0008 絶壁ツインテールは揉んで欲しい
「……は?」
つい、間抜けな声を漏らしてしまった。今、こいつなんて言った? 握られた手を一瞥して、再び真剣な顔をするアルミロへと顔を向ける。
イタリア人風の顔立ち。ダークブロンドの髪がよく似合っており、恐らく女性にモテるのではないだろうか。そんな男が、まさか、俺のことを……?
「もう一度、言おうか? きみに惚れてしまった——」
「いや、言わなくていいから! 聞きたくないから!!」
ホモかよ! 思わずばっと手を離すと、彼は不思議そうに首を傾げる。なにを不思議に思ってるのか知らないが、俺はむしろ合点がいった。
「お前……女が嫌いなのか」
「? 当たり前だろう?」
さも当然とばかりに言い切りやがった。なるほど、それ故の手が汚れる発言か。いくら頭と胸が足りてないとは言え、一応は女である楓を置いていったのも納得出来る。
「僕が唯一触れられるのはあの方だけだよ。それでなにか問題があるのか?」
「いや、別に人の趣味をどうこう言うつもりはねぇけど……」
こんなやつばっかりか!? 一体どんな基準で選んだらここまで問題児を揃えられる! あまり差別的なことを言うのはよくないが……普通のやつはいないのか?
せめてホモだけならまだ……まだ、許容出来るが、女性嫌いまでくっついてるとか! しかも、よく見てみれば、こいつを見る兵の視線が少しおかしい。
「お前、まさか……」
「……ああ、この子たちは僕のパートナーさ」
「うわぁ」
「ぶふっ」
堪えきれずに楓が吹き出す。
嘘だろこれ、何人いると思ってやがる。ざっと見渡すだけでも三百じゃ済まない数だぞ。これ全部落としたってのか?
「……あいつに、なにを借りた?」
きっとそれだけで伝わるはずだといろいろと省略した言葉を投げつける。俺の予想通りならば、こいつの借りたものは——エマがこいつに与えた能力は。
そんな俺の予想通り、アルミロは歪に口を歪めて、小さな声で答える。
「——人心操作だよ」
「……クズかよ」
俺たちに今必要なものを持っているということが、最高にたちが悪い。
「クズとは聞き捨てならないな。知らない場所に放り出されるんだ。むしろ、これこそが最適解だろ? 動物と話せるなんて、ドキュメンタリー番組くらいにしか役に立たないものを選ぶよりよほどマシだと思うけどな」
「ああ、確かに。一番生きるのに苦労しなさそうだ。誰でもお前のイエスマンに成り果てるのなら、そこにはお前の楽園が完成するだろうからな」
反吐がでる。そんなものになんの価値がある。それは俺が一番嫌いな関係だ。どちらかが一方的に力を持ち、作り上げた偽物の関係。最初から最後まで嘘しかない。
「……お前とは分かり合えない気がするよ。でも、現状には都合がいい」
「そういえば、どうして来たのかを聞いてなかったな」
話してみろ、と視線を向けてくるアルミロに俺は説明を始める。
「あいつが攫われた」
「あいつ……? あの方は出られないんじゃなかったのか?」
「用意してあった木偶人形に魂の欠片を憑依させている、とかなんとか言ってたが……簡単に言えば分身だな」
「それが失われるとなにか危険が?」
「ない。本体にも特に影響はないだろう……」
あくまで予測だが。憑依させることが出来るなら離れることも出来るだろう。危険があるのなら、さすがに探さなくてもいいなんて言わないだろうし、わざわざ危険があると分かっていることをするようなタイプじゃない。
危険があったら守る必要が出てくる。そうなれば戦闘能力のない分身はお荷物だ。誰かの荷物になるくらいなら、我慢する。欲求を殺す。それが、俺の知るエマ・リヒテンシュタインという名の寂しい女の思考回路だ。
「それは探す必要があるのか?」
「ないと言えばない。絶対に探さなきゃいけないわけじゃない。あいつにも探さなくていいと言われた。だが、それでも、俺は探したい」
探したい。見つけ出して、一緒に世界を回るんだ。
しかしそれには足りないものがある。影響力、人脈。俺の一存で動いてくれる大勢の人間が必要だ。強い権力が必要だ。そして、それを持っているやつが目の前にいる。
「頼む。手伝ってくれ」
俺が頭を下げると、楓が驚いたように声を上げた。俺だって、自分の頼みを聞いてもらうために頭を下げるくらいのことは出来るっつーの。
「僕にメリットがない」
だろうな。と思った。顔を上げて改めて周囲を確認する。俺がこいつを抑えて、楓が赤龍で兵を人質にとればいけるだろうか。これから付き合っていかざるを得ないやつを脅すのは気がひけるが……。
と、そんな物騒なことをおれが考えていると、アルミロは言葉を続けた。
「が、まあ、君の頼みだ。力を貸そう」
「え……」
予想外の承諾に、喜びよりも驚愕が勝る。いくら男が好きだからって、そんな安請け合いするかよ、普通。なにか企んでるのか?
