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おもいでと断捨離

作者: 姪谷 凌作



彼女と別れてから数日が経過した。


未だ諦めのつかない僕は、姉の助言に従って部屋の片づけをしている。


姉に言われるまではさっぱり気が付かなかったが、いざ掃除をしてみると、確かに細々とした部分に埃が溜まっていたり、要らない物が残っていたりして、お世辞にも綺麗とは言いづらいことがわかった。


僕はこの際ただ物を片付けるだけではなくもっと大掛かりにやろうと一念発起した。大晦日を四か月くらいフライングしても問題はないだろう。善は急げというやつだ。


こういうときはまず要らないものを捨てて物の絶対量を減らすことが大事だ。そう言っていたテレビ番組のことを思い出したので、取り敢えず机の上の物を全て床に移して、そこを取捨選択の場とした。


次に、部屋中のものを引っ張り出し、本類や布類等、ジャンル分けして、全て床に並べてみた。


途中、買ったけど忙しくて読み忘れていたマンガが出てきたけど、ここで読み始めたら意味がないと思い無視した。


そうして部屋の中の物を全て床の上に分け終えると、昔遊んでいたおもちゃなどのとっくの昔に不要になっている物や、面倒がって整理しないまま放っておいたプリント類などが存外多いということが分かった。


僕はこういうのをズボラと言うのだろうな、と苦笑した。


僕は手始めに、プリント類から片付けていくことにした。中には中学生の頃の期末テストの問題や、失くして先生に怒られた記憶のある宿題とかも出てきて、少し懐かしかった。


僕はそれらを荷紐で束ねて、ゴミ箱の横に置いた。ゴミ箱はジャンル分けをしたときに見つけた些細なゴミで半分くらい埋まっていたので、替えのゴミ袋を持ってきていおいた。


次は服を整理することにした。高校は制服で、お洒落にもあまり興味のない僕は最低限の服しか持っていないので、これはすぐに終わるだろうと思った。


もうちょっと流行とか気にしようよ、と彼女に指摘されたのは確か一年と半年くらい前だったはずだ。


確か、この奥に・・・・・・・・


山の奥から見つけ出したそれを、僕は床の上に置き、眺める。


彼女と選んだペアルックの白い長袖パーカー。記憶と寸分違わないそれがあった。


確か、去年の冬に着ようと思ったら、もうサイズが微妙に小さくて、置きっぱなしにしていたはずだ。


そのことを彼女に話したとき、私はもう成長止まっちゃったからまだ着られるんだよね、と少し残念そうに笑っていた。


僕はそのパーカーを眺め、溜息を吐いた。


少しだけ、憎らしかったからだ。


正確には、あの時の笑顔を彼女が他の人間に向けているかもしれないと思わされているということが憎らしかった。


それが嫉妬という負の感情であることも分かっていたから、それ以上に悔しくなった。


ごめん、好きな人ができた。泣いて謝罪しながらそう言って別れを切り出した彼女に、他に好きな人ができたという明確な裏切りを正直に打ち明けた彼女に、僕は惨めにもまだ諦めがつかないのだ。


僕はそれに未だに嫉妬し続けるだけで、自分にも多少の原因があったことを無視し続けている。


しばらく会えなかったのは行事等で本当に忙しかったからだと言い訳することも出来たが、言い訳すること自体が罪を認めることに思えて、そんなことは出来なかった。


子供じみた意地っ張りを続ける以外に、悔しさを紛らわす方法は無かったのだ。こうして今の自分があるのだ。自業自得もいい所だ。


彼女に対してどうしようもないくらい怒っているはずなのに、諦めきれないという矛盾が全て彼女のいいように扱われているのではないかという疑いに変換されて、自分の感情がよくわからなくなっていく。


合わせ鏡のように一見終わりがなく見える不定の感情からの脱出口は、見いだせる気配もないどころか、もはや入口さえ見失ってしまっている。しかもそれを自覚しているあたり、救いようがないのだろう。


「わあああああああああ」


僕は答えの出ない堂々巡りの矛盾を強引に忘れるべく、頭を強く振って大声を出し、何も考えないようにした。少し汗ばんでいたので、ドアを閉めてエアコンを二十六度で入れた。


