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0001 預言者はニートになりたい


 一日は24時間で一年は365日、一月ひとつきは30日と31日が交互にきて、残った日数である29日が十二月の日数。つまるところ、大晦日が29日であることや細かなことを除いたらおおよそ地球と変わらない。


 というわけでもなく……、天動説がこの世界では適用されていたり、太陽と月が生き物だったりする辺り、どうやら俺はマジでファンタジーな世界に来てしまったらしかった。


 そんな世界に来て早一ヶ月。だいたい一日の生活リズムは固定されてきたように思う。


「ふぁー……おはよぉー……」


 小さな手で目をぐしぐしと擦りながら黒髪青眼の少女がにっこりと笑いかけてくる。毛布に埋もれたその子の頭をわしゃわしゃと撫でると、少女は嬉しそうに頭をぐりぐりと手に押し付けてきた。


 なんだこの生き物。かわいい。


 ひとしきり撫でられて満足したのか、ベッドから這い出た少女はよたよたと覚束ない足取りで洗面所に向かっていく。保育園児並の身体から伸びる手足は短く、転んだら大惨事間違いなしだろう。……心配だなぁ。


 なんだか父親にでもなったような気分になりながら、慌ててその子を追い、ひょいと持ち上げる。と、少女は嬉しいんだか恥ずかしいんだか怒ってるんだか分からないような顔をして睨んできた。


「もぅ、かなた……一人で、歩けるよ」

蹌踉よろけてただろ」

「むっ、そんなことないしっ!」


 ぴょんっと飛び跳ねた少女は言葉通り見事に着地した、かに思われたが、しかし、少し体勢を崩しとっとっとふらついて結局尻餅をついてしまう。


「エマ……その身体、見たまんまの力しかないんだろ? あんま危ないことすんなよ」


 少女——エマ・リヒテンシュタインは俺に脇を持って立たされ、唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。ぽすぽすっと太ももにかわいらしい反撃をしているが、腕力と呼べるような力はないため微笑ましい。


「五十年後に覚えてろよ……」

「それは勘弁してくれ、ほんとに」


 怨念の込もった視線から目を逸らして、台に乗ったエマと共に歯磨きと洗面を済ませる。顔を洗ってスッキリしたのか、今度はしっかりとした足取りでリビングへと駆けていくエマの後に着いていく。


 少し遅れてリビングに着くと、エマはすでにエプロンを着け仁王立ちしていた。


「遅いっ!」

「はいはい、すいませんね」

「わたし、ふれんちとーすとがいい!」


 はいっと手を挙げて宣言するエマに苦笑してしまう。なんだかこいつ、外見が幼くなったせいか、中身まで幼児退行してないか?


「俺としては日本食がそろそろ恋しい気分なんだが……」


 味噌汁とか飲みてぇなぁ。米はあるものの、魚を生で食べる習慣はないようだし、醤油がないために焼き魚もなんだか物足りなく感じる。


「ふれんちとーすと……」

「まあいいけどな、楽だし」


 瞳を潤ませるエマに慌てて了承する。と、エマはなんでもなかったように満点の笑顔を見せる。……ずるくないですかね。そんな顔をされたら文句も言えやしない。


 とは言え、フレンチトーストも今日で三日連続である。どうやら甘いものが好きなエマはハマってしまったらしいが、飽きるまで付き合ってはいられない。なにか他に好きそうなものを考えておくべきだろう。


「わたしが作るから、かなたは待っててくれよ!」

「いやいや、危ないから。火傷とかしたらどうすんだっつの」

「そんな子供じゃないのだけれど……あんまりなめないでくれるかな」


 がっくしと肩を落とす。まあ、見た目はあれだが中身はババアである。本当に余計な心配なのだろう。ロリババアここに極まれり。


「おい、今なにを思った」

「ロリババア」


 コツンと膝を殴られる、が全く痛くない。どころか、エマの方が痛かったようで涙目になりながら手をひらひらとさせている。しばらくして、ようやく痛みが治まってきたのか彼女はキッと俺を睨んで、


「……まじで覚えとけよ」

「怖っ! いや、幼女が出していい声じゃないでしょう?」

「次、幼女って言ったらぶっ殺す」

「……はい」


 射殺すような視線に思わず首を縦に振ってしまう。


 いくら外見が変わろうとエマ・リヒテンシュタインはエマ・リヒテンシュタインだった。全然、幼児退行なんてしてなかったわ、気のせいですね。


 なんだかんだフレンチトーストは作ってくれるらしい。ぐいぐいと背中を押され無理矢理席に座らされた俺は、頬杖を着いてその小さな背中を見守る。ふんふんと鼻唄を歌いながらフレンチトーストを作る彼女はやっぱりかわいい。


