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0004 魔獣使いは落ち着きが足りない


 燃えていた。猛々しい炎をあげて、星が見えないほどに明るく周囲を照らしていた。俺の家が、有り余った金で貴族街に買った豪邸が、一軒家が、憧れのマイホームが、信じられない勢いで燃え盛っていた。


「なんでこうなるの……なんかしましたっけ俺」


 愕然としてそんなつぶやきが漏れる。いや、分かってはいる。分かってはいるのだ。なにもしてなかったからこうなっているのだろう。俺が悪い、そりゃそうだ。


 でもね、流石にこれはあんまりですよ。ここ二日くらいはしっかり働いてたじゃん。人生山あり谷ありとは言うが、美人とお食事の代償としてはあまりに大き過ぎる。


「ご、ごめん……伝えるの忘れてた」

「ああ、うん……」


 怒る気にもなれない。そんな俺をどう思ったのか、エマは俯いてしまう。まあ、燃えてしまったものは仕方がない。だってどうしようもないもの、こんなの。そんなことより気になるのは家の上に乗っかっている羽の生えた蜥蜴だ。


「エマさんエマさん、あれ、なんですか」

「ド、ドラゴンです……赤竜とも呼ばれています」


 なぜ敬語。それにしても、ドラゴンかぁ……とりあえず憂さ晴らしをしたいのだが、この怒りはアレにぶつければいいのか? おい。


「リースさんリースさん、俺の家燃やしたのあいつですかね」

「お、おそらくは……」


 ぶるぶると震えながら俺の腕を掴むリースさんは赤竜がこちらを睨んで唸ると同時に腰を抜かしてへたり込んでしまう。


 家が燃えたのは仕方ない。これはもう取り返しがつかない。が、燃やした張本人が目の前にいる。ならばやるべきことは一つしかないよな。


「ふむふむ、なるほど、よし——ぶっ殺す」


 俺が力強い一歩を踏み出すと、リースさんが声を荒げる。


「しょ、正気ですか!? 赤竜ですよ!?」

「Sランク昇格試験の討伐対象なんでしょう?」

「それは幼体です! あんなの、どう見たって成体……勝てるわけがない」


 そんなに強いのか……とは言え、ここで引き下がるのは癪である。流石に家を炭にされて黙ってはいられない。


「やりますよ」

「し、死んじゃいますよっ!」

「かもですね……でも、今、結構怒ってるんです」


 感情を表に出すと、リースさんはびくりと跳ね、両腕で肩を抱く。


「あなた……何者なんですか」

「はは……何者ね」


 何者なんだろうか。自分が何者なのか、なんて前世を含めても答えられる気がしない。目的は与えられているけれど、それは俺の側面でしかない。なら、俺の本質は、俺がしたいことは——考えてみても、今は分かりそうもなかった。


「……寂しがり屋な魔法使いの友達ですよ」


 友達なのだ。彼女にとって、何番目の友達かは知らないけれど、俺は確かに彼女の友達で、それは今後も揺らぐことはない。未来は分からないけれど、果てに待つ結末がどんなものかは想像も出来ないけれど、だからこそ言うのだ。


 ——絶対に揺るがない、と。


 絶対がないから言う。そして結果をもってそれを絶対だったと証明する。「ほら、絶対だったろ?」って、思い出を語りながら笑って言うのだ。


「俺は、思い出ってやつは、とても大事なものだと思うんです」

「……思い出?」

「ええ、まあ。……恥ずかしいことに、生まれてこれまで友達との思い出なんてなかったんですよ。友達いなかったし」


 いつだって周りに集まってくるのは金目当ての乞食どもだった。人を疑え、自分だけを信じろと育てられた。使われるな、使えと言われた。だから作り上げたコミュニティは嘘っぱちで、誰一人信じられない自分に嫌気が差した。


