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0003 ロリババアは懐が広い


「リースさん! オーク倒せましたよ!」


 アウェイの中でも頂点に君臨する冒険者ギルドの扉を開き、受付の一つに真っ直ぐ向かって麻袋とギルドカードを手渡す。アンネリース・ドーレスことリースさんは中を確認すると笑顔を向けてくれた。


「はい、確かに。やりましたね!」

「はい!」

「まさかオークの群れを数時間で討伐してくるなんて……とは言え、これでCランクです! おめでとうございます!」


 まるで自分のことのように喜んでくれるリースさんに、なんだかどきどきする。これがクセになるのだ。この笑顔が。この笑顔を見るためにいくつの依頼をこなしたか……おかげで登録して二日しか経っていないのに昇格してしまった。完全に社畜。


「リースさんの瞳と同じ色ですね」


 返されたギルドカードの色はターコイズブルーに変わっている。この色が謎の魔力を放っているのだろうか。リースさんの瞳にはなにか魔性の魅力がある。


「綺麗です」

「あ、ありがとうございます……」


 照れて俯いてしまうリースさんも美しい。しかし、人妻である。あまり調子に乗ると昼ドラのようにどろどろの関係になってしまう。自重自重。


「あれ、指輪してないんですね」


 人妻と考えて指に向いた視線の先に輝くシルバーの指輪はない。忘れてしまったのだろうか。あれはリースさんに変な虫が付かない大きな理由になっていると思うので、安全のためにも付けておいて欲しいところ。


「え、ああ、今日は付けてこなかったんですよ」

「? 付けてこなかった? 付ける付けないはリースさんの自由意志なんですね」


 結婚指輪というのはそれほど重要ではないのだろうか。仲の悪くなった夫婦が付けなくなるという話は聞いたことがあるので、あまりつっこむべきではないのかもしれないけれど。


「? ええ、まあ、ただのアクセサリですからね」

「……結婚指輪じゃ」

「あっ、違います違います! その、仕事中に言い寄られることが多くて……」


 まじかよ! リースさんフリーじゃん! いや、フリーかどうかは分からないか。言い方からしてそれなりに知っている人はいるようだし。


「なるほど……仕方ないですね、持つ者には持つ者の苦悩があると言いますし」


 しかし、だとすると今日はどうして外しているのだろう。


「持つ者、というか……その」


 なんだかもごもごと口を動かした彼女はちょいちょいと顔を寄せろとジェスチャーをする。それに従って顔を寄せると、耳元に吐息がかかった。く、くすぐったい! だが、悪くない!


「じ、実は、サキュバスなんです……」


 突然の暴露。顔を離して今の言葉の意味を考えてみる。……性欲が強いとかエロいとか、そういう意味の隠語というわけじゃないよな。そうだとしたらとてもアレだが。


「……誰が」


 思わず訊ねると、リースさんは恥ずかしそうに自分を指す。

 そうか、サキュバス……サキュバスね。


「は、ハーフですよっ? でも、そのせいで、その、仕事に支障が……」

「なるほど、だから笑顔が素敵なんですね。……いや、たとえそうでなくても魅力的ではありますけど、なんというか、こう、吸い込まれるような」


 申し訳なさそうに頷く。が、別に怒ってはいない。だってサキュバスだよ……リアル淫魔だよ。しかも恥ずかしがるタイプの淫魔だよ。ツボだろ。爆発する妄想から目を逸らして、真摯に努める。


「指輪は付けておいたほうがいいと思いますよ。本当に、魅力的なので」

「は、はい、ありがとうございます。気をつけます」


 さて、エマを拾って帰るか。近隣の討伐依頼はやっちゃったし。


 ソファーにちょこんと座ってうつらうつらとしている。腕と足を組んで偉そうな姿勢を取っているが、はっきり言ってかわいげしかない。


「では、今日はそろそろ帰りますね」

「あ、あの、私——」


 恥じらいながらなにかを口にしようとしたリースさんを遮って、バンッと勢いよくギルドの扉が開かれた。出てきたのは大柄な男とその取り巻きで、男の視線はこちらに向いているような気がする。……こっちに向かって歩いてきた。