「かわいい」

「んなっ! え、なに? 今の、わたし⁉︎」


 びくぅっと肩を震わせて振り返った彼女は人差し指で自分を指差しながら訊ねてくる。それに無言で頷くと、ただでさえ赤かった顔は耳まで真っ赤になった。くすくすと笑うと、恥ずかしさに耐えられなかったのか、エマは黙って作業に戻ってしまう。


「その言葉遣いがなんとかなれば満点だなぁ」

「具体的に」


 こちらを向くことなく料理を続けるエマの背中に言葉を返す。


「例えば、さっき。待っててくれよ! よりも、待っててね! のほうがかわいい」

「……む、無理だよ、今更」

「まあ、今のままでもかわいいからいいけどな」


 またしても照れたのか、エマは黙ってしまった。正直、あの容姿ならかわいいとか言われ慣れてるもんだと思ってたが……俺が思っているよりもさらに彼女は交流が少なかったのかもしれない。


「かわいいかわいいって……わたしのこと好きなのかよ」


 ことっと、出来立てで湯気の出ているフレンチトーストが皿に乗せられテーブルに置かれた。続けてサラダとスープが並ぶ。スープは昨日の夕飯の残りだが、サラダは今作ったのだろう。瑞々しさが食欲をそそる。


「そりゃあ好きだろ」

「なっ……」

「世界に一人の友達だぜ? 嫌いなわけねぇだろ」


 俺より先に九人来ていると言っても、所詮は他人だ。どこのどういう世界から来たのかも分からないし、どこにいるかも分からない。そんなやつらよりエマの方が好きだし、彼女は結構お人好しなので好感を持つのは当たり前だ。


「そ、そういう……わたしも好きだよ、かなたのこと」

「うわー、照れるわー」

「すっごい殴りたいのだけれど……」


 手を握りしめてふるふると震えるエマをまあまあ落ち着けと宥める。根に持たれたら死ぬ自信がある。


「もし、わたしが、恋愛的な意味でかなたのことが好きだと言ったら、どうする?」


 朝食を食べ終えて二人で食器類を片付けていると、平坦な声でそう問われた。


「さあ。まあ、断りはしないんじゃないの? 嫌いじゃないし。なに? 俺のこと好きなの?」

「いや、将来的にそうなる可能性はある、と考えて訊いてみただけだよ。わたしもかなたのことは嫌いじゃないからね」


 ふふっと笑うエマに嘘をついている様子はない。かわいいと言われたら恥ずかしいし戸惑うけれど、だからと言って惚れているわけじゃないということか。まあ、当たり前だな。


「なにがあったって俺から離れたりはしねぇよ。お前と俺が別々になるとしたら、それはお前が俺のことを嫌いになったときだけだ」

「ならないといいな」

「そこは、ならないよって言ってもらえると、男心は揺れるんだけどなぁ……」

「無理だよ、この身体じゃきみの愛を受け止めきれる自信がない」

「なんで俺のほうが先にお前を好きになる前提なのか不思議でしょうがねぇよ」


 自意識過剰なのかな? お互い様か。


「愛してるよ、かなた」

「絵面が完全に家族愛なんだよなぁ」


 いまいちときめかないシチュエーションに、なんだか納得がいかない。本体に言われたらまた違うのだろうが。……合法ロリだが、幼児体型に興奮する趣味はないし。


 うーんと頭を捻る俺に、ロリババアはくすくすと楽しげに笑うのだった。


「おい今なに考えた」

「なんにも」


        × × × ×


 朝食を食べ終えてまずするのは訓練である。未来予知のだ。


 この未来予知だが、ぶっちゃけ俺が思っていたのより遥かに性能が高い。指定した未来は思うがままに見れるし、なんなら『自分が死ぬ未来を死ぬ一時間前に』と設定しておけば死ぬ一時間前にその未来を見ることが出来る。