このパーカーは、取り敢えず保留しよう。僕は手ごろな段ボール箱を持ってきて、それを保留箱としてパーカーをしまった。それ以外の服も、手早く整理を済ませた。


思い返せば、僕の部屋が激しく散らかることはめったにない。


それは僕が出した物をすぐしまえる几帳面な性格だからではなく、これといった趣味がないため散らかるほど物がないからであった。


僕の部屋の中にあるものをすべて集めた山の構成要素は、もう雑多なものを残せば文房具等の小物系や本のような無味乾燥なものだった。


本については御多分に漏れずマンガが大多数を占めていて、本棚から溢れるほど持っているわけでもないので、捨てることはないだろう。


僕は本を全て一纏めにして、本棚の上に置いた。これで文房具を片付け終えれば、取捨選択については終わったことになる。


出口が見えたことにやりがいを感じながら、僕は文房具を選定し始めた。


僕はプリント類を先にまとめていて正解だと思った。不必要なプリントは使えるかどうかわからないペンの試し書きにもってこいだったからだ。


いくつか彼女に貰ったものが出てきたが、僕はそれらを全て保留箱に投げ込んだ。迷っていたら誕生日の時に模試があったこととか、付き合って二年記念の時に補習に呼ばれてデートの計画を無しにしてしまったこととかを思い出してまた自分を責めまいと八つ当たりで苛立つのはわかっていたからだ。


そうして、本を除いてすべての取捨選択が終わった。


次は埃を追い出そう。エアコンの効いた空間が少し名残惜しかったが、僕は部屋に二つある窓をどちらも全開にして掃除機をかけた。


掃除機が終わったら、今度は濡れ雑巾を使って隅の方や机などを綺麗にしていく。


一通り終わったころには雑巾の片面が黒くなっていた。こういう目に見える成果っていいよな、と思いつつ次の作業に入ることにする。


最後は、物の並べ直しだ。


元あった物を元あった場所に、物が減って場所が余ったなら、他の物を移動してきて合わせる。


そうして、本以外のすべてのものが片付いた。


本を最後にしたのは理由がある。僕は本を並べるのが好きだからだ。


ただ並べるだけなら、僕はむしろ嫌いとも言っていい。次の本を取っている間にさっき並べた本が倒れて来たりするのが、不器用でせっかちな僕には結構ストレスなのだ。


じゃあ何が楽しいのか、と言うと、一巻から最後まで、数字を並べたり、それをさらにシリーズやジャンルごとに分類したり、本棚の大きさも考慮してそれを入れ替えたりして、最適化していくのが好きなのだ。


日頃から出してすぐもとに戻さない理由は、まとめてこの作業をするためなのだ、と昔母さんに言ったら怒られた記憶がある。


ともかく、僕が片づけをするうえで一番の楽しみはこの作業である。


僕は意気揚々ととりかかった。が、その手が止まるのは存外早かった。


今僕の手の中にあるのは、一冊の参考書。内容はなんてこともないもので、まだ使うものなので、要らないわけではない。


それを僕は数か月前彼女に貸したこと、そしてその参考書の中に一枚の紙切れが挟まっていること、それが重要だった。


僕は歓喜した。マンガのカバー表紙の絵と本体表紙の絵が違ったことに遅れて気付いた時のような喜びだ。


僕はそれを抜き出し、眺めた。絵だった。


机に座った女の子が、「ありがとう!」って言って手を振っているだけの、シャープペンシルで書かれた一枚の絵。


僕はその絵の女の子を見て、彼女に似てるな、と思った。もちろん外見は似ていないけど、どこか雰囲気が似ている。


彼女があの時、「ありがとう!」という言葉に込めた意味。それはもちろん、この参考書を貸した礼だろう。それ以上でもそれ以下でもないはずだ。


だけど僕には、今初めてこれを見つけたという事実が、偶然には思えなかった。


この「ありがとう!」はどういった意味なんだ?


今までありがとう、一緒にいてくれてありがとう、ひょっとすると、波風立てずに別れてくれて、ありがとう、かもしれない。


自分勝手で捻くれた迷惑すぎる被害妄想だとはわかっているが、その発想に至ってしまったせいで、脳内が先ほどの負の感情で満たされていくのは止めることができそうにない。


僕は気付くと、その絵を引きちぎっていた。


絵の中の女の子が、原形もとどめないくらいばらばらに分断されるくらいまで、ひたすらに破り続けた。保留箱の中のものもすべて捨てた。


そうしてふと、我に返る。


紙を破ったりするとストレスの解消になると言うが、そんな訳はなかった。


僕はその場に座り込み、まだ本の片づけが途中であることに気付く。僕は這いずるようにそこまで移動し、片づけを済ませた。好きなことのはずなのに、ちっとも楽しくなかった。


