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0006 使徒は主に従わない


 雄大な翼を広げ、赤竜が空へと羽ばたく。この世界の物理法則がどうなっているのかは知らないが、まさかこの巨躯を本当に翼だけで浮かせているわけではないだろう。魔力も感じられる。


「お前、結局なんであんなとこに住んでたんだっけ?」


 エマを抱えながら前に座る楓に問う。どうやら風の影響は受けないらしく、尻がゴツゴツしているのを見逃せば赤竜の背中は概ね快適だった。


「あれ、言ってなかった?」

「いや、言ってたような気がすんだけど……いまいち記憶が曖昧なんだよ」


 酔いは醒めているが、こいつの家に着いてからの記憶がほとんどない。下を見下ろせば、遠方に遠ざかった都市が見える。俺の住んでいた場所とは違うが、その都市のスラム街とでも呼ぶべき場所に楓は住んでいた。


「お金がないからよ……ぎ、ギルドって身分を証明するものがないと登録出来ないらしいの! 『そんなの持ってるわけないじゃない! あなたバカ?』って言ったら出禁になったわ!」

「へぇ……」


 でしょうね。バカなのは間違いなくあなたですよ。俺でも出禁にするわ、こんなの。


 しかし、俺が登録したときはそんなこと言われなかったが……いや、証明するまでもなかったのだろう。そこそこ名は知れてたし。まあ、貴族街に家を買って数日後、税を徴収しに来た役人に賄賂を渡して身分証明書を作ったので、求められても困ることはなかっただろうが。


「案外ちゃんとしてんだなぁ。身分証明書なんて存在はしているものの持ってるやつの方が少ないと思ってたわ」

「いや……お金を渡せばすんなり解決したと思うよ。当たった相手が悪かっただけだろうね」

「ああ……なるほど」


 真っ黒だな、おい。……人間社会なんてどこも似たようなもんか。楓が暴言を吐いたのも間違いではなかったかもしれない。


「ちょっと脅してやればよかったのに。そこら辺の人間に捕まるほど、きみたちに付与した力は弱くないよ。それか、ギルドの前までこの赤竜に乗ったまま行けばよかったんだ」


 とんでもねぇな、こいつ。とても腕の中で恥ずかしそうに服の裾を握っている少女の考えたこととは思えない。


「嫌よ! エマ様、あたしはあなたにもらった力をそんなことに使いたくないのっ!」

「その、エマ様っていうの……どうしても直してはくれないのかな?」


 むず痒い気持ちになるのか、直して欲しい気持ちをもろに出している。気持ちは分からんでもない。特別なにかいいことをしたつもりはないのに変に敬われるとなんというか、寒気がするのだ。


「無理ねっ! あたし敬語はうまく使えないの! だから、あたしが示せる精一杯の敬意がそれなのよ! ……命の恩人じゃ済まないようなことをされたのに、なにも態度で示せないなんて——悔しくて死にたくなるわ」


 珍しく語尾に勢いがない。それでも語調は強いあたり、こいつの性格が窺える。これ、本気で言ってんだろうなこいつ。


「エマ様のためならなんだってする。死ぬことでしかあなたになにかを返せないのなら、死ぬわ。本当に。躊躇なく、心臓を抉り取って、あなたに返してあげる」

「……勘弁してくれよ、こんなんばっかりなのか? わたしの選んだ人間は」


 ぶつぶつ文句を垂れているが、反面顔は喜びを隠しきれていない。心を読むのが得意な彼女は、心を読まれるのも得意らしい。


「どいつもこいつも……どうして自分を一番にしない」

「お前が言うかよ」


 エマがなんのために長いこと生き続けているのか、俺には到底理解が及ばない。でも、それでも、自分のためにやっているのではないだろうことは分かる。誰かのために一人ぼっちで戦い続けてたやつにそんなことを言う資格はないだろう。


「わたしは! 生き返らせてあげる代わりに! 魔神復活阻止の手伝いをしてくれ、と頼んだんだ! 魔神復活を阻止することだけがその対価なんだよ! 分かる!? 別にわたしはきみの二度目の人生全てを寄越せなんて言ってない!」