知らず知らずのうちに疑いの視線で見てしまっていたらしい。アルミロは困ったように笑って、
「そんな警戒しないでくれ。……好きな人の頼みを断るのは僕も望むところじゃない」
「……それマジなの?」
「当たり前だろう」
ともあれ、あまり嬉しくないことを要因に、アルミロが力を貸してくれることになった。本当に嬉しくない。
「言っておくが俺は同性愛者じゃねぇからな?」
「分かっている。好きな人の好きな人が自分じゃないなんて、特別珍しいことでもないだろ。いつか振り向かせてみせるよ」
そんないい笑顔で言わないで! 鳥肌立つから! 勘弁して!
「お前と付き合うくらいなら、楓の胸を揉むのも余裕に感じるからすげぇな……」
「いつでもいいわよ!」
「よくないから!」
キラキラとした瞳でこっちを見るな! 恥じらいを持て! 本当こんなんばっかか! エマさんにお許しを頂けないかなぁとか考えちゃうくらいに手に感触が残ってるのが凄い嫌なんだけど。早く消え……やっぱ消えないで。もうこんなんばっかだよ……俺含めて。
「一つ貸しだ」
そう言ったアルミロの笑顔に嫌な未来が視えたのは、出来れば気のせいであって欲しい。
× × × ×
結論から言って、エマはあっさりと見つかった。
アルミロの発言力のでかさは尋常ではないようで、都内の奴隷商すべてに兵が向かい、特徴と一致する奴隷を連れて来たのだ。そして現在、俺の右手は不満気に口を尖らせているエマの左手を握っている。
「それで、これからどうする?」
アルミロは自室に入るなり、恐らくは声漏れ防止の結界を張って訪ねてくる。
「……皇帝は君たちを欲しがっているようだが、残るか? 待遇は悪くないと思うけど」
「嫌だね。こいつが自由に街を歩けないようなところに、好んで住みたいと思うわけねぇだろ」
奴隷商にいきなり攫われたのもクソ腹立つのに、こんな名前を呼ぶことも出来ない場所に留まる理由は一つもない。なんならもう二度と来たくないくらいだ。
「……他のメンバーを探すのか?」
「いや……正直面倒なんだよなぁ、それも」
どこにいるか分からないやつを探すほど面倒なこともない。人間の住む領域は狭いと言っても、簡単に探し切れるほど狭くはないのだ。
「だから、探して貰えばいいんじゃねぇかと思ってな」
「……なるほど。策はあるのか?」
「名声を上げるのはエマから借りた力があれば難しくないよな。お前も結構有名なんだろ?」
「国内では、な」
「となると、その程度じゃ足りないってことか……」
名前を広め、仲間を誘き出す。これ自体は悪い案じゃないと思うが、国を越える知名度というのはそうそう簡単に付けられるものじゃない。これからアルミロがその名を広める可能性はあるが、時間は掛かるだろう。
「奴隷商ってのは、どのくらいいるんだ?」
今回、都内に店を構えていた奴隷商は結構な数だった。エマが攫われたことを考えると、無理矢理奴隷にすることも出来るようだし、それは国が認める商売として成り立っているのだろう。
まあ、犠牲になるのはほとんど平民だろうが。……気に入らない。
「数えるのも億劫になるくらいには、いるだろうな」
「なら、奴隷の数もそれに比例して相当数いるってことか……」
その数は使える。だが、そうなると必要なものがあるな。
「エマ。創造を形にする力を持った人間、とかいるか?」
「? そういう力を与えた子なら一人いるけど」
「容姿は?」
「……容姿っていうか、そこにいるよ」
「は?」
エマが指差した方向を向くも、そこには誰もいない。まさか、そういう道具を創造したのか?
