面接~私は、魔法少女になる
面接会場である派遣会社の事務所は、地下鉄の駅、出口近くの雑居ビルの一室にあった。予定時間の十分前についた。私としては頑張った方である。インターホンを鳴らし、
「すみません、本日十三時から面接予定の、守屋真希と申します」
ドアを開けたのは、私と同世代の、事務員と思しき女性だった。
「こちらにどうぞ」
応接セットのあるところに案内された。テーブルには、既に書類が用意してある。
「履歴書をお預かりします」
女性に、履歴書を手渡す。正直、恥ずかしい。
「それでは、こちらのエントリーシートご記入くださいませ」
彼女は去っていった。
テーブルの上の書類は、『エントリーシート』と書いてある。エントリーシート。嫌な響きである。仕方ないので、上から順に埋めていくとする。名前・守屋真希。年齢・二十七歳。住所・千葉県I市B町……実家住所・親と同居なので割愛。最終学歴・W大学文学部……大体ここまでは、履歴書と一緒である。希望職種……なんでもやります。希望勤務地……どこでもいいです。そもそも、選り好みしている余裕はない。問題は、ここからである。『過去に経験のある仕事』。事務、営業、接客、コールセンター、倉庫内作業、サンプリング……いろいろな職種が記載されていて、経験のある仕事に丸をつけるようになっているが……該当するものはない。面接官に、どう思われるのであろうか。続いて、パソコンスキルと書いてある。ここは自信がある、ブラインドタッチ……もちろん可。しかし、そこからが問題である。『ワード・エクセルの実務経験』実務経験だァ?そんなもん、あるわけないっつーの! この、忌々しい『エントリーシート』とやらは、ここで終了だった。
書き上げて5分くらい経つと、三十代後半くらいの、長身で短髪でメガネをかけ、スーツを着た男性が現れた。これが面接官だろうか。
「はじめまして!タカナシと申します」
と言って、名刺を渡された。『ことりキャスティング 代表取締役 小鳥遊ユウ』と書いてあった。『小鳥遊』のところに『タカナシ』とルビが振ってあった。珍しい苗字である。この人物が社長であるらしい。学生時代、就職活動『らしきこと』をやっていた時は、一次面接、二次面接、そしてやっと役員面接で、社長面接などあるところは数える程である、と聞いた。それが中小企業では、いきなり社長が登場するのであるのか。
「それでは、エントリーシートを拝見させていただきます」
私が書き上げたエントリーシートをしげしげと見つめ、そして、こう言い放った。
「正直、厳しいねぇ」
え? それって、仕事がないっていうこと?
「派遣会社のクライアント、依頼主の企業というのは、即戦力を求めてくるものなんだよ。年齢のこともあるし、この年まで、バイトを含めて職歴なしというのは、正直、企業の方も採りたがらないんだよ」
面接、失敗か? それじゃ早速気持ちを切り替えて、ほかの会社に面接のアポ取らないと。しかし、同じことを言われたらどうしよう。やはり、27歳で、バイトの経験もないというのは、どこの会社も採用してくれないのか……などと考えていると、
「ん? ちょっと待てよ」
タカナシ社長が、小首をかしげた。
「ん? うんうん。いいよ。こりゃいいよ」
急に彼は笑い出した。一体、何があったのだろうか。
「君、何でもやるって言ったよね」
はあ、確かにエントリーシートには、そう書きましたが。
「魔法少女を、やってみないか?」
魔法少女に、なれと?
はあ? 突然何を言い出すんですかこのおっさんは(世間から見たら若手社長に見えるが、私から見たら十分におっさんである)。そもそも私、少女ちゃうし。27歳だし。
「一体、どういうことですかそれは」
「いや、うちで開発した、魔法少女スーツというのがあってね。それを着ると、様々な仕事のスキルが身につくんだよ」
どういうことだそれは。
「うちが派遣会社をやっているのも、いろんな仕事のデータを抽出するためであってね」
はあ。
「知り合いの祈祷師に頼んで、『魔法少女スーツ』に様々な仕事のスキルをインプットする。スタッフが、それを着る。すると、様々な仕事のスキルが身に付く。そういうことだ」
さっぱりわけがわからないんですけど?
「見る限り君は、基本的な能力値は高いと思うんだ」
まあ、褒めてくれるのは嬉しいんですが。
「君に足りないのは、『職歴』だ。それは、このスーツが補ってくれる」
確かに、職歴が欠けているというのは分かるのだが。
「なんでまた、そんなもんを作ったんですか?」
訊ねてみる。
「私は、現在の仕事状況を変えたいのだよ」
タカナシ社長が応える。
「君みたいに、基本的な能力値は高いが、仕事に就けなくて困っている人は、今の世の中、大勢いると思うんだ。そんな人の、助けになりたい」
はあ、そういうもんですか。
「で、やってくれるね?」
いきなりそんなこと言われても。
「このプロジェクトに、君のような、モデルケースになりうる人は、そうそういないんだ」
まあ、そうかもしれませんけど。
「もちろん、協力してくれるからには、こちらもそれなりの好条件を出すつもりだ」
好条件とは、これいかに?
