宇宙人の要求
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なんの前触れもなくそれは現れた。
空に浮かぶおびただしい数の物体。誰の目にも、宇宙人の円盤であることは明らか。
ただちにテレビ中継車がやってきて、全世界に放送される。
これから何が起こるのか。かたずを飲んで見守る人々。
やがて、変化がある。円盤からガッガッガッと、無機質な機械音。人々の頭の中へひびく声。
「地球の者を差し出せ。百人ほどは必要。ある星へ、連れて行くのだ」
同時翻訳した言語をちょくせつ脳に伝えているのだろう。仕組みは分からないが、素晴らしい技術。どの国の人々にも、宇宙人の言っていることは理解できた。
声はつづく。
「さもなければ、地球の者を全滅させる」
驚愕以外の、なにものでもない。たちまち全世界は騒然となる。
友好的な宇宙人かも知れないとの期待は裏切られ、悪い予感の方が当たってしまったのだ。
「期限は三日。それまで我々はここで待機しておく」
すぐに各国の代表者が集まり、緊急会議が開かれる。
「地球の者を差し出せと言ってきているが、奴らの目的は何なのだ」
「強制労働か、人体実験か、とにかくよいことに使うとは思えない」
ひとりの者が同意する。
「そうだろうな。我が国ではあらゆる手段を講じ、彼らと連絡を取ろうとしたがムリだった。なしのつぶて。うんとも、すんとも言ってこない。後ろめたいところがあるのだろう。だいいち、連れて行く者たちにヒドイことをしないのなら、最初で目的を告げているはず。地球の者を全滅、という言葉に彼らの残酷さが現れている」
もうひとりの者が立ち上がった。テーブルをどんと叩いて、主張する。
「奴らの要求は飲むべきではない。決まりだ。理不尽に過ぎる。人を差し出してみろ、エスカレートしていくぞ。次は二百人、今度は三百人。地球人は無条件で言いなりになると思われたら、おしまいだ。ぜったいに戦うべき」
その場の者がみな、うなずく。
戦闘態勢が整えられる運びとなった。
まずは、軍事力に優れたある国がミサイルを発射する作戦。最新型であり、今のところ世界でいちばんの強力さ。円盤を全滅とまではいかないが、かなりの機体を破壊できるに違いない。
敵に動揺が走ったところで総攻撃。各国が、力を合わせ。
世界中には兵器が充ち溢れている。ケチケチしないで撃って射ってうちまくればよい。これは、戦争だ。
翌日、その国の大統領が電話で命令を下す。
「やれ」
ボタンが押されると、基地からミサイルが上がった。物凄いスピード。円盤めがけ、一直線。
が、その当の円盤はミサイルが近付いても避ける気配すらない。避けようとしたところで、追撃機能も搭載しているのだが。
そして、ものの見事に命中。真ん中で爆音がとどろく。もうもうたる煙。
やったか、と誰もが目を凝らす。煙が、薄まっていく。
中から、元の位置に円盤が現れた。どれもこれも無傷。
ある一機からは緑色の光線が発射される。大統領の国の基地へ。
たちまち巨大な穴があいた。あとには何も残っていない。消し去る、という表現がピッタリ。
円盤からは声。
「ムダな抵抗はするな。素直に人を差し出せ。期限はあと二日」
圧倒的な力の差。なすすべもない。科学力が違い過ぎる。戦ったところで、犬死にするだけ。
ふたたび会議が開かれる。
「どうすればよいのだ。時間は、わずかしかない。奴らの弱点をさぐるのも、新しい兵器を開発するも不可能。要求を飲むしか、ないのか」
「うむ。仕方あるまい。人類が、滅ぼされてしまう」
あの国の大統領が言う。
「奴らほどの力があれば無理ヤリにでも人をさらっていける。要求をしてきたのには、何か理由があるのでは。何度も繰り返したり、エスカレートしたりするとも限らない。一度きりで終わることだって考えられる。理不尽なことに、変わりはないが」
みなは、あれやこれやと意見を出し合う。
かりに宇宙人へ生け贄を差し出すとすれば、どこの国から人を選ぶのか。みな、自分のところから出したくないのは当然。責任は、問われたくない。
