いざ、仕分け・配達へ
宅配便センターの前に到着する。こんな早い時間なのに、もう明かりがついている。みんなもう、到着しているのだろうか。『魔法少女』がバイトに来るという話は通してあるとのことだが、みんな、この格好を見て驚かないのだろうか。ええい、考えても仕方がない! 建物のドアを開くことにする。
「ごめんください……」
「はい、どなた?」
ドアを開けると、40代後半くらいの、背は低いががっちりした体型の女性が作業していた。
「今日からここで働かせていただく、守屋真希と申しますが……センター長さんはいらっしゃいますか?」
「センター長なら、7時過ぎに来るわよ。」
この人たちは、どうやら、早朝の仕分け担当の人たちらしい。タカナシ社長は、『センター長に、魔法少女が来ることを伝えてある』と言っていたが、それ以外の人には伝わってないのだろうか。
「若い女性のバイトが来るという話なら、聞いているわよ。さ、中に入って。」
建物の内部は、それほど広くはなく、荷物が満杯に入ったカゴ車と、ほとんど入っていないカゴ車が所狭しと並んでいる。そこでは、彼女と同じくらいの歳の女性があと二人、そして背が高い初老の男性が作業していた。
「これがあなたのタイムカードね。出勤時と退勤時に押して。あと、タイムカードだけじゃなく、端末の操作も必要になるから。」
女性は携帯端末を取り出し、操作の説明を始めた。出勤時だけでも、かなり面倒だ。これを毎日やらなきゃいけないと思うと、先行き不安になる。
「じゃ早速、仕事の説明をするから。ここの荷物を、それぞれの番地に分けるの。置くときに、この端末で打ってからね。注意して欲しいのは、時間指定があるものはよく見て、十四時以降だったら専用の置き場があるから。あと、1丁目は、『商店街』のものは別置きになるから。わからなかったら聞いてね。3丁目は、1番地と2番地で置くところが変わってくるから。あと、6丁目も、マンションの分は別置きになるから。それじゃ早速、始めてみて。」
あまりにも早口の説明で、私は面食らいそうになっている。大丈夫なのか?
「あ、そうそう。軍手持ってる? もってない。じゃ、ひと組、あげるね。指先を切っておくと、端末の操作をしやすいわよ。」
軍手とハサミを手渡される。言われるがままに、軍手の指先を切って、手にはめてみる。多少なりとも気合が入ってきたが、やはり不安であることには変わりがない。宅配便の仕分けと聞いて、舐めていた自分が恥ずかしい。魔法少女スーツを着ているはずなのに、一向に自信が持てない。そんな時にふと、タカナシ社長の言葉を思い出した。
『いくら魔法少女スーツといえども、着ただけではスキルは身に付かない。』
『魔法の合言葉を唱えてもらわないと。』
そうだ。『魔法の合言葉』を唱えないと、スーツの効果は発揮されないんだった。そんなことも忘れるなんて、すっかりテンパってる私。
一旦表に出て、深呼吸する。えーと、『魔法の合言葉』は……と。
「宅配便仕分けスタッフスキル・インストール!」
これでいいのかな?なんか特に、代わり映えしないんだけど……
部屋の中に戻り、改めてカゴ車を見てみる。さっきまで不安で仕方なかったのが、妙に落ち着いてきた。なんか、この仕事できそう! と思えてきた。これが、魔法少女スーツの力なのかな?