「初めて出来た友達との思い出が詰まった家なんですよ、これ」


 ここに来てから今までほとんどをこの家で過ごしたのだ。彼女と一緒に。だから譲れないし、ぶっちゃけブチ切れそうっていうか既にキレてる。


「……それが燃やされちゃうと、ちょっと簡単には引き下がれないかなぁって」


 意味が分からない。そんなことを言いたげな表情を浮かべるリースさんに苦笑いを返して、俺は前を向く。続く一歩を踏み出す。踏み出す、踏み出す、踏み出す、歩く、歩く、歩く、そうしてそれは疾走へと変わる。


 丁度、トップスピードに到達した辺りで広い庭を抜け、外壁が迫る。そのままダンッと壁を蹴り上げ、脆くなっているのか傾いた壁を駆け上がる。屋根すらも蹴り上げ、十メートル超えの跳躍で赤竜を見下ろした。


 そんな俺など歯牙にも掛けない様子であくびをする赤竜の脳天に力の限り踵を振り下ろす。


「——頭が高ぇよ」


 凄まじい衝撃音を伴って、屋根をぶち抜いて赤竜が地上へ落下する。辛うじて残った屋根に着地して下を覗くとどうやら赤竜は伸びているらしかった。


「他愛ねぇな……こんな雑魚に燃やされたのかよ、クソ」


 屋根から飛び降りて着地する。エマのもとへと足を向かわせると、背後から叫び声が聞こえた。


「もうっ! なにすんのよーっ!」

「……は?」


 振り向いて予知したときには既に遅い。尋常ではないスピードで背後——崩れた瓦礫の中から飛び出してきた少女が俺を押し倒しマウントポジションを取る。


 ごつんっと後頭部が地面にぶつかり、くらくらっと視界が回った。


「な、いや、えっと……誰?」


 闇に溶けるような漆黒の髪を揺らす女はむうっと頬を膨らませて睨んでくる。


如月楓きさらぎ かえでよ! あなたこそ誰よっ!」

「……き、城戸奏多だ。まさか、お前が?」

「なによ! 日本人みたいな名前してるじゃない! 許してあげるわっ!」

「は、はぁ……それはどうも、ありがとう?」


 どうやら彼女がエマに呼ばれた異世界人らしい。というか、日本人だよな、これ。


「あなた、強いのねっ。あたしのレッドを一撃で倒すなんて、なかなか出来ることじゃないわ! 誇っていいわよ!」


 俺の上から退いた楓は左手を腰に当て、右手を差し出してくる。その手を掴み立ち上がると、まな板のような胸が視界に映り込んだ。……嘘だろ、俺とそんなに歳変わらなさそうなのに。


「ところでかなた! この家の家主を知らないっ?」

「お、おう……いや、俺だけど」


 なんだこの我が道を行く女は。お転婆とかそういう次元じゃねぇぞ、これ。


「えっ! あなたがそうなのっ!?」

「むしろどうしてさっきのくだりで気づかなかったんだよ……」


 城戸奏多とか、そんな名前の人いないでしょう、この世界に。アホなのかな?


「き、気づいてたわよっ! そう、あなたが十人目なのね……」


 じろじろと俺を見たかと思うと、俺の身体をぺたぺたと触ってくる。なん、え、なにこいつ! 痴女!?


 くすぐったさに身をよじりながらそれに耐えていると、楓は離れて太陽のような笑みを見せる。


「悪くないわね! 期待してるわよっ!」

「いちいち感嘆符つけなきゃ喋れねぇのかよ、お前は……」


 笑顔はとてもかわいかったけれど、うるさいものはうるさい。なんでこんなにテンション高いのこいつ。ていうか、赤竜はこいつのペットかなにかなのか?