 とは言え、もちろん制限はあり、俺が見れるのは三日後までの未来だ。


 戦闘に関しては今のところ役立たずで、そんなのを見ている暇があったら相手を見たほうが早い。しかし、慣らせばこれは大きな武器となる。


 未来予知は頭の中にビジョンが映し出されるため、視界が狭まるわけではない。故に、慣れれば相手を見ながらその行動を予知することも出来るようになるらしい。


 というわけで、俺は毎日その練習を行なっているのだった。まず、と言ったが、ぶっちゃけそれしかしていない。


「ヴィジョンと現実に見ている光景を重ねて、軌跡を浮かべるんだ。きみが見ているのは常に一秒後の未来だから、一秒後にどうするべきか直感で動けるようになるまでが初歩だよ」


 簡単に言ってくれるが、全然簡単じゃない。初めの頃は酔って何回吐いたか分からないし、酔わなくなっても頭の処理が中々追いつかない。


「まあ、一ヶ月前よりはだいぶよくなったよ」

「そりゃ、ずっとやってればな……」


 エマがボールを投げ、未来予知を発動させたままの俺がそれをキャッチするという練習を朝から昼まで、昼食を挟んで、昼から夜までやり夕食を食べ風呂に入って横になる。ちなみに一度も外に出ていない。


 うつ伏せになった俺の背をエマの小さな手でマッサージしてもらうのがもう習慣づいている。なかなか甲斐性のある女である。


「魔法はいいのか?」

「いいよ……っつーか、未来予知をマスターするのが、現状一番死ぬ可能性が低くなる」

「ふぅん……まあいいけど、そろそろ、ギルドにでも行って冒険者になってもらうよ」

「やだ」


 ばしんっと平手で思い切り叩かれた。


「痛ぁっ! なにすんだよ!」

「いつまでもここに引きこもってるきみが悪いんだろ!」

「やだよ! 死にたくねぇもん俺!」


 ぐらぐらと身体を揺すられる。が、断固として拒否する。もう危ない目には遭いたくない。


「引きこもってたらそのうちお金も尽きるだろう!」

「またカジノにでも行って荒稼ぎすりゃいいんだ、そんなもん! とにかく俺はもう二度と街の外には出ない! 路地裏にも行かない!」


 真面目に未来予知マスターに励んでるのだって、死にたくないからだ。それに尽きる。わざわざ危険な外に出るなんてバカのやることだ。


「手伝ってくれるって言っただろ!」

「こんな危険な世界だと誰が思う! 俺がここに来て三日で何度死に掛けたか覚えてるか⁉︎ 13回だぞ! 13回‼︎ 命がいくつあっても足りねぇよ!」


 うぐぐ、と唸っているエマには悪いと思うが、本当に出たくない。痛いのはもう嫌だ。


「で、でも、今のきみならもう充分戦えるはずだよ」

「世界で一番俺が強いなら外に出てやる」

「それは……ちょっと」

「ならこの話は終わりだ。俺はニートを貫く」

「……人選、間違えたかなぁ……」


 後悔したようにつぶやいたエマは俺の背中から降り、布団に潜り込むと上目遣いで見つめてきた。……そんなものには惑わされない。惑わされませんよ、ええ。


「ダメかな?」

「……だ、ダメだ」

「絶対?」

「……ぜ、絶対」

「はあ……なんでそんなに嫌かなぁ。他のみんなはそれなりに楽しんでるみたいだけれど」

「よそはよそ、うちはうちだ」

「そんな母親みたいな……魔神復活阻止が絡んでるとは言え、きみとこの世界を見て回るの結構楽しみだったのに」


 ぼそぼそと残念そうに言うエマはもう諦めた様子だった。そういうところがお人好しなんだよなぁ……ていうか、その台詞は卑怯じゃないですか。


「そのためにわざわざこんな身体で……」


 手をぐーぱーしながらぶつぶつと言われてしまうと、流石に悪いことをしたなという気になってくる。


「あー! もう、分かったよ! 分かりました! 行きゃいいんだろ!」

「ほんとっ⁉︎」

「めちゃくちゃ嫌だけどな……ただし、未来予知をマスターしてからだ」

「うんうんっ、分かった! 約束だよ!」


 やだなぁ。そんな思いも、にこにこと笑顔を振りまく彼女を見ているとどうでもよくなってくる。どうしてここまで懐かれたかね……ともあれ、これからはいかに引き延ばすかに重点を置いていこう。


 わくわくと擬音が聞こえてきそうな彼女を横目に、俺はそんなどうしようもない決意をしたのだった。


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