催事販売って、なに?
前の仕事が終わったっきり、仕事の案件が全然来ない……仕方ない、ネットゲームで時間を潰すか。バイトで稼いだ額が、随分溜まってきたので、課金アイテムも買えるし。おっといかんいかん。ゲームも程々にしておかないと、また前の生活に逆戻りだ。
そんな生活になって1ヶ月くらい経ったところ、事務所から電話がかかってきた。
「おう!お久しぶり!元気してた? ゲームもいいけど、程ほどにな!」
あんたが仕事の案件をくれないから、ゲームに逃避してたんじゃないか……
「実は、俺が前働いていた会社で、女性スタッフが欲しいって言ってな。仕事内容は、『駅構内催事販売』なんだけど……」
催事販売? それって何?
「この場合、鉄道会社と契約して、駅の一角にブースを出させてもらって販売する、それで、売上の中からパーセンテージで『家賃』を払うという、そういうシステムだ。」
「で、どんなものを販売しているんですか?」
「いわゆる『乾き物』魚介乾燥製品、そうだなぁ……焼きアジやさきいか関係、あと豆菓子、ドライフルーツなどだな。ただ、え~っと……」
タカナシ社長が、なにか答えづらそうにしている。
「何かあるんですか?」
「その……そこの社長がな……」
「何ですか!? 気になるじゃないですか!」
「ちょっと、癖のある人物なので、覚悟しておいてほしいってことだ」
「癖のあるって、どういうふうに?」
「う~ん。現段階では、働いていればわかるとしか言えないなぁ。まあ、変な上司のもとで働くのも、いい経験になる。やってくれるね?」
今回もいつもと同様、ノリでゴリ押しされてしまった。
「時間は、午後6時から10時半くらいまでの、4時間半程度だ。あとで詳細メール出しておくから。よろしく~」
そう言って、一方的に電話を切られてしまった。まあ、仕事自体は、魔法少女スーツの効果は実証済みだし、なんとか出来そうだけど、その『社長』とやらがなぁ……果たして、どうなることやら。
メールに書いてあったとおり、最初の勤務地は、自宅から近いターミナル駅とのことだ。1つの駅に1週間程度滞在し、それから、次の駅に向かう。今回の仕事は、3現場分やってほしいとのこと。社長がどんな人物かしらないけど、まあやってみますか。
ここ数日、肌寒い天気が続いたが、今日はだいぶ暖かくなって、魔法少女スーツも着心地がいい。相変わらず、露出が多いのが気になるが。
駅に着いたら、待ち合わせ場所を探せとのことだった。あれかな? 待ち合わせ場所の近くにある、おつまみがいっぱい並んでいて、『5袋で1800円』という看板があるのが。近くまで行ったら、やっぱりそれらしい。店では、ホスト風の青年、おばさん、それと、そうだなぁ、パンダそっくりの、正確に言えば、都心の動物園に近い駅の、待ち合わせ場所にあるぬいぐるみ、そんな感じのおじさんが働いていた。
「初めまして。ことりキャスティングから参りました、守屋と申します!」
「おお、君か~よく来てくれたね~」
パンダ風のおじさんが言う。この人が、例の社長とやらなのだろうか?
「それじゃ、山田さん、上がっていいよ~」
社長と思しきおじさんが、おばさん――山田さんというらしい――に言う。山田さんは、
「君が今日から入ってくれるんだね。どうもね。よろしくね」
そう言うと、帰り支度を始めた。どうやら山田さんは『早番』で、私が来たら帰ることになっているらしい。
「俺が社長の佐藤、で、そこの男の子が、現場担当をやってくれている、山路くん。お~い山ちゃ~ん、教えてやってくれ~!」
ホスト風青年――私と同世代くらいか――山路さんは、
「あ、はじめましてよろしくお願いします。」
展示台の裏に行くように促される。目の前には、いまどきどこの会社が使っているのか、というような、古びたレジがある。
「うちは1080円均一なので、数字を入れる必要はないです。ただ、ここを押して頂ければ。じゃあ次、呼び込み行ってみましょうか」
山路さんが、ささっと呼び込み例を書いてくれる。
「まずは、この通り読んでみてください。なるべく大きな声で、なんですけど、あ+んまり大きすぎると、駅からクレームが来てしまうので、程ほどに調節してください。それじゃ、言ってみましょうか」
呼び込み令を片手に、早速やってみようと思ったが、ふと思い出した。
「あ、ちょっと済みません。一旦、外に出てきていいですか? すぐ戻ってきます」
山路さんは「どうぞ」と言って、私は一旦外に出ることにした。スキルをインストールしてなかった。
表に出ると、特大ビジョンで、女の子3人組が踊っていた。その脇で、
「販売員スキル・インストール!」
これで大丈夫だ、多分。
戻ってくると、早速、呼び込み例、先日働いたコールセンター風に言うところの『トークスクリプト』を片手に、呼び込みしてみることにした。
「ただいま、こちらでおつまみの展示会を行っております~!工場直売! 作りたてのおつまみ、120種類展示しております~!お時間のある方、ぜひお立ち寄りください~!」