そんな俺の予想を正解だと言うように、ばっとなにか布でも取ったような音とともに、いきなり少女が現れる。
「——さっすがエマ様。バレちゃってましたか」
くくっと笑ったその少女の髪は照明を反射してキラキラと光る。銀髪、天然ものだろうか。青みがかったプラチナブロンド。髪色について深く知っているわけではないが、そんなとこだろうと思う。
「……いつから」
「かなたさん、でしたっけ?」
「ああ」
「そこのツインテールお姉さんのおっぱいを揉んでたときにはいましたよ」
「へぇ……ねえ、なんで今それ言ったの?」
突然の暴露。エマの握る力が強くなっている気がするんですが、痛くないけど痛い! 心が痛い!
「いや、これは不可抗力で……」
「ふぅん、その割には長いこと揉んでましたけどねぇ?」
「ほう……詳しく聞かせてもらおうか」
「勘弁してくださいっ!」
仕方ないじゃん! どうしようもないじゃん! ていうか、今蒸し返すことじゃないじゃん! なんでこんな俺が責められてんだよ、意味分からん。おっぱい揉んだだけなんですけど! じゃあ仕方ないね!
「はぁ……」
呆れたように息を吐いたエマは握る力を弱めて、少し寂しげにつぶやく。
「まあ、別にいいけれど……。この身体のままじゃ、かなたと、その、そういうことはしてあげられないわけだし……。そもそも、わたしは一緒にいてくれたらそれでいいし」
拗ねたような態度にかわいいなぁとか思っちゃうわけなんだが、そればかりで慰めの言葉が浮かんで来ない。だって揉んだの事実だしね。言い訳の余地なさすぎ。
「……ていうか、それ、悪いのはあたしだけよ。あたしが、かなたの手を取って、胸を触らせたんだもの」
ここにきて楓がフォローしてくれる。が、どうもあまり効果は出ていないようだ。
「あたし、胸を大きくしたいの。だから、……かなたに揉んで欲しいの!」
「ねぇ、もう恥ずかしいからこの話題終わりでよくない? ここまでの流れでダメージ受けてるの俺だけだからね?」
どうしてこうなったの? 揉んで欲しいの、じゃねーよ! 光栄です。
「別に揉めばいいじゃないか。わたしにどうこういう権利はないし」
うわぁ、なんだこいつめんどくせぇ。いつにも増してめんどくさい。けど、やきもち妬いてるっぽくてやっぱりかわいい。なんでそんなにかわいいの……楓のおっぱいの魅力も薄れちゃうよ。
「却下。俺が揉みたいのはエマのおっぱいなんで!」
「なっ……!」
「あ、本体の方な! この話ここで終わりな!」
「ちょっ、えっ、うわわ……ど、どうしてそう」
恥ずかしさからか下を向いてしまったエマは力の限り手を握ってくるが、やっぱり痛くない。とりあえず流れぶった切れて満足。ていうか、話戻さねぇと。
「で、だ。えっと、お前、名前は?」
「アリスです。アリス・ジャネット」
答えた彼女の身長は低い。歳は恐らく小学校高学年か中学一年あたりだろう。ふふんっと腰に手を当てて仁王立ちしているが、見事なまでに絶壁だった。まあ、きみにはまだ未来があるからね、どっかのツインテールと違って。
「アリスな、了解。お前、想像を形に出来るらしいけど、どのくらい自由度があるんだ? 家とか、建てれる?」
「よゆーですっ。アリスに作れないものなんてないと思って頂いて結構ですよ!」
「なるほど……おーけー、なら条件は満たした」
圧倒的な戦力は元々あるし、いつでも人員補充が出来る施設がこの世界には溢れている、あとは住居が必要だった。正確に言うなら、拠点。
「なにをする気だ?」
なんとなく予想がついたのか、愉快そうに笑うアルミロに問われ、俺も笑いを返す。それはもう、底意地の悪そうな顔になっていただろう。
「——国を作る。お前らの力を貸してくれ」




