春の暁
その櫻の木、泪を流し。
その櫻の木、偽りの微笑を浮かべ。
その櫻の木、春を搾取され。
春の屏風の前に居て、豊かに誇張した君の優艶な指先を視る。描かれた稗史的な君の曲線が抜け殻であること、それは私にとって此の上の無い疲弊。春の愚劣な澱み、それを好む人間は然り。疎む人間は魯鈍。感じれぬ人間の烏滸がましさの甚だしい噺。
春の風、愉快と謂う者、疎み。
春の風、憂鬱と謂う者、嗜む。
春の屏風の裾を捲り、真理の櫻の木の下にて瞑る虚像の櫻の木、見て寂寥を覚え。淡い紅が染む袂に一瞥やれば、意識と反して零れる泪。その泪、汚濁して。
嗚呼、滑稽。
春の屏風を畳み、気がつけば虚無となった虚像の櫻の木。眼前に広がる大きな櫻の樹林、その優艶さは愚か。確かに此処にあった虚像の櫻の木の君、想ふ。
嗚呼、呵責。
春の屏風を仕舞った時には既に、消え去った君との想ひ出。
嗚呼。