荷物を一つ一つ、手にとってみる。これは2丁目……決まった置き場においてみる。次、3丁目1番地……1丁目商店街……6丁目マンション……5丁目……おっと、14時以降指定だから、専用の置き場に置かないと。
なんか私、それなりに仕事できてるし。確かにこの魔法少女スーツ、最初は胡散臭いものだとタカをくくっていたが、案外、ほんとうに効果あるのかも! とはいえ、『魔法の力』で、荷物が空を飛んだり、急に力がついて重い荷物が運べるようになるわけではないらしい。それは、面接の時に聞いたとおりだ。重い荷物の時は、男性スタッフ――高橋さんというらしい――に頼んで、運んでもらう。ただ難点としては、あまりにスカートが短すぎるため、荷物を置くときに見えそうになってしまうこと。実際、見えているのかもしれない。しかし、ここに居るのは年配のスタッフばかりだし、それはあまり気にしないようにしよう、今はとにかく、仕事に集中――
今ある荷物が一通り片付き、次の荷物を乗せたトラックを待つことになる。様子を見に、駐車場へ行く。今の時期、この格好だとさすがに寒いな。綺麗な日の出――前に見たのはいつのことだろう?
しばらくすると、トラックが到着する。荷降ろし作業は慣れてないと危険だというので、ちょっと離れたところで見守る。今度は、カゴ車の他に、大きな冷蔵庫も到着する。通常の荷物を片付け、冷蔵・冷凍便の仕分けに入る。作業を進めていく最中に、配達の人たちがやって来て、荷物の準備に入る。仕分けをしながら周りの様子を伺うが、みんな手際よく荷物の準備をしている。
仕分け作業が一通り終わる。時計を見ると、7時半。結構いい時間になっている。
「ちょっといいかな?」
一人の男性に呼び止められる。30代前半くらいだろうか?
「はじめまして。ここのセンター長を務めさせていただいてる、鈴木と申します。」
もっと年配の方を想定していたが、意外と若いんだな。
「仕分け作業は、大変だったかな?」
「最初は大変そうに見えたけど、やってみると、意外と出来ちゃいました」
これも、このスーツの効能かな?
「これから、配達に行ってもらうけど、大丈夫かな?」
そうだ。この仕事、仕分けだけでなく、配達もあるんだった。ちゃんとできるかな?今から不安になってきた……でも、このスーツがあれば、なんとかできるような気がした。仕分け作業だって、なんとか出来たことだし。
「君に行ってもらうのは、マンション2件だけ。ドライバーと一緒に車に乗って、配達に行ってもらう。帰りは、台車を押して徒歩で帰ってもらう。といっても、そんな距離じゃないから。じゃ、ドライバーが準備できるまで、ちょっと待ってもらえるかな?」
ドライバーが準備できるまで、駐車場で缶コーヒー飲んで、しばらく待つことにした。
ドライバーの準備が出来たようだ。20代後半くらいの男性の方だ。宅配便の帽子を渡されて、
「じゃ、早速行こうか。本当は制服を着なくちゃなんだけど、臨時バイトだし、君の場合、その可愛い衣装が、制服みたいなもんだからね。」
車の助手席に乗ろうとすると、大きい冷蔵庫が陣取っていた。一体、どうすれば?
「荷台に乗ってもらえるかな?ちょっと狭いけど」
なんですか。私は荷物ですか。言われるままに、荷台に乗る。確かに狭いな。車が発進する。結構揺れる。数分して、マンションの前に到着する。ドライバーが荷物を下ろすので、少し手伝う。マンションのエントランスに入る。どうやらここは、オートロックのマンションのようだ。
「オートロックのマンションは、結構面倒なんだよね。だから、バイトを頼んだっていうのもあるけど。」
そこで、お客さんの呼び出し方・不在票の書き方・宅配ボックスの扱い方など、一通り教わる。教え方が駆け足なのが不安だ。ドライバーが、電話番号を書いた紙を渡し、
「君の担当は、ここともう一箇所、隣のマンションだから。何かわからないことがあったら、ここに電話して。それじゃ、僕は別の配達先に行くから。」
荷物を乗せた台車を残して、ドライバーは去っていってしまった。ここからは一人でやらなきゃいけないのか。いけない、また不安になってきた。いや、こういう時こそ、魔法少女スーツの効能だ。仕分け作業だって、最初は不安だったけど、なんとか出来たわけだし。大丈夫だ。
私は、一旦マンションの外に出て、
「配達員スキル、インストール!」
仕分けの時は駐車場だったので、割と声大きめでもよかったのだが、今回は、一般道、しかも周りが住宅地なので、やや小声でつぶやいた。この合言葉は、声の大きさなどは関係あるのだろうか?