 ふんっと鼻を鳴らす。喜びより不満が勝ってしまったか。


「ふぅん。だって、かなた」

「へぇ。いや、お前のことでしょう? この流れ」

「え?」

「え?」


 まるで他人事のような態度の俺たちに、エマはむうっと頬を膨らませて、喚き出す。


「二人のことを言ってるんだよ! ちゃんと聞け!」

「いやだって、なあ?」

「ねぇ?」

「別に頼まれたことだけやるなんて一言も言ってないし俺」

「別に言われたからあげるわけじゃないもの、わたし」


 俺たちの言葉にぐぬ……と唸る。振り向いた楓と顔を見合わせて笑ってしまった。


「話が分かるな、お前!」

「そうでしょう! かなたも中々見どころがあるわ!」


 しばらく笑い合っていると、エマは諦めたように嘆息する。俺はともかく、この単細胞バカを説得とか無謀な挑戦なんだよなぁ。


「もういいよ……そろそろ着く頃じゃない?」


 言われて下を見れば、白亜の城が視界に映った。ロッソ帝国。俺が拠点としていたブラウ連邦共和国の真下にあり、共和国と長いこと睨み合っている国でもある。


 というか、人間の国は総じて仲が悪い。魔王や魔神といった脅威に晒され手を組んだりしたらしいが、脅威が去ればすぐに解散してしまうらしい。


「どんな世界でも、戦争はなくならないのかね」

「弱い生き物は群れ、群れることで自らが強いと勘違いをする。人間なんて最弱の種族、いくら群れたところでたかが知れてるのにね」

「他種族が攻めてくることはないのか?」

「人間の住む地域なんて世界のほんの一部でしかない。わざわざ身内で争うバカに干渉する必要はないだろ。自らの領域が荒らされれば彼らは本当の強さでもって人間を駆逐するだろうが」


 なるほど……。この広い大陸の端にしか人間の国がない時点で、人間という種族は他種族に生かされているのだろうな、とは思う。


「帝国最大の都——帝都ロマね。そんな話を聞いちまうと、最大というのも程度が知れるな」

「……そこは結構期待してくれていいよ。人の造った都市の中では一番だという自信がある」


 なぜお前が自信を持つんだ。と疑問に思ったのもつかの間、エマは答えを口にした。


「——なにせ、わたしが造った都市だからね」


        × × × ×


 ほぅ、と感心するような息が漏れた。楓も俺と同じ気持ちなのか、ツインテールを揺らしてきょろきょろと周囲を見回している。気持ちはわからないでもない。


 都市を囲う高い外壁も相当なものだったが、中も人が一人で造り上げられるレベルを超えている。


「お前、まじでこれ……一人で?」

「うん」

「さすがエ——」


 がっとバカの口を塞ぐ。数分前に言ったことを忘れたのか? 鶏でももうちょっと覚えてるだろ。


「名前は口にするなと言っただろ」


 こくこくと頷いたのを確認して手を離す。


「……気に入らないわ。エ……あなたが造った街なのに、どうして」

「どこも変わらないさ。それは悪なんだ。それだけが悪だったんだ。悪はいつだって肩身が狭いものだよ。この都市は特にそれが強い」

「……気に入らねえのは俺も同じだ。我慢しろ」


 納得出来ないのか、ふんっとそっぽを向いてしまう。それでも歩き出せば黙って着いて来るので、頭では理解しているのだろう。意地を張って名を呼ぶ方がエマの悲しみに繋がるだろう、と。


「で? どこにいんの? その、アドリアーノ? ってやつ」

「詳しくは知らないわ。ギルドで訊けば分かるようにはしとく、みたいなこと言ってたけど……」

「つか、なんでわざわざ別行動取ったんだよ」

「それとなく、邪魔だからついて来るなって言われたの」

「なんかすまん……」


 楓ちゃんは基本的にはアホの子だからなぁ。難しいことをするのならあまり連れて行きたくはない人材ではある。


 でも、別にそこまで頭が悪いかと言われるとそうでもない。いろいろすっぽ抜けてるが、教えれば覚えるし、根は真面目でいい子なのだ。


「別にいいわ、なんの役にも立たないのはいつものこと。あたしがバカなのが悪いのよ。バカは大人しく言われたことだけをやるべきなの。そう思わない?」

「……そこまで卑下しなくてもいいんじゃねぇの」


 あまり聞いてて気分のいい台詞じゃない。確かに頭は足りていないかもしれないが、なにも自分のことをバカだバカだと罵ることはないだろう。


「卑下なんてしてないわよ。事実を述べてるの。考える頭がない。能力がない。だから命令が欲しい。指示が欲しい。やるべきことを教えて欲しい。自分で自分なりに恩に報いれないのは悔しいけど、出来ないのは仕方ないわ、そんなことに拘っていられない」


 なんというか、ちぐはぐな感じだ。ただのバカかと思えば単語は知っているし、ある程度の思考は持ち合わせている。なにをどうすればこんな人間になるのか。あまり、人のことを言えた義理ではないが。


「ふんっ、ていうか、あたしのことなんてどうでもいいのよ! その、ずるくない? あなた」

「……は?」


 なにを言いだすんだこいつは……。じとっとした視線を追ってみればエマの右手と繋がれた俺の左手がある。


「その、あたしも繋ぎたいんだけど……仲良くしたいんだけどっ!」

「……それを俺に言われても」


 ちらと横を歩くエマへと視線を向ける。と、彼女も俺を見ていたらしい。かくんと首を傾げて数秒、ばっと楓を見たかと思うと再び俺に視線を戻して自分を指差す。


「えっ、わたしっ?」

「いや、この場面で俺はないだろ……どんだけ好意に慣れてないんだよ」


 なんか悲しくなるわ。なんでこんなにかわいそうなの、この子。自分の周りに人がいることを当たり前に思えるようになる日が来るといいのだが。


「? 別にかなたと繋いでもいいわよ? 繋ぎたい?」

「繋ぎたい。いや、そうじゃない、間違えた」


 素で間違えたわ。いやでもしょうがないよ、まな板とは言え、美少女だもの。そりゃちょっとくらい触れてみたいよ。


「ふふっ、浮気ね」

「む……浮気なのか。今、わたしは浮気されたのか」

「なぜそうなる……俺が悪いな、間違いなく」


 居心地の悪さに明後日の方向へ首を動かせば、耳にくすくすと二人の笑い声が聞こえてくる。二人の距離が縮まったのなら、この役回りも悪くはないかな、なんて思えてしまった。


