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0002 クソニートは家に帰りたい


「いやだぁぁぁぁぁああああっ‼︎ 働きたくないよぉぉぉぉぉおおおおおっ‼︎」

「このクソニート! 今日という今日はギルドに行ってもらうからな!」


 布団にしがみつく俺を幼女が力の限り引っ張っていた。なんだろう、客観的に見たらすごく情けない構図に見える。よし、頭から追い出すことにしよう。


「嫌だよぉぉぉぉぉおおおおお! 鬼ぃっ! 鬼畜幼女っ‼︎」

「ほう……きみはわたしを怒らせた」


 なんかどっかで聞いたことのある台詞を言ったエマは、パッと俺の服から手を離し仁王立ちでにんまりと笑う。


「あの、すごく嫌な予感がするんですが……エマさん?」

「さあ、なんのことだろうね。わたしにはぜーんぜん分からないよ」

未来視リ・ヴィジョン!」


 ギュンッとこの先の未来が高速で頭に流れていく。本当は別に口にしなくてもいいのだが、まあ、それはエマが慌てるのを見たいというただの意地悪である。ちなみにリ・ヴィジョンはfuture visionから取ったただの造語だ。


「ふふん」


 あっれー! 慌ててないんですけど? やっべ、まじで嫌な予感する。


 そのまま未来予知を続けていると、真っ赤に染まった。慌てて速度を緩め、その光景をしっかりと認識する。


「は? え? おいおいおい、待て待て待て」


 なん……だ、燃えてる? どっからどう見てもカジノで荒稼ぎして買った俺のマイホームが炎上していた。


「はぁぁぁぁぁあああ⁉︎ ちょっ、おまっ、なにしてんの⁉︎ なにしてくれちゃってんの⁉︎」

「いっ、つっ、まっ、でっ、もっ、あぁっ! もう! 鬱陶しい!」


 俺ががくんがくんとエマの肩を掴んで揺さぶっていると、流石にしゃべりにくかったのかそれを振り切って睨んでくる。


「いつまでもここから動かないきみが悪い!」

「ごもっともで!」


 でもこの仕打ちはあんまりだよ! いくら半年ニートだったからってやっていいことと悪いことがあんだろ!


「……きみがなにを視たのか知らないけれど、きみが外に出ればそれは止められるよ」

「い、いやだ……」


 ごすっと頭から鈍い音が響いた。殴った本人も痛そうにしている。


「だ、だって半年ニートだったんだぜ……? ニート生活が身体に染み付いちゃってんだよ! どうすんのこれ!」

「自業自得だろ!」

「ごもっともで!」


 どう考えても俺しか悪くなかった。


 ああ、嫌だ。いろいろあってちょっと悪目立ちしちゃってるせいか、スリとかにも目を付けられているのだ。出来れば、最低限の買い物以外、人生全てをマイホームで彼女とのんびり過ごしていたかった。半年も一緒にいれば、生意気な妹が出来たような愛着も湧くし。


「このまま、ここでのんびり余生を過ごすという案は……」

「……却下」

「ですよねー」


 ……こいつ今迷ったな。


 ともあれ、望まぬ形で俺のニートライフは強制終了を告げられたのだった。望まぬ形で。本当に不本意。めちゃくちゃ遺憾です。


        × × × ×


 というわけで、思い立ったが吉日。冒険者ギルドにやって参りました。全然思い立ってねぇけどな! お腹痛い帰りたいゴロゴロしたい!


 弱音は漏れるが、フットワークの軽さは前世より培ったものだ。自分で言うのもなんだが、俺は土壇場で冷静なタイプだと思う。死ぬ直前もそれはそれは頭の中は冴え渡っていた。「今なら東大法学部主席を取れるんじゃないか」と思ったほどだ。まあ、どう考えても死ぬ前の意味のない見栄だが。


 俺の家が燃えるのは二日後の夜。もう一度落ち着いて視てみたが、予知した未来が「外から燃え行く我が家を見詰めている」というものだったので、特別俺が狙われるわけではなさそうだ。


 個人的には俺が狙われるほうがこのままニートを続けられる可能性は高かったろうが、家を炎上させる人物がまともな思考をしているとは考えにくい。死ぬよりマシだと言い聞かせることとする。とりあえず、働く姿勢を見せればなんとかなるようだし。


 ちなみにその人物、エマの手引きでこの世界に来た異世界人らしい。エマは俺たちを自身の力で無理矢理この世界に繋ぎ止めているらしく、本体経由で連絡を取るのは難しくないとのこと。あの場所からでは娑婆しゃばの様子は伺えないらしいから、居場所は分からないようだが。


 ……娑婆しゃばとか言うと、この隣をペタンペタン付いて来るロリババアが犯罪者っぽく見えるから言葉ってやつは凄い。これの名前を出したときの周りの反応を見るにそう間違ってもないのが哀れだが。


