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0005 魔女は彼と共にいたい


 目を開けると、白い肌が映った。申し訳程度な膨らみだったそれは両脇に押されて常よりは女性の胸と呼べるレベルになっている。視線を上にずらすと首元にほくろがあった。なんだか見てはいけないようなものを見てしまった気分。ていうか、エロいよ。なんでそんなとこにほくろあんの? セクシャルポイントなの?


 思わず見入っていると、んんっという微かな声とともに彼女が身じろぎをする。慌てて拘束から抜けて身体を起こせば、彼女の全貌が視界に入った。なんかいろいろと透け透けなネグリジェを着ている。誘われてるのかな、そんなわけないですね。


「なにこの状況……」


 なんだか頭がずきずきとする。眉間を抑えて考えてみるも、いまいち頭が回らない。諦めて周囲を見渡すと、ここがボロ小屋の中だということが分かった。床には空の酒瓶やらが散らばっている。


「ああ……昨日、誕生日だったか」


 確か、元の世界で考えると昨日が俺の誕生日で、丁度二十歳になったっぽいと伝えたらエマとこいつに「祝おう!」と押し切られたのだ。それで調子に乗って酒に呑まれてこの有様。納得。


「しかし、本当に心配だなこいつ……」


 俺じゃなかったら襲われててもおかしくない。本当はあまり見るべきではないのだろうが、そのくらいは許してほしい。だって男だもの、仕方ないね。


「エマ……エマ……」


 背後でぐっすりと眠っていた幼女を揺する。数分後、ようやく目を覚ますと大きなあくびをして「なんだよ」と視線で文句を訴えてくる。さ、酒臭ぇ……青少年健全育成条例とか大丈夫なのかこれ。異世界だからいいのかな。ロリババアだし。


「ぶっ殺すぞ……」


 うん、大丈夫ですね。普通の幼女はぶっ殺すとか言わないもん。つか、起きたら裸一歩手前の美少女と将来美人になるだろう幼女に囲まれてるとか……いつの時代のハーレムアニメだよ。むしろエロゲーだよ、これ。エロゲーだろ。そうなんだろ、この世界。


「鼻の下伸びてるよ……」


「いや、この無防備さで伸びなかったら男じゃないでしょう。不可抗力だよ、事後じゃないだけ勘弁して欲しいわ」

「一応、本当に女の子好きなんだね……なにもされないからてっきり」

「やめろよ、ホモじゃねぇよ。何度も言うが、俺はロリに興味ないの。子供は好きだが、ライクなの」

「わたしの身体は?」

「ライク」

「わたしは?」

「ラブ」

「なるほど……ラブね、ラブッ!?」


 ふんふんと頷いていたかと思うと、カッと目を見開く。容疑者は「え、え、どうしようどうしよう」などとぶつぶつ呟いており、警察は薬物使用の線でも捜査をするとのことです。


「……ら、ラブね。ラブ……ラブってなんだっけ」

「…………」


 ……ツッコミが来ない。どうやら俺の表情を読む余裕もないらしい。このまま慌てふためくエマさんを見ているのも悪くはないのだが、……どうせならもうちょっとからかってやろう。


 少し落ち着いてきたのか、エマはこちらをちらちらと伺っては顔を赤らめて俯くという動きを繰り返している。……鼻血出てねぇかな、その、すごく、かわいいです。


 そんな彼女を優しく抱きしめる。


「ふぇっ……」

「五十年後、俺と結婚しよう」

「けけ、結婚!? そっ、そんなこと言われても、その、きゅ、急すぎるっていうか! お、落ち着いて! 落ち着こう! かなた!」


 言いながら離れようとはしない。ああ、なんでこんなにかわいいの。外見どうのではなく、内面が純粋過ぎて破壊力が凄まじい。


 ていうか、これ割と本気で信じてるよなぁ。下手なことを言うべきではなかったかもしれない。いや、俺としてはエマと結婚するのは全然問題ないので、別に嘘を吐いているわけではないのだが。


「俺は至って冷静だが?」


 とは言え、やっぱり面白い方向に進みたくなるのが俺である。後のことは成り行きに任せて悪戯続行。


「でっ、でも、その、わたしじゃ、つ、釣り合わないっていうか! か、かなたにはし、幸せに……うん、幸せに、なって欲しい……から」


 語尾にいくにつれて、か細い声になる。そして、なにかを決心したのか、俺の腕から抜けて向けられた瞳は潤みながらも力強い輝きを宿していた。なんだか雲行きが怪しくなってきたな。どうしよう。


