傍迷惑テロリズム
天使の輪っかが見えそうなほど穏やかな顔をして気を失っているスズメさんに、マジで死んじまったのかと思った時、カッと効果音が付きそうな程勢いよく瞼を開けた。
「あはー。アキちゃん心配してくれたのー?」
思わずスズメさんの頭を叩いてしまった僕は悪くないと思う。
人が散々心配してやったのに、当の本人は叩かれても尚ニヤニヤしていてこっちを見る物だから怒りも湧くだろう。
自分でも分かる位ゴミムシを見る目でスズメさんを見ている。
「あはは。アキちゃん痛ーい」
「知るか」
つい、チャームポイントである敬語もすっ飛ばして返答してしまう。
だって考えてもみてください。こっちは本気で心配してるのに相手はからかって試してただけって......、ああ、考えただけでも腹が立つ。
「まあ、実際に一回死んじゃったし、あの世では殺人レベルの衝撃でも多少動けなくなれど、すぐにピンピンに回復するから。
心配損だったねぇ、アキちゃん♥︎」
うふ、と笑いながら顔をぐいっと近付けてきたスズメさんの顔に拳骨を減り込ませたいと思ったのは間違いじゃないと思う。
ああ、この人は何故こうも人をイラつかせるのが上手いのか......。
僕の中で危険人物すっ飛ばしてただの腹立つ人認定されそうだ。
はあ、と溜息をついて立ち上がり、スススっとユキさんの後ろに避難する。
「近寄らないで下さい。ケダモノ」
ジト目でスズメさんを見つめて、どす黒いオーラを体全体から放出した。
それでも怯まないのか、スズメさんは未だにニヤニヤしながら立ち上がり、椅子を持って元々置いてあったであろう場所に近付いた。
どうやら、意外とマナーはなってるらしい。
スズメさんが持っている椅子の脚が床に当たるのと粗同時にドンッ、と爆発音がデパートに鳴り響いた。
「え、ちょ、オレの所為じゃ無いよ!?」
あまりにもタイミングがタイミングだった為、店の人や僕らに疑惑の目を向けられ焦るスズメさん。ちょっとレア。
そしてまた相次いでドンッ、ドンッ、と鳴り響く爆発音にデパートの雰囲気が急に、焦りと恐怖と困惑の色に染まる。
お客さんは我先にへと持っていたフォークやらナイフやらスプーンやらを放り出して、ドアに突進した。
その勢い、まさに鋭利な刃物が猪レベルの速さで過ぎ去るようなスピードと破壊力。
人の群れの力は素晴らしい。拍手が出ます。
そして店内に残ったのは僕とユキさん、コトさんにスズメさんだけ。
嗚呼、見事にマンションの住人だけがその場に残った。
うふふ。川の向こうで御花畑をバックにお婆ちゃんが手を振っている......。
「アキちゃん。その川渡っても此処に戻るだけだよ?」
はい知ってます。お婆ちゃんもきっと此方側の何処かにいるのでしょう......。
そして、デパート内の全スピーカーから声が聞こえてきた。
『あー、あー。えー......、俺らは『黒辰組』! このデパートは既に制圧されている。二、三回死にたくねぇなら大人しく一階のロビーに来いっ! 制限時間は10分だ!!』
ブツッと乱雑に切られた放送にデパートの色がパニックに染まる。
それでも此処にいる僕以外の三人はパニック處か、余裕綽々とした態度で其処に立っていた。
一番に動いたのはスズメさんだった。
袖口から昨日のナイフを取り出し、舌舐めずりをしながら店の外に出る。
ちらり、と見えたその目は黒く濁り、興奮と悦楽に顔を歪ませていた。
そのままフロアに建て付けられている柵を飛び越え、一気に下へと飛び降りた。
(って、ええええ!?)
ちょ、此処十五階!普通骨ごとぐしゃってなる!あまりにも無謀だ!
「まあまあ、アキ。そう焦ることは無いわ。スズメに任せておけば十分も経たないうちに全部終わるわよ」
「いつもはニヤニヤしてのらりくらりとしてるけど、戦闘の実力は本物だから」
コトさんとユキさんに窘められ、深く息を吐き出した。
まあ、確かに見ていて一挙一動に無駄が無く洗練された動きをするから疑ってはいない。
唯、あの人は本当に何ものなんだろう。
あの異常な強者の雰囲気には寒気を覚える。
だが、やはり分かっていても心配な物は心配だ。
僕もフロアに出て下の階を覗き込む。
確かこの店はロビーの真上に位置している筈だ。
......瞬時に僕の中のスズメさんに対する心配の気持ちがシュルシュルと萎んで行った。
まるでおもちゃのピンでも倒すかの様に黒辰組を薙ぎ倒し、張り倒し、蹴り倒し、更には服を鷲掴んで壁に投げ飛ばす。
よくは見えないが恐らくスズメさんは今、とっても良い笑顔で敵を伸していっているのだろう。
やはり、あの人の強さは異常だ。
心の底で誰かが呟いた。
その呟きは周りに伝染していき、スズメは一体何たるかを議論している。
ーー彼ははもしかして軍人だった?
ーー嫌、それにしてはあの性格でやって行けるとは思えない。
ーーではスタントマン?
ーー実際に殴ることはしないだろう。
ーーじゃあ......
その声は心の臓を侵食していき、遂に頭にまで到達した。
ーーーーーー
じぃっと下を見つめる彼は知らないし、分からないだろう。
彼の瞳の瞳孔がまるで機械の様に、彼を分析しようとしているかの様に拡がったり、狭まったりしていることに。
その様子をまるで敵を見る様に、しかし悲しみの目で見つめるユキの姿があったことに......。