ここでいくつかの疑問が沸き起こった。『工場直売』というが、本当にこれだけの種類のものを、いっぺんに作れる工場なんてあるのだろうか? 大企業ならまだしも、こんないかにも中小企業っぽいところで。それに、120種類というが、本当にそれだけの種類あるのだろうか? それなりに品数豊富ではあるが、120というのは、いくらなんでも水増しだろう。
そう考えているうちに、人だかりができてくる。これも、スーツの力なのだろうか? それとも、若い? 女性が売り子やっているのが珍しいのだろうか? こういった業界では、おじちゃんおばちゃんが中心、というイメージがあるし。そういえば、山路さんのようなタイプも珍しいかな。
「守屋さ~ん、ちょっと来てくれるかな~?」
パンダ親父……佐藤社長が呼ぶので、呼び込みを山路さんに代わってもらい、社長のところに行く。
「これから、試食の食べさせ方を教えるから、ちょっと見ててな。」
ちょっと離れたところで、社長の様子を見ることにする。
「これが、うちで焼いた焼あじ。刺身のあじを焼いてますからね、冷凍ものじゃないですよ。そしてこれが、お菓子の品評会でグランプリ賞をもらった豆。これが、昨日テレビでやってたいちごトマト。うちは製造元ですからね。ぜ~んぶうちで作ってるの」
いろいろ突っ込み隊気持ち満載だったが、あえてそこは目をつぶることにする。
山路さんの呼び込みもちょっと聞いてみたいと思い、耳を傾けることにする。
「ただいま!7時までのタイムサービス! 7袋で1080円で販売いたします~!」
お、タイムサービスの時間なのか。ここは、呼び込みは彼に任せて、試食を食べさせてみることにする。断る人も中に入るが、かなりの確率で食べてもらっている。私の食べさせ方がうまいのか? それとも、これもスーツの力か?
そろそろ7時。タイムサービス終わりか?
「只今より、7時半までのタイムサービス!」
またタイムサービスかよ!
結局、ずっとタイムサービスは繰り返され、9時を過ぎてからは、「閉店間際のサービス!」になっていった。
10時になって、佐藤社長が、
「じゃ、そろそろ終わりにしましょう。俺は、車とってくるから。山ちゃん、彼女の面倒見てやってくれ」
山路さんが、商品の入ったケースを台車に載せたり、展示台のライトを片付ける作業を始めたので、私も、少々手伝うことにする。
荷物が一通りまとまったところで、駅の外まで運ぶ。
「守屋さん、1台づつ、ゆっくりでいいですからね。通行人にぶつけないようにしてくださいね」
先程もちらっと聞いたが、通行人にぶつけてしまい、クレームになると、鉄道会社に始末書を書かなければならない。慎重にゆっくりと、運ぶことにする。
駅の外のガードレール沿いに、一旦荷物をまとめる。佐藤社長、まだ来てないようだ。
「あいつ、いっつも来るの遅いんですよね~悪いんですけど、11時ぐらいになっちゃう可能性がありますので、それまでやってもらえますか? もちろん、残業代はお支払いしますので。」
私は、いいですよ、と答えた。しばらく、山路さんとふたりっきりで荷物番することになりそうなので、ここであえて、販売の時の疑問点を聞いてみることにした。
「工場直売って言ってますけど、本当にここの会社で全部作ってるんですか?」
「そんなわけ、ないじゃないですか! あくまでうちは、商品を仕入れて、パック詰めしているだけですよ! 前なんかも、お客さんに、『どうせ、詰めてるだけでしょ!?』と言われて、『そう、詰めてるだけ』って答えたんですよ。」
山路さんの佐藤社長のモノマネが、妙にうけた。
「あと、ずっとタイムサービスやってましたが、あれは?」
「もともとは、ずっと『7袋で1080円』でやってたんですよ。いや、消費税改定前なので、『7袋で1050円』かな。でも、売上がだんだん落ちてきたので、看板には5袋って書いて、タイムサービスということにしておいて、お得感を出すようにしたんですよ」
そっか、商売のコツも、いろいろあるもんだなぁ……
「あ、あいつ来た。おっせ~よ!」
2トンのロングのトラックだろうか。運転席を見ると、確かに佐藤社長が見える。歩道沿いに、縦列駐車をしようとしているのだが、なかなかうまくいかない。こういう仕事をやっていると、なれているとは思うのだが、ぎこちない。ひょっとして、運転下手?
やっと駐車ができたところで、佐藤社長が、運転席方出てきた。
「はい、ご苦労さん、ご苦労さん!」
それから、山路さんが、手際よく荷物をトラックに詰める。初めての私は当分見ているだけで、それは仕方ないのだが、よく見ると、佐藤社長も、ほとんど何もやってない。これでいいのか……
搬入作業は速やかに終わる。時計を見ると、10時45分だった。
「時間が伸びて、悪かったね。これで、ラーメンでも食べてくれ~」
そういって、佐藤社長は、1000円札を差し出す。外食のラーメン食べる習慣はないのだが。まあ、安いとはいえ、ほとんど何もせずに残業代をもらえたのはラッキーだったかな。
「じゃ、明日また、よろしく~」
そう言って佐藤社長は去っていったが、すぐに、スクランブル交差点のど真ん中で立ち往生している。ほんとにあのおっさん、運転が下手なのか……