「そ、それで! その、手、繋いでくれる……?」


 改めて言葉にすると恥ずかしいのか、楓は頬を染めて右手を差し出す。小さな手が素早くそれを握った。信じられない速さだった。


「ふふ……」


 それをした本人は満足そうに、手を取られた方は照れ臭そうににまにまと口もとを緩めている。百合かな? 女の子は裏表があってどす黒いイメージが強かったが、この二人だと微笑ましさしかない。


「こうしてるとまるで家族のようね! あたしとかなたが夫婦で、その子供がエ——あなた! ……いえ、それはまずいわね。かなたはあなたの恋人だもの。どうしたら……」


 ……変なことで悩むんじゃねぇよ。恥ずかしいだろうが。


「悪くないね。両手をそれぞれ別の人と繋いでる、なんて夢みたいだよ。家族、かぁ……ふふ」

「いいのか、それで……」


 俺はお前がいいならなんでもいいけども。


「きみが隣にいてくれるだけで、お腹いっぱいになるくらい、わたしは幸せなんだよ?」

「……うーん、ちょっとかわいすぎますね、それは」


 反則でしょう。鼻血出るかと思ったよ、まじで。


「かっ——ま、また、そうやって! 本気で言ってんのに!」

「は? 俺だって本気で言ってるわ!」

「なっ! も、もう! ぶっ殺す!」


 照れ隠しにぶっ殺すとか言うのやめましょうね。このロリババア、最近ぶっ殺すが口癖になりつつあるぞ。


「あっ」


 堪え切れなくなったのか、俺と楓の手から離れて小走りで露店へと駆けていく。


「おい、転ぶと痛いぞー」

「そんな子供じゃないってば!」

「ほんとの親子のようね、ふふっ」

「もうちょっとお淑やかに育って欲しいなぁ」


 なんて、他愛ない会話をしつつ「遅いよー!」となぜか自慢気に数メートル前を歩くエマを追う。


「ほら、転ばないだ——」


 たんたんっと軽い調子でステップを踏んで振り返ったエマが、路地から出てきた手に引きずり込まれた。


「——は?」


 一瞬、呆気に取られる。すぐに走り出した。


「エ——おいっ!」


 名を呼びかけて口内に留め、路地に入って声をあげる。そこに広がるのは横に扉があるわけでもない一本の狭い道。


「き、消えた……?」


 隣に並ぶ楓が誰もいない路地を見つめておろおろと慌て始める。


「恐らく、転移だろう。確か、前に転移結晶だなんだとあいつが言ってた。跳べる距離はたいして広くなかったはずだ。まだこの街にいる」

「じゃ、じゃあっ、探しにっ!」

「待て!」


 踵を返した楓の腕を取る。無闇に探したところで見つかることはないだろう。というか、攫う相手が間違っている。あいつは言ってみれば分身だ。


 ——なら、本体から連絡が来るはず。


《どこにいるか分からない。わたしは人形の視覚や聴覚から情報を受け取って人形の位置を把握してるんだ。目隠しに耳栓、手足を縛られた上でどうやら袋の中に入れられている。……スペアはないけれど、別に探さなくてもいい。所詮は人形だ》


 それ以降、いくら待っても脳内に声は響かない。同じ言葉を聴いたのか、どうすればいい、と視線で訴えてくる楓を落ち着かせて少し考えてみる。


「……人攫いか。恐らく人身売買を生業とする輩の犯行」


 奴隷か? こんな衆人環視のもとで? いや……だからこそか。そもそも、帝国は絶対君主制に近い。平民が一人攫われたところで問題にはしないだろう。


「奴隷商ってのはどのくらいあるんだ……?」


 ふと顔を上げて遠くに佇む城を見据える。あれが中心だったはずだ。つまり、今感じている距離の倍の広さ。途方もない。地道に探していたら一生見つかる気がしない。


「くそが……ちょっとキレたレベルじゃ済まねぇぞ、おい」

「あたしももうブチ切れてるわよ。どうすればいいの? 焼き払えばいいの?」

「悪くねぇが、武力行使は最終手段だ。……仮にもあいつの造ったモノだろ、出来れば傷つけたくない」

「なら——」

「戻るぞ。赤竜を連れてくる」


 探さなくてもいいなんて、そんな寂しいこと言うんじゃねぇよ。絶対に許さねぇ、ぶっ殺す。


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