おぞましい聖夜
一年でこれほどまでにおぞましい日などない。
煌めく金の十字架に色鮮やかな灯り、天使の飾りに赤い服の髭面の老人。家族連れに大きな包み。溢れんばかりのごちそう。
そう、年に数度、家族が揃う日の一つだ。
世の人々は最も待ち遠しい日の一つだろう。
しかし、私にとっては、最も忌々しい日だ。
昔は他の子供たちと同じように髭面の老人を待ちわびた。教会にも行って讃美歌を歌い、司祭に祝福を貰った。
だが、ある日突然それは奪われた。
贈り物は消え、ごちそうが消え、家族が揃わなくなった。
三つ下の妹は怒り、母は唇を噛み涙を流す。
私にとって、聖夜などはそんなものでしかない。
信仰心は消えた。望みも消えた。
生まれたのは殺意と憎しみだけだ。
この時期は、すれ違う人間すべてが憎く見える。
あいつを殺す。こいつも殺す。あの餓鬼も、あの老婆もすべて殺す。
髭面の老人も、木の上の天使もすべて殺す。
そう思える程度にはすべてが憎かった。
だが、それも今日で終わらせる。
すべて終わらせよう。
すべては今日この日のための計画なのだから。
船舶免許は取った。船も借りた。熱心に精神科に通い、障害者手帳と薬も手に入れた。
数年ぶりに家族に連絡を取った。船上パーティーの同意も得た。安っぽいクリスマスケーキに、チェーン店のフライドチキンも用意した。不格好な包みのプレゼントも、小さな偽物の木のツリーも、アルコールもみんな用意した。
計画は念入りだ。
もう、数年前から立てた計画だ。
邪魔など入るはずもない。
しかし、計画というのは立てる段階が楽しいのであり、実行するとなると相当な緊張がある。
まずは見つからないこと。怪しまれないことが大事だ。
私の世代ならば、極めて平凡であろう軽自動車は収入に見合った妥当な車だ。色はシルバー。これもまた平凡だと願いたい。よくある中古車だ。
目立つ色は避けたかった。すべてはこの日のためだ。
時計を確認する。
午後六時。冬の空はもう暗い。
待ち合わせをした、父を一番に見つけ、次に妹が来た。少し遅れて母が来たのを確認し、船に乗り込む。
家族が揃うのは何年振りだろう。
妹が家を出てだいぶ経つが、その前の年にはすでに父が家に戻らなくなっていた。
本当に、数年ぶりの家族が揃う夜だ。
父に酒をすすめ、母にも同じようにすすめる。道産のワインは昔から好きだ。睡眠薬が入ってなければの話だが。
妹にも酒を勧められたが、船の操縦と帰りの運転があると告げ断る。これも計画通りだ。
ワインには薬を仕込んである。この系統の薬というのは大抵アルコールと相性が悪いもので、下手をすれば昏睡に陥るだろう。
父は昔から酒癖が悪かった。酒を飲むと暴れ、よく私や妹を殴った。
母は気性が激しかった。自分の気分で私を殴ったり蹴ったりした。
妹もまた気性が激しく、よく吠えた。まるで犬のようだ。
私は昔からこの家族が嫌いで仕方がなかった。
だが、今夜でお別れだ。
最後くらい、最悪のクリスマスを楽しもうじゃないか。
チキンに手を伸ばし、貪る。
目の前で三人、倒れている。
そろそろか。船を進める。
もっと遠くへ、遠くへ進もう。
ここだ。ここなら問題ない。
ビニール手袋を装着し、用意した縄を三人に巻いていく。もちろん重石を付けて。
予想以上に肥満の父は重かった。予想以上に母も重かった。動かない人間というのは思っていた以上に重いものだ。
しかし計画に問題はないはずだ。
こんな夜に船はないだろう。
目撃者なんてあるはずもない。
だが、念のため、灯りを消す。
もう一度あたりを見渡して、灯りが無いことを確かめた。
「さよなら、父さん。二度と家に帰らなくて済むよ」
挨拶を一言添えて海に突き落とす。
死因は溺死。日本人なら自殺と断定してくれよ。父さんは、家に帰りたがらなかったからね。
今度はもう少し船を進める。
また、人がいないことを確認する。
「さよなら、母さん。もう、父さんのことで悩む必要はないよ」
あの世で出会わなきゃね。と一言付け足し水底に沈める。
そして、最後は妹だ。
恨みがないはずがない。
嫌なことはすべて押し付けてきた妹だ。よく吠えて、私を殴り蹴った妹だ。
「さよなら。もう、お前の面倒はこりごりだよ」
二度と浮かびあがってこないように、海の中に放り込んだ。
厄介な家族とお別れできた。
これで二度と会うことはない。
これで、もう、おぞましい聖夜が来ることはない。
非理想的な家族は消えた。
港を目指し船を進める。
今度は理想の家族を作ろう。
酔って殴る父の居ない、嫌味を言って蹴る母の居ない、吠えて暴れる妹の居ない理想の家を作ろう。
おぞましい夜に、髭面の老人に願うのは、絵にかいたような理想の家族だ。
もう、壊れることのない永遠を望む。
もう、壊すことのない、理想的な家族を。