「時給3000円、日払い可能、というのはどうだ?」
ちょっとだけ、私の食指が動いた。今時、そのような条件は、水商売や性風俗業でない限り、ありえないからだ。まして、私のような、職歴なしの人間にとっては……
「正直、君には、断るという選択肢はないと思うんだ。君のような、ある程度年齢が行って、職歴なしの人間は、今時、まともな職にありつけないと思うから」
魔法少女がまともな職とは思えないが。しかし、彼の言うことも尤もだ。私のような立場の人間が、まともな職にありつけるとは、まず考えられない。まあ、とりあえずやってみて、嫌なら辞めりゃいいし。
「じゃあ、とりあえず、やるだけやってみます」
「よくぞ言ってくれた! それじゃあ、早速、魔法少女スーツに着替えてみようか」
え? 着替えるんですか?
「まずは、スーツを着たところを、私に見せて欲しい」
「魔法のバトンやコンパクトで変身するんじゃないんですか?」
冗談っぽく言ってみた。
「そんなの、漫画やアニメの話だよ。もっと現実的にいかなきゃ」
いや、いくら着替えると言ったって、『魔法少女』という存在自体が、非現実的なものなんですが。
「早速、うちの倉庫で着替えてもらおうか。お~いみっちゃん、案内してやってくれ~!」
先ほどの事務のお姉さんが、大きな紙袋を片手にやってきた。おそらくこれが、魔法少女スーツとやらなのだろう。
「こちらにどうぞ」
事務スペースの奥のほうが、倉庫になっていた。書類の入ったダンボールが、山積みになっている。ここで着替えろということだろう。ドアを閉め、紙袋の中身を確かめた。中には、パステルピンクのベストとミニスカートが3着づつ、そして白いブーツが1足入っていた。なんか悪い予感がするが、とりあえず、今着ているリクルートスーツを脱いでみた。まず、ベストを身に付ける。予感的中。ヘソ上10センチくらいしかなく、しかも、私の無駄に育った胸を、大部分露出させている。続いてスカート。膝上20センチほどで、これまた私の無駄に育った太ももを以下略。これに、ブーツを履くという寸法だ。まあ、今更乙女の恥じらいなどというのもどうかと思うのだが、それにしても、もっとなんというか。これはないだろうという感じである。第一、もはや十一月下旬で、もうそろそろ冬の足跡も聞こえてくる頃である。こんなカッコで、風邪でもひかないのだろうか。それとも、そのへんは、『魔法』のパワーとやらで補うというのだろうか。あれこれ考えていても仕方がない。とりあえず。倉庫から出て、先ほどの応接セットのところに戻る。タカナシ社長が、ニヤニヤ笑いながら、私のことを――特に、大きく露出させた胸と腹と太ももを中心に――ジロジロ見る。
「いや~素晴らしいよ、素晴らしい!」
あまり認めたくはないが、私も、そろそろ『おばさん』の域に入りかかっている。こんなババアに、こんな衣装を着させて、一体こいつ、どういう趣味をしているのだろうか。
「もともとこのスーツは、女子高生や女子大生に着せるという前提で作ったものなんだが、いやはや、大人の女性が着るのも、目の保養になるものだなぁ」
言ったな。こいつ、目の保養って言ったな。いかんいかん、そろそろ本題に戻らないと。
「で、これを着たら、色々な仕事のスキルが身につくんですよね?」
「もちろん。しかし、着ただけでは、スキルは身に付かない。魔法の合言葉を唱えてもらわないと」
今度は、魔法の合言葉と来たもんだ。それこそ、漫画やアニメの設定なのではないだろうか。
「『○○スキル、インストール!』と叫ぶんだ。しかも、なるべく大きな声で」
インストール、ねぇ。つまり、自分に、いろんな職業のスキルを『入れてあげる』わけだ。
「……わかりました」
「そうそう。一点、注意事項がある」
なんだ? 注意事項って。
「スキルをインストールするのは、非常にパワーがいるのだ。みだりに使うと、無駄にパワーを浪費してしまう。だから、仕事始めや肝心な時にとっておいて、ある程度慣れてきたら、インストールせずに仕事につくことだ。わかったね」
わかったようなわからないような。
「それじゃ、仕事の案件が来たら、電話かメールで連絡するから。じゃ、今日はこれで」
「ありがとうございました」
といって、事務所のドアを開けようとした時に、肝心なことに気がついた。魔法少女スーツのままなのだ。
「着替えさせて、ください……」
「やだ」
社長は、即答した。
帰りの電車の中、季節的にコートが必要な時期なので直接見られるわけではないが、コートの下の魔法少女スーツと、そこから露わになった生肌を、ジロジロ見られているようで、思わず赤面する。なんでこんなカッコで帰らなければならないのだろうか。あのニヤケ社長は、スーツに慣れるためとか、スーツにカラダをなじませるためとか、あ、逆だったかもしれんが。とにかくわけのわからない理由で、魔法少女スーツのまま帰らせたわけだが、これは、一首の羞恥プレイというやつなのであろうか。いや、そうに違いない。どこまでも悪趣味なやつだ。
家に帰り、玄関でブーツを脱ぐ。親に見られたらどうかと思うので、自分の部屋に持ち帰る。魔法少女スーツも着替えようと思ったが、面接の疲れがどかっと出て、そのままベッドに横たわる。時計を見た。まだ15:30。もっと時が経ったかと思うくらいに、いろんなことがあった。人生初の面接らしい面接。その内容が、魔法少女になれと。非現実的にも程がある。予定では、帰ったらネット生放送で、面接の様子をリポートする予定だったが、いくらなんでも、魔法少女になりました~なんてのは、リスナーのいい笑いものだ。さて、これからどうなるのか、などと考えていたら、急に睡魔が訪れた……