「それで、どうするの?」

「は? なにが」

「だから! 家燃えちゃったけど、どうするのっ!」

「お前が燃やしたんだろうが!! 弁償しろよ、このまな板女!」

「だ、誰がまな板よっ!? 今どこを見て言った!」


 楓は肩を抱いて後ずさると、軽蔑の視線を向けてくる。こんな貧乳女に軽蔑されたところで特になにも思いはしない。勝手にしていろ。


 俺が機嫌の悪さを露骨にアピールしていると、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「……し、仕方ないじゃない。だって! エマ・リヒテンシュタイン様がっ! あなたが引きこもってなにもしないから家から追い出して欲しいって!」


 ……そうだった。よく考えなくても、エマの差し金である。いや、でもだからって問答無用で燃やさなくてもいいでしょう? もうちょっと考えて行動すれば……いや、これは言い訳か。


「でも、そうよね……お家を燃やされたら困るわよね。……ごめんなさい」


 ぺこりとお辞儀をする楓に少し驚いてしまう。なんだ、素直に謝れるやつだったのか。もっと意地っ張りな性格だと思ったが、どうやらただの単細胞馬鹿らしい。


「いや、悪い……元はと言えば俺のせいだよな。自分で蒔いた種、自業自得ってやつだ。八つ当たりして悪かったな」


 俺が謝ると彼女はぱあっと花のような笑顔を咲かせる。……分かりやすいですね、嘘とかつけなさそう。


「いいのよ! さっきも言ったけど、もう許してるもの! 如月楓に二言はないわっ!」

「なにお前、すげぇいいやつじゃん!」


 思わず感心してしまう。こんな人間がいるなら、俺がいた世界も捨てたもんじゃなかったのかもしれない。ここに来たことを後悔はしないけれど、あの世界でもし出会えてたなら、なにかが違っていたのではないだろうか。


「知ってるわ! よく言われるのよ! 楓ちゃんは裏表がないねって!」


 ふふん、どうだとばかりに薄い胸を張る。それは褒めてるのだろうか……この子のお友達がどういう意味で言ったのかは知らないが、まあ確かにそうだなとは思う。


「でも、かなたもいい人よ! あたしがもし家を買ってそれを壊されたら、地の果てまで追い詰めてレッドの餌にしてやっても許さないわねっ! 謝るなんてありえない!」

「それを最初から考えれたらよかったんだがなぁ……」

「うっ……今度はそうする。本当にごめんなさい……ゆ、許して欲しいとは言えないわね」


 常識というか、人として大切なものは備わっている。両親の育て方がよかったのだろう。いや、よかったと言えるのかは分からないが……少なくとも俺は、ただ知識があるだけの高慢なやつよりよっぽど好感が持てる。


「いや、いいよ。不幸な事故みたいなもんだ。お前を恨むのは筋違いだろ」

「で、でもっ! あたし、お金とか……持ってないし」

「別にいいよ、そのくらい。思い出深かったから買って取り戻せるものじゃないし」

「尚更よくないわよ! この如月楓、あなたが望むことならなんだってするわ! それがあたしなりの誠意よっ!」

「いやいや、まじでいいって……女の子がなんでもとか言うんじゃねーよ」


 全く最近の若い子は……。俺が呆れていると、楓は意味が分からなかったのか首を傾げる。耳が肩につきそうなくらいまでいくと、ようやく気づいたのか「あ……」と声を漏らして頬を赤く染めた。