「……もっと素敵な人がいるよ、きみには。そしたら、その人とかなた、二人が飽きるまで生きさせてあげるんだ。だから、わたしのことなんて、き、気にしなくていいよ……っ。わ、わたしはっ、そう言ってもらえただけで、充分、だからっ! ……かなたは、いつもわたしを嬉しい気持ちにさせてくれるっ……! だからっ! だからっ、わ、わたしなんかじゃなくて——」


 泣かせてしまった。ちょっとした冗談のつもりが、思いの外彼女の心には刺さってしまったようで。ぼろぼろと溢れる涙を見たくなくてその小さな身体を再び抱きしめる。


「……ごめんな、冗談だよ」

「じょ、冗談……?」


 ほっとしたような、それでいて残念そうな声。上半身を少し離して顔を見ればまだ彼女は泣いている。片手でそれを拭いながら、俺は一体どんな顔をしているのだろう。


「でも、嘘じゃない。お前と、エマと結婚するのは、悪くないと思うんだ」

「だ、ダメだよ……わたしなんか」

「俺が他のやつを好きになってもいいのか?」


 エマは無言で頷く。


「俺が他のやつと結婚してもいいのか?」

「……いいよ」

「俺がお前から離れてもいいのか?」

「いい……」

「俺と一緒に永遠の時間を生きられなくなるぞ?」

「いいよっ、いいっ! いいに決まってるだろっ……!」

「——顔に『嫌だ』って書いてあるよ」


 そんな顔で、泣きながら唇を震わせて言われても説得力なんて微塵もありはしない。だいたい、そんなのは俺が嫌だ。


「お前は本当にかわいそうなやつだ」

「……余計な、お世話だよっ。同情なんて——」

「同情か。同情なのかね……俺のこの気持ちは」


 同情というより、同調じゃないかと思う。それはきっと共感なのだ。一切を信じてこなかった俺が、一切に信じてもらえなかった彼女に出来る、たった一つの共感。


「……一人は、寂しい。自分がなんで生きてるのか、なんのために生きてるのか、なにをするために生きてるのか、分からなくなる。俺がお前と一緒にいたいのはきっと、お互いの傷を舐め合いたいとか、そういう、薄汚い感情からなんだろう。それはお前のためじゃなくて、俺のためでしかない。でも、最近それだけじゃないんだ」

「…………」


 黙って聞いてくれる彼女に心の中で礼を告げて、俺は言葉を続ける。


「ここに来てから、色んなことを耳にした、目にした、エマ・リヒテンシュタインのことも」


 途中から聞きたくなくなって閉じこもっていたが、その名前はこの世界にとって相当なビッグネームであるらしい。だから、外で彼女を呼べば誰もがそれに反応した。


「史上最悪。魔王を倒しながらも、魔神に心酔し魔王になった女。災厄の魔女——エマ・リヒテンシュタイン。悪行は数知れず、半世紀以上前に勇者と女神によって封じられたが、現代でもその名を口にするのも憚られるほど恐れられている」

「……そ、れは……いや、その通りだよ」


 弁明しようとしたのか、口を開くも寂しげに目を伏せて、彼女は肯定する。


「——ふざけんな、エマ・リヒテンシュタインはそんな人間じゃねぇよ」

「……けれど、誰もがそう思ってる」

「憎いよ、俺は。気に入らない。この世界が、気に入らない。誰も真実を知ろうとしない。それは、まるで、面白半分に噂を口にする輩のようだ。あいつらにとって、真実なんてどうだっていいんだ。俺の知ってるエマはこんなにかわいいのに」

「か、かわっ……わたしは、きみがそう思ってくれるだけで」

「ああ、思うよ、ずっと。俺だけはお前を知っている。だから、俺だけがお前を幸せに出来る。違うな……したいんだ。俺が、お前を、幸せにしたい」


 どうでもいいんだ、もう、自分の傷なんて。俺は俺を変えられるから——自分を変えられないこの少女を助けたい。かわいそうだなんて、二度と思えないくらいに幸せにしたい。それは望みだ。願望だ。夢と言ってもいい。


「お前はもう、充分不幸になったよ。俺だったら死んでる」


 エマに比べたら針の糸みたいに小さなことで死んだんだ。こんなの、耐えられるとは思えない。


「俺がお前を幸せにしたいのは……薄汚れたそれとは違う。自分と重ねたから幸せになって欲しいんじゃない。俺が幸せにしたい。そう思えるのは、俺がお前のことを好きだからに他ならない。俺はそう感じる」