「また余計なこと考えてるだろ……」

「お前は妙に勘がいいな……読心術は本当に使えないんだよな?」

「使えないよ。この身体はわたしの魂が欠片ばかり憑依した木偶人形だ。嘘偽りは一切ない……というか、わたしとしては、わたしがきみに嘘を吐くつもりがないことは半年の間で充分に態度で示したつもりだったのだけれど」


 それを言われてしまうとご機嫌取りに徹する他ない。言葉通り、俺はそういった誠意を態度で示されている。


 というのもこのロリババア、素直さ100%なのだ。果汁ジュースじゃあるまいし、人それぞれ隠し事はあって然るべき。なにもそこまで律儀にすることもないと思うのだが、「顎を砕かれることをいとわず、信じてくれると言ってくれたきみに嘘を吐くのは心苦しいでは済まない」というのはロリババアの言葉である。


 あのときは死んでヤケクソになっていたところも少なからずあるし、あまり買い被らないで欲しい。


「俺が言った『信用してやる』に、ここまでしてもらえる価値があったのかというのが疑問に残るが……」

「あの場で、わたしの本気の威嚇を受けて、それでも尚言い放ったことだ。それだけで信用に足るし、きみの心の内はあのときだって読んでいた。それに、きみに……かなたに騙されるのなら本望だよ。それでかなたに利があるのならわたしは特にそれを不満に思いはしない。明確な事実があったのだから、それが崩れるのなら、それはわたしに落ち度があったということだろう。違うか?」

「甲斐甲斐しいってお前みたいなやつに使う言葉なんだろうな……」

「……褒めてる、のか?」

「めっちゃ褒めてるよ。その姿じゃなけりゃ小一時間抱きしめてた。最高の口説き文句だ」


 全く、変な男に捕まらないかお兄ちゃんとしてはとても心配である。俺に捕まってる時点で、本当に心配。一途で重い愛は好きだよ俺。


「? いつも抱かれている気がするけれど……」

「あれは抱っこだろ」


 女性を抱きしめるのと、女児を抱っこするのとでは意味合いが全然違うだろうが。なんというか、本当にこいつはそういうことには疎い。ババアの癖に長年の一人ぼっちが祟って無駄に純粋である。


「抱きしめてたんじゃなかったのか……」

「もしそう思ってたんなら引いて欲しかったなぁ、そこは……」


 愕然としているロリババアに呆れてしまう。……そろそろ、ロリババアはやめとこうかな、使うたびに睨まれるからいい加減五十年後が怖い。


 それはともかく、成人間近の男が幼女を異性として抱きしめていたとか、流石にそれはドン引きしてくれよ、まじで。中身はババアだと分かってるが、俺に幼女趣味はない。もっと事前にその誤解は晴らしておきたかった。信頼は素直に嬉しいけども。


「と、友達がどんな趣味であろうとわたしにそれをそしる権利はないだろう……ていうか、かなたはわたしがどんな姿でも似たような道を辿ってそうだけれど」

「さすがに同じ布団で女子と寝て平気でいられる自信はない……」


 俺を仙人かなにかと勘違いしてるのかな、このロリババアは。全く対象外のその姿だから平然と戯れるのであって、本体だったらもうちょい距離取ってるよ。悪いな、奥手で。


「つか、そんなに分かりやすいか、俺は」

「いや、かなたがどうこうという問題じゃないよ。何百年と生きれば表情だけで大概のことは分かる」

「なるほどね……まあいいや、今更なにかを隠す気もないし。そろそろ行くか……」


 エントランスに備え付けられたソファに腰を落ち着けて数分、ある程度会話シュミレーションは頭の中で行えたし、問題はないだろう。アウェイ感は拭えないが、異世界のハロワみたいなもんなんだから、半年ニートしてたらそりゃ緊張もする。敵陣のど真ん中だ。


 問題と言えば働くことこそが問題である。……ある程度働いて休暇を取り、徐々に隙を見てニート化しよう。


「すみません」


 一番綺麗なお姉さんの受付が空いていたので、声を掛けてみる。綺麗だったからではない、空いていたからである。だから、そんなに見つめないでくれますかエマさん。


「はい。あ……こんにちは」

「? こんにちは……どこかでお会いしましたっけ」


 首を傾げて容姿を改めて確認する。ブロンドの髪にターコイズブルーの瞳。窓から差す陽光に照らされたそれは沖縄の海のようだ。白い砂浜のごとき肌もその印象を強める。


 ……どっかでみたことある気がしないでもない。が、ぶっちゃけそこそこ有名人なので相手に一方的に知られているという可能性も高い。うんうんと考えていると、受付のお姉さんは小さな口を開く。


「三ヶ月ほど前に危ないところを助けていただいた……」

「ああ、あのときの」


 遡ること三ヶ月。ギャンブルで荒稼ぎした帰りに強面のお兄さんにぶつかり追いかけられていた俺は、撒くために路地裏に入り囲まれていたお姉さんを助けたのである。助けたというか、見て見ぬふりをして後悔するのが嫌なので、勢いそのままにお姫様抱っこで逃亡しただけだが。