「Aランク冒険者の方です。随分前から言い寄られていて……」


 視線で問うとリースさんが答えてくれる。助けを請うような声色だが、Aランク冒険者というからには、それなりに実力があるということになる。勝てるかなぁ。


 状況としてはかわいい女の子を無理矢理自分のものにしようとする輩を叩きのめす、という御伽噺のテンプレだが、リアルで起きているのだから結末がテンプレ通りになるとは限らない。


「誰だお前?」

「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るべきじゃないか?」


 目の前に立って俺を見下ろす男の身長は二メートル近い。背中には大斧を背負っている。見た目通りの脳筋プレイらしい。鈍重ならなんとかなるが、これで素早かったら負ける可能性が高い。


「お前ごときに名乗る名なんて持ってねぇな。邪魔だ、退け」


 力任せに俺を押し退けた彼はリースさんの前に立つと、舐めるようにリースさんを見る。気持ちはわからんでもないのが申し訳ない。本当すみません、男の性です。


「ほ、本日はどういったご用件で——」

「今夜、俺の家に来い。今日という今日は必ず来てもらうぞ」

「そ、そういった個人的なお誘いは——」


 ドンっと思い切り叩かれたテーブルが凹み、木片が飛び散る。


「俺の誘いを断るのか? 俺は今からでもいいんだぞ」


 びくびくと震えるリースさんの頬からは先の木片が掠めたのか血が流れていた。


 ……あんまり見てて気分のいいモノじゃないな。


「助けないのか」


 いつの間にか隣に来ていたエマに小さな声で訊かれる。眠そうだ。この男、態度も行動も声もうるさいから起きてしまったのだろう。起きぬけでふらついて俺の手を握ってくるのもかわいいからいいのだが、本人は不満げである。


「査定中」


 助けると言ったって、無策で飛び込むわけにはいかないだろう。オーク似の彼の膂力は相当なモノだろうし。一撃であの世へレッツゴーということもあり得る。


 腕を振り下ろしたときの動きはのろまだったので、なんとかなるとは思うのだが……足りないのは俺の勇気ですね。


「助けたらかっこいいかね」

「ふぁ……? ん、ああ、めっちゃかっこいいよ、惚れる。思わずキスしちゃう」


 間髪入れずに返ってきた言葉に苦笑してしまう。惚れるね……しゃあないか、そんな特典が付いてくるのなら多少の危険もスパイスだ。


「——おい、そこまでにしとけよ」

「あぁ?」

「オークが人間と付き合えるわけねぇだろ? 少しは考えてモノを言え、脳筋豚野郎」

「なんっ——てめぇっ‼︎」


 怒りに任せて掴みかかってきた彼の手をバックステップで避ける。動きが緩慢だな……オークよりは速いが、常に0.1秒後の世界を視ている俺にはそれを上回る速さでないと脅威にはならない。


 Aランク冒険者っていうのはこんなんでなれるのか。


「オークの群れ、しっかり殲滅したと思ったんだがな……どうやら取り逃してたらしい。しかも大物だ。差し詰めハイオークってところか?」

「ふざっけんなっ‼︎」


 飛び掛かってくる男を交わしながら出口へと誘導していく。どうやら取り巻きは助ける気がないらしい。全員女だし、戦闘能力のないお飾りか。


 あと少しで、というところで俺の狙いを察したのか男は立ち止まる。闘牛士にでもなったようで楽しかったのだが。


「……俺と決闘しろ」

「決闘? 別に構わんが、ルールは」

「一対一の一回勝負。どちらかが死ぬか降参するかした時点で勝利。勝者は敗者の奴隷となり、敗者の所有物は全て勝者のものとなる」

「それだけか?」

「それだけだ。言っていないだけで存在するルールがあったりもしない」

「おーけー、やろうぜ」


 ちょうどいい腕試しだ。一対一なら魔物と戦うより楽だし、負けることはないだろう。


        × × × ×


 俺と男を円の中に入れた魔法陣が足元から頭上へと昇っていき、消滅する。なんでも決闘がルール通りに行われるための魔法らしい。手の甲で輝く魔法陣を眺めながら長剣の位置を確かめる。


