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三雲統は夢を見る

ちょっとした小話です

 双子だなんて、縁起が悪い。

 それが、幼い時分から私たち姉弟にかけられてきた言葉だった。

 江戸時代の商家なんかでは、双子や三つ子は畜生腹などと呼ばれて忌み嫌われたというけれど、まさか今、そんなことを言われるとは思ってもみなかった。鉄の塊が空を飛び、夜でも真昼のように明るい現代に。


 それでも三雲家には、情けないことにそういう風習があったのだ。

篤史が調べたところによると、双子が当主に立った代で、不吉なことが連続して起きたのが原因らしい。家が火事で燃えたり、子供が亡くなったりといったことだ。元禄の頃の話で、医療も発達していなかったから仕方がないだろうし、そもそもその時代、火事は珍しくなかった。

 それでも、それは物珍しさも相まって、双子の当主のせいになってしまう。


 それ以来、三雲家では双子は「忌み子」として嫌われてしまうのだった。


 だが、私たちの両親はリアリストだった。そんな言い伝えは愚かな迷信だと一刀両断し、あれこれ口うるさい親戚から庇ってくれた。


『統、篤史。お前たちが双子だと気に病む必要は全くない』


 そう言って堂々と外野の親戚に対峙した父親の顔は、いつでも私の背筋を伸ばしてくれる。


『お母さんもお父さんも、二人が生まれてきてくれて本当に嬉しいのよ』


 そう微笑んで等分に頭を撫でてくれた母親の柔らかな手は、いつでも心の奥底を温めてくれている。


 だから――。


「統ちゃん、どうかしたの?」


 女子寮の自室で両親からの手紙を読んでいると、背後から声をかけられた。振り向いてみれば、お風呂上がりの加菜子が髪を拭きながら立っている。


「それ、御実家から?」


「ええ。……三雲家の跡取りをどうするかという話よ」


「ああ……」


 加菜子も私の事情は知っている。三雲もなかなか大きな家だ。跡取りであった篤史が亡くなった今、その座を狙うものはたくさんいる。性別年齢問わず、両手では足りないくらいだ。

 それだけのものを、三雲当主は持っている。


「てっきり統ちゃんが跡取りになると思っていたけど」


「私の両親はね、そのつもりみたい。ただ外野がうるさいのよ」


 篤史が死んだのは、双子だったせいだ。これ以上双子をのさばらせておけばこの先何が起こるか分からない。三雲統も追放しろ――そんな風に因縁をつけて、両親に迫ってくる輩もいるようなのだ。


「恐ろしいね、良家っていうのは」


「そうね、あそこは悪鬼の巣窟よ。自分のためならなんだってやる人間がたくさんいるもの。微妙に権力や金を持っているから、鬱陶しいことこの上ないわ」


「ふふっ。そんなこと言いながら、統ちゃんは面白がっているでしょう。口角が上がってるよ? 私は葛城だから分からないけれど、きっと当主になったら、もっと大変なんだろうね」


「それはそうね。お父様なんかを見てると、頭が上がらないわ。あんなことをよくやっていられるわねと思うもの。お母様はお母様で大変そうだけれど。あれを見ていると、金持ちの奥方になりたくて鵜の目鷹の目の女の子たちに言ってやりたくなるわ――『本当に、その覚悟があるの?』ってね」


「あはは、統ちゃん、それ、行野君に付きまとう女の子に言ったことあるじゃない。その時の笑顔があまりにも怖くて、行野君も私も、平凡でよかったって後で話したのよ」


「何それ、心外だわ」


 一くさり二人で笑いあう。心がふっと軽くなり、手紙を読んでいる間中続いていた頭痛も消える。加菜子の顔を眺めているだけで、気分がずっと良くなるのだ。

と、彼女の瞳に突然真剣な光が宿った。


「そういうところ、一条グループはどう考えているのかしら」


 一条。一条真妃。

 確か、あの家は、一人娘だったはずだけれど――。


「普通に考えれば、一条真妃が家を継ぐんでしょうね。そのために必要な教育も受けているはずだわ」


「統ちゃんや篤史君みたいに?」


「ええ。だけど、彼女はずっと入院生活を送っていたでしょう。体が弱くて、公の場に出てきたことはなかったの」


 そう。今回、やっと症状が回復して五月川学園への転校が決まったのだ。その情報が駆けめぐったときはけっこうな大騒ぎだった。いまだかつて姿を見せたことのない本物の深窓の令嬢。一体どんな少女なのか。誰が学園で親交を深めるのか。子供の世界を飛びだして、大人たちが真剣に議論を重ねていた。


 それが、ふたを開けてみればとんだじゃじゃ馬だったわけで――。


「病院では、教育にも限界があったんでしょうね。これから矯正していくのかもしれないけれど、もはやそれは不可能というのは明らかでしょう。どこかから優秀な男を見繕ってきて、婿入りさせるのが妥当だと思うわ」


「ふーん。じゃあ、あのハーレムにも、そういう意味があるのかな」


 加菜子が肘をついて、遠い目をしている。なるほど確かに、一理ある。


「家の命令で、ね……。それなら、五月川学園は絶好の狩場だわ。ちょっと歩けば、適当なのがどこにでも転がっているわよ。でも、残念なのは、学園が日本にあることね」


「うん?」


「日本じゃ、一妻多夫制は認められていないもの」


 加菜子が爆笑し始めた。何かツボに入ったらしい。ベッドに突っ伏し肩を震わせる彼女を眺めながら、ぼんやり思考を巡らせる。


 一条は一条で、家の鎖に縛られているのだろうか。

 あの媚びたような態度は、教育もままならなかった彼女なりの処世術なのだろうか。

 上手く周りの人間を転がすのは、いつも病室に囚われていたから?


 ――だとしても、私の逆鱗に触れたことには違いがないの。それを理由に悲劇のヒロインを気取ってきたら、知っていたわと高笑いしてやりましょう。



加菜子と相部屋なのは、統が手を回したからに違いない。


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