こうして、僕の部屋の片づけは完全に終了した。僕の心中とは対照的に、整然として綺麗だった。


僕は片面が真っ黒になった雑巾をゴミ箱に放り込み、リビングに戻った。


姉がソファーに座ってテレビを見ていた。テレビでは芸能人の浮気がどうのというニュースに大人たちが深刻そうに語り合っていた。


「どう?綺麗になった?」


姉がテレビから目を離さずに言う。


「まあね」


僕はそう答えるしかなかった。





そうして、数週間が経った。


僕は今、彼女の前に、立っている。彼女に呼び出されたのだ。


彼女は、あの時別れを告げられた公園で、あの時みたいに泣いていて、でも今度は、また付き合ってくださいと、懇願している。


彼女に、この一か月弱の間に何が起きたのかは、もちろん解らない。


だから、僕には、どうせその人に振られて、やっぱり妥協して僕のところに来たのだろう、という腐った憶測が当然のように湧いて出てきた。


全く、仕方ないなぁ。


付き合っていた時に何かがあったら、そういってお互いを許してきた。


けれど、怒りから生まれた意地が、それを邪魔する。


もう僕には、さっぱりわからなくなっていた。


だから、僕は全てを投げる。


「正直、俺は今の君が途轍もなく憎い。未だに怒ってる。だから今だって、どうせソイツに振られて、妥協でそんなこと言ってるんだろって思ってる。あの時も今も、嘘泣きで俺を都合のいいように扱おうとしてるんだって疑ってて、君を信用なんてしてないし、出来ない」


言い切ったという感触はなかった。代わりに、途轍もない罪悪感が湧き出す。僕はこの場から一刻も早く逃げ出したかった。


「待って!」


そんな考えを先読みしたかのような、彼女の悲鳴。僕は咄嗟に、逃げ出そうとする足を止めてしまう。


「そう思われていることくらい、わかってる。君に別れようって言って、君を傷つけちゃったことも、わかってる。けれど、やっぱり君が好きなの! 君じゃないと、駄目なの!」


「黙れよ!!」


そう叫ぶとともに、涙が溢れてくる。もう泣かないと決めていたはずなのに、あっさりと、濁流に押し流された。


 


暫く、時間が経った。陽は半分くらい山に隠れてしまっていて、暗くなるのも時間の問題だろう。


僕たちは、まだ止まらないしゃっくりを止めるべく、体育座りをして地面を眺めるのに徹している。


夕立が降りそうだからと言って逃げることも考えたけど、そんな気力は残っていなかった。


「私ね」彼女が、ぽつりと言った。


「私、君を振った時、自分勝手かもしれないけど、私が振られたような、そんな気がしたの。それで私、ずっと迷ってた。もう遅いって思って、その人に告白しようと思ったけど、やっぱり出来なかった。信じてくれなくても仕方ないってわかってるけど、ほんとのことだよ」


彼女が僕に抱いている感情が多分悪意でないということは、解った。


付き合っていたころの笑顔は、きっと嘘じゃなくて、素直な感情だったのだ。


そう思うと、急に言葉が口をついて出た。


「俺はこの前、掃除をしたんだ。要らないものも、君との思い出も、みんな捨てた。君に振られたことも、もう捨てた。だからもう、別れたことを無かったことにするつもりはない。・・・・・・けど、また新しくやり直すのなら、考えないこともない」


ぽたり、と首筋に水が落ちる。つられて見上げると、夕立が降りだしたようだ。


「ほら、濡れるぞ」


 僕の言葉に驚いたのか、狐につままれたような顔をしている彼女の手を引いて、東屋のようになっているところまで連れて行く。


「―――ありがとう!」


 そうやって微笑む涙目の彼女は、どうしようもなく可愛くて。


 本当に、付き合い始めてすぐの頃みたいだった。


―――――帰ったら姉に、「ありがとう!」って言わなきゃな。





普段は異世界モノを書いている私ですが、以前文芸コンクールに出した作品を上げてみました

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― 新着の感想 ―
[一言] 希望がある最後で良かった。 まぁ、捨てたままで姉とファミレス辺りで残念会とかも良いんだけど。
[一言]  この先どうなっていくのでしょうか? 一度生じてしまった亀裂はなかなか元には戻らないけど、乗り越えなくては先に進めないという教訓のように感じました。
2017/02/01 10:49 退会済み
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