「剣を抜けぇ!」

「は? ああ、いや、いいよ、始めようぜ。これは最後で充分だ」


 十メートルほど離れて片手で斧を構える男を自然体で捉える。なんならポケットに手とか突っ込んじゃう。ちょっと怒ってますよ、俺。


「ははっ! 怖くなっちまったか? てめぇにはガキのお守りがお似合いだ、腰抜け!」

「はいはい……」


 こいつ、さっきから他の人間を巻き込んで罵倒してきやがる。冷静さを欠くのを期待しているのかもしれないが、生憎、感情が昂ぶると相反して思考がクリアになるタイプ。


「淫魔ごときを助けるために出てきたこと、後悔させてやらぁ!」


 男の言葉に視界の隅でリースさんが悲しげに目を伏せた。道路でやっているためか、何事かと駆け付けた野次馬がその姿を探している。


 ……おーけー、ぶっ殺す。


「決闘開始だぁっ!」


 身体強化をかけているのか、ギルド内で襲ってきたときより数段上の速さで距離を詰めてくる。リーチが長いことを考えると、あまり近づくのはよろしくないが、ここは歩み寄ることにしよう。はっきり言って叩きのめしたい。


「おらぁっ!」


 間合いに入ったのか、勢いそのままに振り下ろされた斧を横にずれることで交わし——斧は地面に着くことなく方向を変えて迫ってくる。バックステップで間合いから抜けて一息。


「っと、……へぇ」


 無理矢理方向を変えるとは……。怪力馬鹿にもほどがあるが、でかい得物のデメリットである重さがデメリットになっていないのなら、確かに強いだろう。


 距離を詰めてぶんぶんと振り回される斧を避けながらどう戦うか考える。


「避けてばかりかぁ⁉︎」

「ああ、いや、思ったよりも強かったんでな」


 大きく後ろに跳び、距離を取って改めて男の全身を確認する。小走りに間合いを詰め、横薙ぎに振るわれた斧を跳躍して回避し刃の内側へ。柄を掴み、力を入れて斧を持つ手を叩く。


「っ……!」


 痛みで持っていられなくなったのか、持ち手を入れ替えた男を斧ごと引き、つんのめった男の足を払う。


「うおっ!」


 バランス感覚が良いのか倒れずに蹌踉よろける男の背をダメ押しとばかりに蹴り飛ばす。と、熊でも倒れたかのような音とともに、男が地に突っ伏した。


「剣は最後で充分だったろ?」


 うなじに刃を当てると、ぐぅと唸る声が耳に届いた。


「友人を罵倒された件もある。殺してもいいが……」

「こ、降参だ!」


 男が叫ぶと同時、頭上に展開された魔法陣が今度は頭からつま先に抜け、消える。手の甲にあったものも消えている。代わりになんか変な紋章が付いているが、一応、どうやら終わったらしい。


 悔しさからか地面を叩く男を周りの歓声に答えながら眺めていると、ぼすっと太もものあたりになにかが突っ込んできた。


「やったね! 余裕だったろ!」


 突っ込んできた生物は俺を見上げてキラキラとした瞳でにっこりと笑う。なにこの生き物かわいい。膝を曲げて視線の高さを合わせ、頭を撫でてやる。


「おう、さんきゅー。余裕だったわ」

「ふふんっ、当たり前だよ!」


 撫でられながら自慢気に振る舞うが、全然かっこよくない、かわいい。俺の妹はかわいいなぁと家族愛が芽生え始めてきた頃合い、なにかを思い出したのか、エマは唐突にじっと俺を見つめてきた。