エントランスに戻り、インターホンを前にする。お客さんが出たとき、まともに言えるのだろうか? どもったり、噛んだりしないだろうか? 本当に、スキルはインストールされているのだろうか? ちょっと心配……
確か、一番上の階から始めるんだっけな。送り状の部屋番号を見て、インターホンを押してみる。指がかすかに震えている。本当に大丈夫だろうか……
「はい」
早速、お客さんが出た。
「おはようございます。白ネコ便です。一番最初に、お届けにあがります。少々お待ちくださいませ」
先ほど教わったとおり、スラスラ言えた……やはりこれが、魔法少女スーツの効能だろうか? 自動ドアが開いたので、荷物の乗った台車を挟み、ドアを閉まらなくする。ここがポイントらしい。続けて、上の階から下の階まで、インターホンを押してお客さんを呼び出してみる。不在の場合は、一旦送り状をまとめておく。全部の部屋が終わったので、いよいよ台車を押し、配達に向かうことにする。
まずは、最上階から。部屋番号をよく見て、ドアホンを押してみる。
「は~い、今行きま~す!」
出たのは、50歳くらいの女性の方だった。
「あらまあ、可愛いお嬢さんねぇ。担当、変わったの?」
「いえ、短期バイトで……印鑑かサイン、お願いします。」
手渡されたシャチハタの印鑑を押し、
「ありがとうございました~!」
何だ私、結構ちゃんと仕事できてるじゃん。これがスーツの効能か、結構すごいもんだねと。同じ要領で下の階に向かい、一通り配達が済んで、再びエントランスへ戻る。続いて、不在だった部屋で、宅配ボックスに入りそうなものは、ボックスに入れる作業だ。さっき、一通り操作を教わったのだが、ちゃんとできるだろうか。操作を間違わないように、ゆっくり丁寧に。出来た。ボックスに入らない、大きな荷物や冷蔵・冷凍便の荷物は、一旦センターへ持ち帰り、不在票を投函することになる。教わったとおり、不在票を記入し、ポストに投函。出来た。ここのマンション、一丁上がり!続いて、隣のマンションへ向かう。
管理人さんと思しきおじさんが掃除をしていたので、まずは挨拶。
「はじめまして。今日から白ネコ便で働くことになりました、守谷と申します!」
「おはよう!おお~そうかい。うちあての荷物、届いていないかい?」
そういえば、『管理人室あて』の書類があったなと。管理人さんと管理人室へ戻り、書類を手渡し印鑑をもらう。
ここのマンションは先程と異なり、オートロックではない。直接、部屋まで向かうことになる。まずは一番上の階から。インターホンを押し、
「おはようございます!白ネコ便です!」
呼んでも反応がないので、教わったとおり、不在票を書き始めることにする。不在票を書き終わった頃に、もう一度呼び出してみる。出ない。不在票を投函し、次の部屋へ。
一通り配達が終わる。結局、在宅している部屋と不在の部屋、半々くらいだった。台車を押し、センターまで帰ることにする。家の近所なので、迷わず行けそうだ。いつもの道なのに、なぜか景色が違うように感じた。働いたあとの充実感だろうか?
センターに戻ると、受付のお姉さん一人だけいた。
「センター長からの伝言なんですけど、今日は、持ち帰った荷物を片付けたら、あがって良いそうです。」
「そうですか!ありがとうございます!」
タイムカードを押し、携帯端末で退勤の操作。やはり、ちょっとややこしい。
「お疲れ様でした!お先に失礼します!」
時計を見ると、9時半。『定時保証』というやつで、10時までの給料がもらえるとのこと。ちょっとラッキーだったな。
うちの派遣会社は、給料振込ではなく、直接手渡しとのこと。午後から、事務所に給料取りに行こうかな。でも、ちょっと疲れたな。軽くベッドに横になろう……