告白
宮殿への道には人々が集まっていた。
進むたびに無表情の人が少なくなっていく。
最初の頃は人数合わせに呼ばれたのだろう。
こんなにも人が多かったのか、そう思うほどの人だかりができていた。
なぜか彼らはカイに声援を送ってくる。
カイにはパレードをしてもらうようなことをしたおぼえはない。
なにせ雪菜に声をかけたところまではいいが、そのあと馬車の上でカイは固まっていたのだ。
(告白もできないやつに声援だって? ありえない。自分の中身は変わってないのに……なにを調子に乗ったんだ。俺のバカ!)
冷や汗が流れた。
真琴はニヤニヤしながら見守っている。
「あの……雪菜……」
意を決してカイは言った。
雪菜はキョトンとした。
「どうしたの? もっと手を振らなきゃ」
「あはは……そうだね……」
カイは手を振る。
胸がどくんとはねた。
顔が真っ赤になる。
どうすればいい?
カイは一歩を踏み出せずにいた。
「どうしたの? おなか痛いの? お薬もらう?」
雪菜は心配そうにカイの顔をのぞき込んだ。
らちがあかないと思ったのか真琴が言った。
「カイ、見ろよ。あそこにきれいな女の子たちが見えるだろ」
真琴はなせか不機嫌そうな声色で言った。
真琴の言ったとおり、きれいな女性たちが見えた。
年は中学生くらいから成人女性までいた。
かなり気合の入ったファッションをしているのがわかる。
カイは何事かと話に合わせる。
「あ、ああ。なんだかずいぶんいるね? 歌手の人かな?」
「まあそうだね。軍所属の歌手や女優だ。要するにだ、あいつらはお前の嫁候補な」
「はい?」
カイは頭を殴られた気がした。
真琴はなにをおかしなことを言っているんだろう。
よく知りもしないのに嫁なんて。
まったく事態を飲み込むことができなかった。
雪菜を見た。雪菜は不機嫌そうな顔に戻っている。
「だから言っただろ。最後のチャンスだって。そうだなこの車が宮殿に到着するまで。あと五分って所かな?」
真琴も実に不機嫌だと言わんばかりの態度だった。
なにせ言うだけ言ってフードを目深に被ってそっぽを向いてしまったのだ。
だがそれはカイの背中を押すには充分だった。
心臓がバクバクと音を立てる。
だがカイは勇気を振り絞って一歩を踏み出した。
「せ、雪菜……俺は雪菜が好きだ! ずっと、ずっと、前から雪菜が好きだ! つきあってくれ!」
パレードの音でカイの告白は外には聞こえなかった。
もしかするとフードを被った真琴が何かをしたのかもしれない。
雪菜は目を見開いていた。
一瞬の間を置いてその大きな目から雫が溺れ落ちた。
「うれしい……」
雪菜はカイの手をぎゅっと握った。
「うん……私もカイのことがずっと好きだった。でも私は任務があったし、カイはいじめられててそれどころじゃなかったし……カイのいじめに介入しちゃダメだってお父さんは言うし。……今までごめんね」
「い、いいよ。自分で解決しなきゃダメなんだし……」
つきあうことになったのか。明確な答えを雪菜が返すことはできなかった。
だが二人とも答えはわかっていた。
二人は真琴の方を向いた。
「真琴……ありがとう」
「気にすんな。カイ、根性見せたな。あとはボクたちにまかせろ。カイが誰を選ぶか、それが問題だったんだ」
真琴はフードを被ったまま言った。
「カイ、ここでがお前がへたれたら、プランBでボクがお前を無理矢理襲う予定だったからな」
「こ、この貧乳……今なんつった……」
雪菜が鬼のような表情になった。
カイはここ数時間でいつも天使のような雪菜に別の顔があることがわかった。
だから告白できたのかもしれない。
それまで雪菜や真琴はカイよりもはるかに高いところにいると思っていた。
一生手が届かないと思っていた。
でも雪菜だってカイと同じ人間なのだ。
そこまで考えるとカイはある可能性に辿り着いた。
もしかすると……真琴は……
カイが疑念を抱く中、真琴はつかみかからんとする雪菜に言った。
「これは隊長と真面目に考えた腹案だ。ボクたち近衛はカイをこの世界からも守らなきゃならん。だろ?」
雪菜は手を引っこめた。
「そ、そうだけど、こんなやり方って」
「カイも雪菜も覚悟しとけ。これは序の口だ。雪菜……お前はなにがあってもカイを守れ。いいな」
真琴がそう言うと馬車が止まった。
目の前には豪華な建物が見えた。
真琴はニヤッと笑うと言った。
「ボクは引き継ぎがあるから先に降りるよ。二人は女官さんが来たら降りるんだ。それまでイチャイチャしててね~」
そう言って真琴は馬車を降りて一足先に建物へ入った。
建物に入ると真琴は早足で廊下を進んだ。下を向いたまま。
そして人がいない廊下に来るとその場にへたり込む。
「思ってたよりキツいわ……」
意思に反して真琴の目からは涙があふれてくる。
最初にカイを好きになったのは真琴だ。
ずるい。雪菜はずるい。
だけどこの結果はあらかじめわかっていた。
兄弟みたいに育った自分が急に女ですと現れても雪菜に勝てるはずがない。
そんなことはわかっていたのだ。
だが心は壊れそうだった。
カツン、カツンとブーツの音がした。
その音の主は真琴の前で止まる。
「すまん、いままでずっと損な役を引き受けさせたな。雪菜の親としても謝罪する」
声の主は浩だった。
浩は真琴に頭を下げた。
すると真琴は浩に言った。
「まだまだ頭を下げるのは早いッスよ……これからでしょ?」
真琴はグスグスと泣きながら言った。
そこにはたしかに強い意志が垣間見えた。
「ああ……これからだ。真琴……雪菜の親である俺が言うのもなんだけどな……」
「わかってますよ。まだチャンスはあるんでしょ?」
「なにせこの世界は一夫多妻制だしな。だから泣くな。お前がいなければ計画が進まん。雪菜じゃ顔に出てしまうからな」
真琴は袖で涙を拭う。
「わかってますよ。雪菜は母親のようにカイを慰める役。ボクは谷に落ちたカイを引っ張り上げる役でしょ? 隊長」
涙目のまま真琴はにいっと笑った。
真琴は浩にとっても娘のようなものだ。
その笑顔に浩の心は痛んだが、それを押し殺して冷酷に言い放った。
「そうだ。我々はカイ様を支配者として成長させねばならん。お前にしかできない仕事だ」
「了解」
真琴はフードを被る。
目が腫れてるところは見せたくない。雪菜にもカイにも。
そのとき、カイは自分の知らぬところでこんな相談がされていようとは思っていなかった。
ただ初恋が成就したことを無邪気に喜んでいた。
雪菜と真琴との会話でいじめに関する重要なヒントが出ていたにもかかわらず、まったく気づいていなかったのだ。
雪菜もまた同じだった。ただ雪菜は真琴の心を考えると心がチクンと痛んだ。
雪菜にひどいことをしている。ずっと昔から。
それが雪菜の心にも影を落としていた。
まだ二人とも、この後に待ち受けているものを知らなかった。