 なんだろうか、と考えた瞬間、未来視にその理由が映される。至近距離で避ける間もなく頬に柔らかいものが触れた。


「や、約束は守らなければならない……」

「そういやそんなこと言ってたなお前……約束した覚えないが、っつーか、なにもこんなとこでやらんでも」


 勘違いした野次馬どもが騒ぎ出したじゃねぇか。なにか用があったのか近づいてきたリースさんすら硬直している。


「あ、あの……」

「そ、その、別にいいと思いますよ! そういう趣味の方は何人か知ってますし!」

「違う! 違いますっ!」


 ほら見ろ勘違いされたじゃねぇか! 子供は総じてかわいいと思うのだ。大人と違って汚い思考がないところがいい。素直は正義。


 けれど、やっぱり好きなのはおっぱいなのである。男だもの。仕方ないね。


「ぺったんこに発情する性癖はありません。リースさんみたいな大人の女性がタイプです。だから助けたようなもの」

「おい、誰がぺったんこだ」


 慌てて弁解する俺の両頬をぐにぐにと引っ張る。それのどの辺りがぺったんこじゃないのか詳しく教えてもらいたい。寸胴じゃねぇか。


「そ、そうなんですか……?」

「はい、そうです。ていうか、それしかないです」

「では、もしタイプじゃなかったら……」

「助けてました! どんなお姿でも! この話終わり!」


 話を打ち切ると、リースさんはくつくつと笑う。どうやらからかわれたらしかった。あなたの笑顔が見れるのならどうぞお好きなだけからかってください。


 やれやれと立ち上がると、リースさんの頬に切り傷が見えた。思わずそこに手を伸ばしてしまう。


 もう少し早く動いていれば、この傷もなかったのだろうか。浅いため、痕が残ることはないだろうが、顔に傷がつくなんて女性には大きなダメージになりそうだ。


「あ、の……」

「すみません。最初から、助けるために立ち回っていれば……」


 ああ、そういや回復魔法があったわ。回復魔法とかほとんど使ってないから忘れてたが、未来予知をマスターした翌日に教えてもらったんだった。


「ヒール」

「え」


 手から放たれた光が傷口を包む。光が収まったときには傷は癒えていた。すこし摩って確認してみるが違和感はない。肌すべすべ、手に吸い付くような触り心地である。


「いつまで触ってるんだよ」


 がっと足を踏まれる。……このロリババア、人が楽しんでるっていうのに。しぶしぶ手を離すと、リースさんはなんだか顔を赤く染めてあわあわしていた。かわいい。


 一日に何回かわいいと唱えているのだろうか。ここに来てから周りのかわいい度が吹っ切れてるので仕方ないことだが。この世界、右を見れば美女、左を見れば美女である。その中でも一等級のリースさんとロリババア。ぶっちゃけ手に余る。


「では、この辺で……」


 名残惜しさを前面に出しながらも、ご機嫌斜めな幼女を落ち着けるために踵を返す。あのオークくん(まだ名前聞いてない)の後始末もしなきゃだし。奴隷とかなんとか言ってたが……あんなむさ苦しい奴隷はいらないなぁ。


「あっ、あのっ!」

「はい?」


 背中に声を掛けられ振り向く。お礼がしたいです〜、とかだったらいいなぁ、なんて思いつつ言葉を待つと、リースさんは意を決したように俺を見据えて、


「よ、よければ、この後、お食事でもっ! ど、どうですか……」

「……まじか」


 お約束もここまで来ると違和感凄い。とは言え、美女にお食事に誘われて嬉しくないわけもない。ここは受けたいが……ちらとぺったんこを一瞥する。


「別に構わないよ」


 ろ、ロリババア! ロリババアとか呼んですまんな。とても懐の広いロリババアだ。


「おいいい加減にしろよ」

「さーせん」


 だって今更普通に感謝するとか照れ臭いだろうよ。本当にありがとうございます、エマさん。


「是非!」


 勢い余って手とか握っちゃう。すべすべである。足を踏まれて離すまでがテンプレ。


 というわけで、無事にリースさんとのフラグゲット! それにしても……なんか忘れてる気がするんだが。なんだろうか。


「今日ってなんかなかったっけ」

「? いや、特に覚えはないけれど」

「そうか……ならいいや」


 覚えてないということは大したことじゃないのだろう。美女とのお食事を楽しもうではないか! 異世界転生最高だな! 養ってもらえれば尚良し!



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