでもわからなかったのに、なんで女官がいるってわかったの? あの女官、絶対に気配を消す魔法を使っていたよ。それも特殊部隊が使ってるような強力なやつ」


「わからないよ。誰かいるという勘……というより確信。俺だったらその場じゃなくて、あとで反応を見るけど、その場の反応を見たいやつは必ずいるからね。追い込む様をニヤニヤしながら見たいってね。ホント、いじめと一緒だわー」


 雪菜はカイに抱きつく。


「ごめんね……守れなくて」


「いいって。今になって経験が役に立ってるから」


 カイは雪菜の背中をぽんぽんと叩いた。

 そのままカイたちは雑談をしながら待った。

 小一時間が経過すると、カイたちは部屋に案内される。

 部屋に通されると浩がやって来た。

 カイは人払いをする。

 雪菜と真琴が部屋から出ると、カイは浩の胸倉をつかんで壁に叩きつけた。

 浩はなされるがまま、抵抗はしなかった。


「じいちゃんが殺されたことを知ってましたね?」


 口調は丁寧だったが、その声には今までのカイとは違う妙な迫力があった。

 カイはどうしようもないほど怒っていた。

 ただ幼なじみの前では激怒する姿を見せなかっただけだ。


「ええ、存じておりました」


「なぜわかっているのに日本の警察が動かないんですか!?」


「こちらの世界の事情だからですよ。日本からしても我々はそのくらいの便宜を図る価値のある相手ですから。それに犯人はこちらの世界の住民ですよ。こちらで捕らえた方が好きに処分できます。日本の刑法だと最悪の場合、執行猶予がついちゃいますよ」


「なるほどね……それで具体的な目星はついてるんですか?」


「いいえ、先代様は白虎の契約者です。カイ様のように四神そのものを召喚することはできませんが、白虎の力を借りることはできます。並の術者では返り討ちになるはずかと」


 実はカイにはよくわからなかった。

 サラマンダーでの攻撃なら襲撃されたときに雪菜が目の前でやった。

 あれと同じだろうか?


「雪菜のサラマンダーみたいに?」


「ええ、あれは力を借りたものです。雪菜ではサラマンダーの本体は召喚できません」


(力を借りてあの威力か。じゃあ玄武はどれくらいの威力なんだろう?)


 カイは試す気にはなれなかった。

 不良を倒すなら拳銃の一つもあればいい。ナイフでも充分だろう。

 だが警察だの裁判だのと事後がめんどうだし、なにより後味が悪い。

 カイは力に溺れるような性格ではないのだ。


「本体を呼び出すには強い魔力と特殊な条件が必要です。玄武の場合は正体を見破る事だったのでしょう」


「留学生の中に強力な魔道士は?」


「留学生は全員がエリートです。そう言う意味では全員が強力な魔道士です。ここに来る前に襲撃してきたのも留学生でしょう。犯人を絞ることはできません……」


 留学生を自分たちの仲間だけにすることは不可能なのだろう。

 人の内面だけは自由にはできないものだ。

 カイにはそれがよくわかった。

 たとえ、いじめで尊厳を踏みにじられても心までは自由にできない。

 カイは浩を解放した。

 カイは浩を敵だとまでは思わないが、なにかを隠していると思って恫喝したのだ。

 だが浩がなにを隠していようとも、今のカイに言うことはないだろう。

 敵ではない。それだけでいいのかもしれない。

 カイは話を変えた。


「日本の警察は? 殺人犯を捕まえる気はなくても、住民に危険がないかくらいは調べたでしょ?」


「ええ、猛獣や召喚獣が野放しになってないのは確認しました。ですが、警察はある程度まではもみ消してはくれますが事件そのものには介入しません。指紋やDNAを提供してくれましたが、証拠になるものはありませんでした」


 つまりなにもわからない。

 暗殺犯を裁くのはカイにしかできないのだ。

 カイは浩に背を向けた。

 今は浩の顔を見たくなかった。

 巻き込まれて元首になったことはどうでもよかった。

 犯人を捕まえるためならば喜んで手を貸していただろう。

 だが祖父が殺されたことを黙っていたのだけはどうしても許せなかった。


「おじさんは、この国を支配するつもりですか?」


 雪菜を使えば浩がカイを操ることは簡単だ。

 カイは特別優秀と言うこともない、ただの高校生なのだから。


「それはございません。……カイ様に言うのもなんですが。私は小さい頃からカイ様との交際には反対です。正直言うと、娘には有名大学出身のコネで役所に勤務してる男性と結婚してもらって、30代には車と家を買って、あとは専業主婦として楽してもらいたいと思ってたんです。なにが悲しくて、幼なじみってだけが売りの勉強もスポーツも苦手で、しかも意志が弱そうで将来性が真っ暗な独裁者なんかとつきあっちゃうんだよと。パパ悲しいよと。俺にも理想ってのがあったんだよ。こんちくしょう!」


 カイはガクッとよろけた。

 なんという安定志向。

 浩の中ではカイは予選落ち選手なのだ。

 今日あった出来事で一番ダメージが大きかった。

 たしかに、雪菜は学校でも人気者だ。

 狙っているやつも多い。

 真琴とつきあってるふりをしなければ、もっと男たちが群がっていただろう。

 カイなんかとなぜつきあってくれたのかが、全く以てわからないレベルである。


「こ、交際のお許しは?」


 カイがおずおずと聞いた。

 雪菜がいいと言ってるのだから、許しを得る必要はない。

 それなのに完全に攻守は逆転していた。


「本人がいいと言ってるんだから、反対できるはずがありませんでしょうが。反対なんかした日にゃ、娘に口を聞いてもらえなくなります。でも泣かせたら殺しますので。世界を渡ってでも殺しに行きますので。わかってるなテメエコラ!」


 カイは黙った。

 なにも言葉が出ない。

 完全にKO負けである。


「ごほん。それで、次の予定は?」


「今日は宮殿に宿泊して明日一番で城から堂々と帰りましょう。本当はカイ様のお披露目をかねた夜会があったのですが、玄武の件で中止になりました。大佐の就任式は次回の訪問以降になります」


(貴族たちは元首を放って永遠に会議をするつもりだろうか?)


 予想通り地球では考えられないほど忠誠心が薄いようだ。

 さすが四神の儀の後に間髪入れず値踏みをしただけある。


「そんな顔をなさらないでください。彼らも事情があるんですよ。カイ様の側にどうやって入り込もうとか、カイ様にどの娘をあてがおうとか。気に入らなければ基盤を固めたあとで粛清すればよろしいでしょう」


 最悪である。

 粛清という単語がポンポン飛び出してくる。

 カイはまだ自分の責任において人が死ぬのになれていないのだ。

 さらに言えば人生ではじめて彼女ができた数時間後に、『あてがおう』なんて言われても困るのだ。

 というか浩に殺される。

 そもそも殺そうとしている張本人の浩が言っていやがるのだ。


「というわけなんで、あとは雪菜と真琴に聞いてください。おーい、二人とも入っていいぞ」


 強制的に話は終わりになった。

 表には出さなかったがカイのストレスは高まっていた。

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