 プロポーズのような文句に、自分で言っていて苦笑してしまう。


 はっきり言って、俺はこの世界が好きじゃない。赤竜だって魔物の中じゃ雑魚中の雑魚らしいし。あんなのが雑魚だったらこの先生きていけるか分からない。


 エマの風評も気に入らない。エマがどうしてこんな世界のために頑張るのか分からない。理解出来ない。


 許せない。もう一度機会をくれた恩人を悪だと罵る全てが許せない。そういう視線も、言葉も、表情も、見たくないから目を逸らして引き込もった。


 けれど、それでも、彼女のためなら重い腰を上げてもいい。


 彼女はきっとそういう人間なのだ。報われなくても誰かを助けてしまう人間で、そういう彼女が、俺は好きなのだ。


 彼女は変われない。けれど、俺は変われた。なら、俺が変えればいい。全てを——世界を。


「……どうして、信じてくれるんだよ。わたしは本当は皆が言うような人間なのかもしれないだろ。その可能性は否定できないはずだ」


 上目遣いで濡れた瞳をぶつけてくる。


「そうだな。今、こうして、俺がお前を好きだと言うのも、全てはお前が仕組んだことなのかもしれない。確かに、その可能性はある。お前ほどの力があれば可能だとも思える」

「なら——」

「——でも」


 エマの言葉を遮って、まっすぐその瞳を見据えた。


「でも、そうじゃないんだろ? ……頷くのも、首を振るのも、お前の自由だ。どちらにせよ俺はお前を信じるよ。最初に言っただろうが。俺が、お前を、信用してやるって」


 さあ、と返事を促すと、エマは唇を噛んで、またも泣きそうな顔になりながらこくりと首肯する。


「……自分のことを、信じてくれると言う人に、嘘を吐きたくないから——とか、そんなんじゃないんだ……。わたしは、今、わたしがそう思われたいから、頷いた。……それでも、そんな汚い欲混じりでもっ、信じてくれるかなぁっ……?」

「——もちろん」


 返す言葉は了承以外、他にない。彼女が信じて欲しいと願うなら、否、彼女がそれを望まずとも、彼女の言葉を信じよう。貰った命は返せないから、あげてよかったと思えるほどに、なにかを返そう。


「信じるよ、全てを。だから、エマ・リヒテンシュタイン。——俺にお前を幸せにさせてくれ」


 許可が欲しい。約束が欲しい。この厳しい世界で、諦めることがないように。


 そんな俺の真剣な気持ちが伝わったのか、伝わっていないのか、エマは満面の笑みを浮かべた。


「うんっ……!」


        × × × ×


 どのくらいそうしていただろうか。この世界に来てから、半年以上が経って、ようやく改めて彼女と話をした。涙脆いのか、笑顔ではあるものの涙が止まらないエマを抱きしめたまま宥めるように頭を撫でる。


「……そ、そろそろ離してくれていいよ」


 ふと、鼻をすすりながらそんなことを言う。


「どうした……嫌か?」

「い、嫌じゃないけれど……その、み、見られてる、から」


 その言葉にばっと慌てて振り向くと、なにやら居心地の悪そうな顔をしている少女が一名。


「な、なにも見てないわよ、あたしは……」


 目がめっちゃ泳いでいる。


「嘘吐くの下手過ぎだろ……」

「だっ、だって仕方ないじゃない! なんかうるさくて起きたらラブシーンだったんだもの!」

「やめろ! ラブシーンとか言うな!」


 映画かドラマのような気障ったらしい台詞を吐いていたのは事実だが……流石にラブシーンとか言われると辛い。……いや別に恥ずかしさとかはそんなにないけれど。


「と、とにかく、歳の差カップル誕生ね! 応援するわ! よかったわね、エマちゃん!」

「あ、ありがとう……」


 カップルとか、そんな、とかなんとか、もじもじしながらつぶやく。かわいい。……やばいな、かわいさが突き抜けてきている。あっちに取り残されている本体も照れてたりするのだろうか。ちょっと気になる。


「ところで、その子って誰なの? その、孤児、とか?」

「……は?」


 嘘だろ。なに言ってんだこいつ……まさか、気づいてないのか? 気づいてないのになにも聞かずにほいほい連れて来たのか? バカなのか? ああ、バカだった。


「エマ・リヒテンシュタインだよ、俺たちをこの世界に転生させた」

「エマ、リヒテン……えっ!? えぇっ!? そ、そんなわけないじゃない! こんなに小さな子じゃないわよ!」

「事実なんだけれど……」

「騙そうったってそうはいかないわよ! あたしだってそんなにバカじゃ——」


 唐突に言葉を途切れさせた楓は、勢いよく上を向き、そしてもう一度エマを見て問う。大方、本体の方から語りかけたのだろう。


「……ほんと、なの?」


 こくり、エマが頷くと耳をつんざくほどの悲鳴が響き渡った。……本当にこいつ、落ち着きが足りない。騒がしいのは嫌いではないが。


 なぜかひれ伏す楓を落ち着かせながら、先の思いやられる状況に頭が痛くなった。これが仲間で大丈夫かよ。……不安だ。



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