「な、なんっ、なんでもよっ! え、えっちなことだっていいのよ! 女はお金がなくなれば身体で稼げるって言ってたもの!」

「おい、誰だそんなこと言ったやつ! 真に受けてんじゃねぇか!」


 こんなのに変なこと教えんじゃねぇよ! 誰だか知らんが、面白半分でからかわれているのが目に浮かぶ。


「……あ、あんまり、魅力はないかもしれないけど、その、小さくても頑張るわっ!」

「やめろっつの! 求めてないから!」


 涙目になりながらもまだ引こうとしない。やっぱり意地っ張りではあるようだ。こうと決めたら曲げられないのだろう。その真っ直ぐさは評価出来るが、危うさを感じる。


「き、如月楓に不可能の二文字はないんだからっ!」

「はいはい、不可能は三文字だからね、落ち着こうね……」


 慌てて指折り数える楓ちゃん。一、二、三、四、と数え終えて俺に向き直り口を開く。


「四文字じゃない!」

「どうして平仮名で数えた……」

「か、漢字は得意じゃないのっ! 悪いっ!?」

「悪いもなにも……その歳で分からない漢字じゃないだろうに。ていうか、本来は『不可能の文字はない』と使うのであって、字数は入れない」

「そ、そうなんだ……頭がいいのね」


 うーん、これで頭良かったらみんな頭良くなっちゃうかなぁ。まじで心配だぞこの子。


「と、とにかく! このままじゃあたしの気が済まないのっ!」

「……はあ、じゃあしばらく泊めてくれよ」

「え」

「え?」

「い、いいわよっ! 招待するわ! 着いてきて!」


 くるりと踵を返した楓はいつの間にか目を覚ましていた赤竜のもとへと向かう。着いて行くのはいいが、リースさんと他の面々に挨拶を済ませなければ。


 慌ててリースさんたちへと駆け寄ると、「ひっ」と小さな悲鳴をあげられてしまった。き、傷つくんですけど。


「お、おお、お疲れ様ですっ!」

「ありがとうございます。驚かせてしまったみたいで、すみません」


 苦笑すると、リースさんは慌てて「いえいえいえ、こちらこそすみませんすみません」と頭を下げてくる。そろそろ泣いちゃうよ、俺。


「これ、Sランクに上がれたりするんですかね?」

「ど、どうでしょうか……いっ、一応、上に話しておきます!」

「ありがとうございます。リースさんは本当に親切ですね」

「そ、そんなことは!」

「出来れば、あまり怯えないで頂けると嬉しいんですが……」


 いい加減辛くなってきたので伝えると、リースさんは何度か大きく深呼吸をし、震える手を抑えて話し掛けてくれる。


「すみ、ません……取り乱してしまいました」

「ありがとうございます。やっぱり、とてもいい人だ」


 身近にこういう人がいると安心出来る。この関係は大事にしよう。現状、知り合いらしい知り合いがいないので、繋がりは貴重だし。


「えっと、お前らはとりあえずこれで……まあ、二年は暮らせるだろ。多分、すぐ戻ってくるとは思うが」


 震えて突っ立っている男に麻袋ごと金を渡す。


「奴隷から金を奪うやつもいるらしいし、金はお前が管理しろ」

「は、はい」


 Aランク冒険者が驚くほどの金額は入ってないはずだが、責任の重みが大きいのか、その手は震えている。その後ろには彼の元取り巻き。


 昼の決闘で俺の奴隷に落ちてしまった彼だが、どうやら取り巻きの女は彼の奴隷だったようで、その奴隷たちも彼の所有物ということになるらしく、今は俺の奴隷になっている。はっきり言って奴隷とか超いらないんだが……解放している時間もない。


「エマ、行くぞ」

「う、うん」


 なんだか伏し目がちになっているエマの手を取ると、リースさんがおずおずと訊ねてくる。


「あ、あの……エマというのは、まさか」

「はは、まさか……同名の別人ですよ。ああ、彼女は変わり者でして、魔王を慕っているんですよ……出来ればこのことは内密に」

「は、はい!」


 顔の前で人差し指を立てると、リースさんは勢いよく頷いてくれる。信用してもいいだろう……信用だ。まずは信じることから始める。それがこの世界で俺が俺に課した一つのルールだ。


「ねぇー! まだぁーっ?」


 赤竜の背に乗って手を振る楓に手を振り返しながら歩み寄る。家は失くしてしまったが、この出会いがあったのならそれも水に流せないことはない。


「ご、ごめんね……かなた」

「まぁだ気にしてたのかよ。いいんだよ、もう。思い出は頭の中にしか残ってないが、それでも消えたわけじゃない。もっと作ろうぜ、一緒に」

「っ……うんっ!」


 強く握られた手から、確かな温度を感じた。この温もりが、俺が守るべきものなのだ。……なんて、ちょっとばかし恥ずかしいことを考えながら、俺は前へ進むのだった。



「遅いっ! 待ちくたびれたわよっ!」


 全く、魔獣使いだかドラゴンテイマーだか知らんが、この女には落ち着きが足りない。


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