私が、総監督なはずなのに……
ライブカフェバー当日。
私は、予定時間5分前についたのだが、店の中に入ると、既に機材の準備も進んでいて、出演者も全員集まっている。その陣頭指揮をとっているのが、サラだ。
「あ、サラ、おはよ~」
「遅い! 何がおはよ~よ! こういうのはねぇ、30分以上前に会場入りして、準備を進めていくものなのよ! わかったら、じゃまにならないところにいて、おとなしくしてなさい!」
カウンターの中には、瀬尾マスター,と……タカナシ社長!
「社長! なんでここに!?」
「いや、今日は君の晴れ舞台だからね、うちの業務全部中止にして、こっちに来ちゃったっていうわけ」
「あの子……大柴サラさんだっけ? 彼女を呼んでくれて、二人共、ありがとう!それにしても彼女、こういった作業、手際よくすすめるなぁ。経験者かな?」
やっぱり、ここで褒められるのはサラのほうなんだよな。もっとも、今実際に忙しく働いているのはサラで、私はな~んにもしてないんだからなぁ。
「何、柄にもなく凹んでるんだ?」と、タカナシ社長。
「だって、もともとは私に声がかかった話だったのに、私、何もできなくて、全部サラに丸投げしちゃって、悔しいし、私って無力だなと思うし」
「そんなことで悩んでいたのか。なんなら、イベント準備スキルでもインストールするか? まあもっとも、今のところ、そのようなスキル、うちでは用意できてないのだが。今後のために、サラ君のスキルを入れておきたいところなのだが。」
ほんのちょっぴりでも期待した私がバカだった。
「こう考えればいい。今回の総監督は、あくまで真希だ。君は、このイベントの『頭脳』だ。サラは、あくまで君の下で働く部下、いうなれば『手足』だ。そう考えると、頭脳である総監督は、あまり動き回るべきではない。デーンと腰を据えて、周りの状況に目を配る。それが、今の君の仕事だ。わかるね?」
そう言われてみると、少しだけ安心した。別に、何もしていないわけではない。周りの状況を把握しようとしているだけだ。なんだか気分も楽になってきており、さっき、こっぴどいことを言ってくれたサラに、ちょっと言い返してやろうか。
「お~い、手足~! この私、『頭脳』の言うこと聞いて、ちゃんとやってくれよ~!」
サラが、一瞬だけむっとした顔をし、次の瞬間、すぐに元の作業に戻った。
「あと、こんなの作ってきた」
タカナシ社長が差し出したのは、名刺ケースだった。中には、
『ことりプロモーション プロデューサー 守屋真希』
と書かれた名刺がある。
「今の君の仕事は、どっかり腰を据えること、あとそして、周りの出演者やスタッフさんに、挨拶回りをすることだ」
わざわざ今日のために、こんなものまで作ってくださって……ありがとうございます!
技術スタッフの方は、まだ作業の途中だったこともあって、先に、出演者から挨拶まわりすることにする。
「本日、担当を務めさせていただきます、ことりキャス……じゃない、ことりプロモーションの守谷と申します!よろしくお願いします」
挨拶回りをしているうちに、どこかで見た顔を見かけた。
「あ、君たちってもしかして……駅の特大ビジョンに映っていた」
「はい、『ニート姫』さんですよね」
どうして彼女たちが、その名を?
「嫌だなぁ。生放送で、ダンスで出てもいいですかって言ったの、私たちなんですよ~」
でも、駅の特大ビジョンに映っていた時は3人組、今は2人しかいないが?
「ごめんなさい、一人、いま病気で入院していて、現在2人で活動しているんです」
確かに、ダンスもOKとはいったものの、3人で踊るとなると、かなり窮屈になってしまう。結果的に、2人でよかったのかもな。
え~と、これで、挨拶したのが6組。これだけだったかな……あ、いけない、忘れてた。
「サラー! 関谷雅人さんはまだ?」
「ああ、言い忘れてたわ。あの方は、開場してから来るって。だから、リハーサルもなしで大丈夫だって。当然だけど、今回のメンバーで場馴れしているといえば、トップクラスだからね。だから、あの人のことは、心配しなくていいよ」
機材のセッティングが住むと、サラの進行で、リハーサルが進む。さすが、慣れてらっしゃる。元ライブハウス店員。今も、技術スタッフの方は忙しそうなので、名刺を渡す余裕がない。こういう時は……
座席の丸椅子をひっつかんで腰掛け、腕組みする。総監督の仕事って、これでいいんだよな。
「そうだ、それでいいんだ。総監督がオロオロしてしまうと、みんなも心配になってきて、みんなが団結できなくなってしまうからな。君の今の選択は正しい」
リハーサルが一通り済み、技術スタッフの方が手秋になってきたので、挨拶することにする。
「はじめまして! 今回、総監督を務めさせていただきます、ことりプロモーションの守屋と申します! 今日一日、よろしくお願いします!」
「いや、僕たちてっきり、総監督は大柴サラさんで、あなたは付き添いのお友達くらいにしか思ってなかったけど、途中から、総監督らしくなってきましたね。我々も、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします!」
確かに、技術スタッフの方からすれば、サラの方が総監督に見えるのは無理はないだろうなぁ。でも、途中から、私のことを総監督と認識してくれるようになってくれたみたいで、よかった。