国同士の力関係で弱いところから、というのも当然ダメ。のちのち国際問題化して、大変なことになる。どのような大義名分も、通るわけがない。
「ならば各国から一人づつ」という案が出る。公平に。これも、人選の壁にぶつかる。まさか国内においてクジ引きで決めることはできない。
合理的に考えれば未来ある者より、余命いくばくもない者の方がよかろう。生け贄には。しかし、人倫にもとる行為。
それは罪を犯した服役中の囚人も同じ。彼らにだって、人権はある。
死刑執行囚でさえ死ぬまでは人間。宇宙人の生け贄にするべき者ではない。そんな法律など、どこにもない。
かくして、ほとんど何もまとまらないまま運命の三日目を迎える。
円盤からの機械音。ひびく声。
「残り二十四時間。光線の発射準備に入る」
空に浮かぶ円盤の丸い下部がいっせいに光り始めた。緑色。
あの国の基地が一瞬にして消え去った恐怖が、人々の中へよみがえる。
もはや助からないのか。このまま、死んでしまうのか。泣き出す者、呆然自失とする者、神に祈る者。絶望の色が、濃くなっていく。
と、ひとりの者が円盤の下へ歩み出る。慈善活動をおこなっている聖職者。彼女は言う。
「わたしを連れて行きなさい」
今まで円盤の様子を映していたテレビカメラがすべて、向けられる。
彼女は胸の前で手を握り合わせ、ひざまづいた。ためらいのない落ち着いた表情。全世界へ、放送される。
立派なおこない。自分の身を犠牲にして、人々を救おうとしている。なかなか出来ることでは、ない。
これが呼び水になったのか、どうなのか。次々に人がやってくる。一人、二人、三人、四人……。
ある小さな国の元首は胸を叩いて言う。
「ワシも、連れて行け。国民を守らなければならないのだ。国を血で汚したくはない。命など、おしいものか」
やってくる者たちは老若男女さまざま。職業も、国籍も。男女の割合は半々くらい。みな、人を救いたい一心。
二十四時間の後には、軽く百人を越えている。
今度は、円盤の下部の一点が白く光り出す。緑色に白。
何が起こるのだ。もしやあの時の光線よりも、もっと強力なやつなのか。
約束が違う。連れて行かれる者は、集まっている。気に食わないところでもあったのか。
人々は、肝を冷やして成り行きを注視する。
円盤から、集まった者たちへ次々と白の光線が当てられた。体が、宙に浮く。吸い込まれていく者たち。
やがて円盤からの声。
「我々が想定していたなかで理想的なかたち。星へ連れて行く者たちは、十分に集まった。繁殖に必要な条件を満たしている。任務完了。我々との別れ。永久に」
おびただしい数の円盤は雲の向こうへと消えてしまった。
狂喜する人々。抱き合い、肩を叩き合い、なかにはキスをする者も。命が助かったと、涙が止まらない。
宇宙人は言っていた。「我々との別れ。永久に」。もう二度と、地球にはやってこないのだろう。そういうふうしか、解釈できない。
連れて行かれた者たちはどのような目に合うのか。それは分からないし、知りようもない。
しかし、彼らに対し感謝の念で溢れている。彼らは、身を呈して人々を救ってくれた英雄なのだ。立派な像と碑を作り、後世にその名を残していこう。
多くの人々がそう考えていた時、空がピカリと光った。
あっ、という間もない。発射された光が地球を緑色に包むと、そこにいた人々はみな死んでしまった。
円盤の中で宇宙人は言う。
「戦争ばかりしているあの星をそのままにしていたら、いずれ我々にも害が及んでいたことだろう。宇宙にまで憎しみを持ち込まれたら、困るのだ」
もうひとりの宇宙人がうなずく。
「うむ。しかし科学を発達させるだけの知能はあった。完全に、馬鹿というわけでもない。うまくいけば我々と友好関係を結び、利益になることだって」
「要求をしたかいがあった。三日間だけチャンスを与えたかいが。我々が本当の意味で望んでいる通りになった。それ以外なら、全滅させるしかなかったのに。人を差し出されても」人間たちを振り返る。「自己犠牲精神の持ち主ばかり。移住先の星で、争いごとを起こす心配もない。平和な世界を作りあげてくれるはず。今回の件も、教訓にして」
「そうだな。この者たちに期待しよう。そして、その子孫たちに……」
-了-