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「きゃーっ、マキ、また百点だったよぉ~。センセー、褒めて~」


 篤史の死から、二日後。学園は何事もなかったかのように回り始め、雰囲気はいつも通りだ。生徒が一人亡くなったことを、一体どれほどの人が覚えているだろう。


「真妃、よくやったな! 毎回満点じゃないか! いいか、皆も一条を見習うんだぞ」


 壇上でもっともらしい説教をしているのは、情けなくも我らが担任、笠原。このクラスの英語を担当している。

 彼の授業はなかなかシビアで、毎回小テストが課されるのだ。小と言っても難易度はえげつなく、平均点は四割を切るともっぱらの評判だ。

 そんな中で、我らA組だけは平均点が高い。たクラスと十点もの差がつくときもある。もちろん、英語が得意な生徒が集まっているとか、皆の努力の成果だと言われれば否定できない。だが――。


「最近弛んできているんじゃないか? 今回満点だったのは一条だけだぞ! 二年生の生活に慣れて、予習復習を怠ってはいけないんだ」


 そう。いつも「なぜか」百点満点を叩き出す、一条真妃の存在が大きいのだ。彼女は常に「よくやったな、真妃」の言葉と共に、答案を返される。そのときの砂糖菓子の如き笠原の笑顔もさることながら、「えへへっ、ありがと~。センセーの教え方が上手いからだよっ」という一条の返事には鳥肌が立つ。そのたびに男子は一条を褒め上げ、女子は冷たい視線を送る。

 それでも、人の心に棲みつく疑惑はやがて野火のように広がっていく。

 ――一条真妃はカンニングをしているのではないか?

 いい加減、こちらも猿芝居には飽き飽きしてきたのだ。


「三雲! 聞いているのか!」


 考え込んでいると、笠原の厳しい声が飛んできた。

 彼は笠原の答案用紙をクラス全員が見えるように掲げ、鬱陶しい熱弁を振るっているところだったのに、うつむいている私が目に留まったらしい。

うっそりと顔を上げれば、こちらを睨み据えている。斜め前の席に座った加菜子が気遣わしげに振り向いていた。


「ええ、聞いています。予習復習に励めというお話でしたね」


「そうだ! 今回のお前の点数は何だ! 色々あったのは知っているが、そんなものは怠けの理由にはならん!」


 お笑い草だ。もはや彼に人並みの理性を期待することは難しい。私はなるべく申し訳なさそうに肩をすぼめた。


「申し訳ありません。常に九十五を上回っていたのにもかかわらず今回九十四などという点を取ってしまったのは、不徳の致すところです。私は弟の死を気にしないで勉強できるほど冷淡ではないので、つい勉強を怠りました。次回は、満点を取ってみせます」


 ざわり、と教室の空気が動く。今まで内気でおとなしい生徒として通っていた三雲統が、反抗的な口をきいた。そんな驚愕が私を中心に波の如く拡がっていく。廊下側の席の一条だけが、瞳をぎろりと底光りさせていた。

 魂が抜けたように私を見つめている隣の席の女子に微笑んでみせると、ポッと頬が赤くなる。

 この調子なら、次回の小テストを受けることはないだろう。

 面子を潰された笠原が、顔を真っ赤にして歯ぎしりした。


「その態度は何だ、放課後、職員室へ来るように」


 ▽ ▽ ▽


 笠原攻略に、一条のカンニング疑惑を使わない手はない。それが私の出した結論だった。

 ただ問題は、どのように証拠を掴むかということ。

「センセーの教え方が上手」などと言ってはいるが、まさか地道に勉強しているということはないだろう。あのテストで「毎回」百点を取るのは至難の技なのだ。私でさえも、そしてかつて篤史でさえも、

――このテストにおいて、満点を連続で取るのは不可能。

と決断を下したのだから。

 あらかじめ笠原から問題ないしは解答を教えてもらっているに違いない。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」


「それで、私は何をすればいいの?」


 放課後、人気のない四階の社会科資料室。突然の呼び出しにもすぐさま応じてくれる加菜子と行野は、頼りになる友人だ。めったに使われることのないこの部屋は、密談には絶好の場所。埃っぽいのを除けば、お気に入りと言ってもいい。


「すくりーんしょっと、というのをやってもらいたいのよ」


「……スクショか。了解だ」


「あと、このノートパソコンの画面を印刷することってできるかしら?」


 私は小脇に抱えたノートパソコンを指差してみせる。白色の頑丈そうな見た目で、なかなか重い。


「図書館に行けばプリンターがあるから可能だが。それは誰のものだ?」


「笠原雄二教諭のものよ」


「どういうこと!?」


 加菜子がカッと目を見開いて、忙しく私の顔とノートパソコンを見比べる。行野は相も変らぬ無表情で、私の手からパソコンを取った。


「統ちゃん、どうやってそれを……?」


「簡単よ」


 おろおろしている加菜子に肩を竦め、手短に説明する。


「今日の英語の授業で、職員室へ来いって笠原に言われたでしょう? それ、笠原の私物を五月会室へ移動させるためだったのよ」


「統ちゃん一人で?」


「当然。じゃなきゃ罰の意味がないでしょう。あいつの授業で目立った甲斐があったわ」


 笠原は職員室へ出向いた私に、五、六箱の段ボールの山を見せ、今日中に誰の手も借りず五月会室へ移すようにと言い放った。私は悄然とうなだれてやり、今にもスキップしそうな足取りの笠原が消えるや否や、箱を開けてみたというわけだ。


「で、私物のノートパソコンがあったから、持って来たの。五月会室へ行く途中、ちょっと寄り道したって構わないわよね?」


「統ちゃん……もしもその用事を頼まれなかったら、どうするつもりだったの」


「それこそもっと簡単よ。笠原のいないうちに職員室へ行って、『パソコンを持っていくよう頼まれました』と騙ればいいのだもの。それくらいのこと、すぐに忘れてしまうわ」


「統ちゃんが楽しそうで何よりだね」


 もはや何も言うまい、という雰囲気で口をつぐむ。でもその口元が、ひくひく震えているのが分かった。肩もぷるぷるしている。頬の緩みも抑えられていない。

 案外、加菜子も楽しんでいるのだ。


「このパソコンで何をするつもりなんだ」


 電源を立ち上げた行野が聞いてくる。私はいよいよ愉快になって、笑顔がこぼれるのを我慢できなかった。体の隅々に血が通っているのが感じられる。


「一条のカンニング疑惑については知っているわね?」


 二人が一斉に頷く。きっと二年生の誰に聞いても、同じ反応が返ってくるだろう。


「どうやって問題や解答を伝えているのか考えたの。思いつく限り、二つあるわ。一つ、直接会って教える。二つ、何かを媒介して教える。一つ目は却下ね。一条はいつでもハーレムに囲まれていて、笠原と二人きりで会う機会はないもの。寮に帰ってからは取り巻きはいないけれど、その代り男子禁制。笠原自身も接触できないわ」


「そうすると、携帯かパソコンか、ということになるわけね」


「その通りよ。ただ、あの小テストは難しいだけあって、単純な○×問題じゃない。打ち込むのに時間がかかるわ。英語ならなおさら、携帯ではやりにくいでしょう。たぶん、パソコンのメール機能を使っているわ」


「だが、問題が一つあるぞ」


 笠原のパソコンを前にした行野が呟いた。


「これには、パスワードがかけられている」


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