 あのときは住居を聞き、適当なところで降ろしてそのまま家までダッシュしたため、まさかフラグが立っているとは思わなかった。なにフラグだよ。


 なんか近所の若奥さんっぽさが漂っているので恋愛フラグではないだろう。ていうか、左手薬指に指輪付けてました……まあ、この容姿でこの歳までフリーだったら相当美的感覚が違うよなぁ。


「その節はお世話になりました」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」


 隣のロリババアが「誰だこいつ……」みたいな顔で胡散臭そうに俺を見ているが気にしない。俺だってまともに敬語を使うときくらいある。


「ところで、今日はどういったご用件でしょうか」

「あ、冒険者登録をしたいんですけど」

「冒険者の方ではなかったのですね……あの身のこなし、てっきり」


 意外そうに目を丸める。驚く姿も美人がやると絵になるな。養ってくれないだろうか。まあ、お金があっても小言を言われるので、養ってもらったところで解決には至らないのだが。


「はは、情けない話ですが、臆病なもので……」


 謙遜だと思われたのだろうか、くすくすと柔らかい笑みを返されてしまった。事実です、すみません。


「さて、冒険者登録でしたね。では、こちらの用紙に必要事項を記入していただけますか」

「あ、はい」


 読み書きもエマのサポートにより自由自在。それがなくても日常生活で使う言葉のほとんどは自然と習得してしまったが。さらっと書き終えて渡す。


「しばらくお待ちください」


 席を立ったお姉さんを待つこと数分、戻ってきたお姉さんに白い金属製のプレートを手渡された。俺の名前やらなんやらが彫り込まれている。


「こちらがギルドカードとなります。受諾済依頼の管理や身分証明にもなりますので有効活用してください。再発行には手数料が発生しますので、失くさないように気をつけてくださいね」

「ありがとうございます」


 いちいち笑顔が素敵なお姉さんだ。なんかどきどきする。人妻はノーセンキューです。


「それでは早速、魔力を込めてみてください」

「あ、はい」


 受け取って終わりじゃないのかよ。魔力を込めると、黄、緑、青緑、青、と色が変わっていき、紫色で止まった。どういう仕組みだろうか、宝石みたいで綺麗だ。


「アメジスト……」


 お姉さんが驚いた表情でつぶやく。言われてみればアメジストに似ている。青緑のときはお姉さんの瞳とよく似た色合いだった。


「綺麗ですね」

「そ、そうですね……えっと、潜在能力がA判定ですので、Dランクからのスタートになります」

「はあ」


 なにを言ってるのかよく分からないが、おそらく「実力があるので、いくつか階級を飛ばしますね」ってことだろう。このロリババアのおかげでチート持ちだし、そんなのは許容範囲内だ。


「Aってどのくらい凄いんですかね」


 いつの間にか緑に変色していたギルドカードを眺めながら問う。


「……階級はFからSSまで合わせて八階級ありますが、潜在能力判定はAが上限です」

「……なるほど、一番上ですね!」

「そうですね……」

「やりましたね!」

「そ、そうですね」


 なんか怖がられている気がする。気のせいかな。


「ランクは上がれば上がるほど強さの目安になる。それはギルドが冒険者を管理する上で便利だけれど、目に見える目安は格差を生み、格差は怠慢を生む。飛び抜けて強い人間なんて管理しづらいから、きみが怖がられるのは仕方のないことだよ」


 気のせいじゃなかったようです。饒舌に説明してくれたロリババアはふんすと偉そうな態度を取っているが、そういうことは事前に説明して欲しかったなぁ。


「Sランクの昇級試験とかしてるんですか?」

「あ、はい。一応、存在している以上は……」


 あるのか。そんなもの、ない方がいいと思うんだが。


「Sランク以上はギルドの裁量に任せる、ということにして、試験は廃止したらどうですか? 信頼出来る人間のみをSランク以上にすれば、選ばれた人格者がその他を抑えてくれるでしょうし」

「……その、現状Sランクの方が存在しないのです。それに、Aランクの方々の実力は並んでいて」

「ああ……」


 これは詰みだわ。飛び抜けて強く、常識を持ったやつが現れてくれればいいのだろうが……そんな都合のいい人間はいそうにない。


「きみがなればいい」

「無理でしょう? そういうこと言わなくていいから、黙ってようね。だいたい試験とかどんだけ危ないことやらされるか……」

「Sランクの昇格試験は赤竜の単独撃破です」


 聞いてないから言わなくていいよ。なんでちょっと期待してんだよ、怖かったんじゃなかったの? ロリババアに説明受けてたらなめられても仕方ないけど。


「とりあえず今日は帰っ——痛っ」

「働け」

「……なんか適当にランクに合った依頼受けさせてください」

「はい」


 働きたくないよぉ……。五十年後、こいつと一緒に生きていくことになったら絶対に尻に敷かれる気がする。


 未来予知じみた信憑性を持つその予想を頭から追い出し、なんだかんだやっぱりかわいいエマの頭を撫でながら現実逃避をする俺だった。


 お家帰りたい。


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