泥棒のジョン
ジョンはその日、いつものように泥棒に入る家を物色していた。ニューヨークの街はクリスマスムードに包まれ、きらびやかな電飾があちこちで光を放っている。この時期、人々の心は浮つき不用心になる。泥棒稼業にとって、かき入れ時なのだ。
「さて、どこに忍び込むか」
ジョンはこの稼業を始めてもう5年近くになるが、未だ警察に捕まったことはない。何故ならジョンは非常に集中力があり、緻密で用心深く、おまけに几帳面、とても真面目? な性格だからだ。
「ん、あの家はよさそうだ」
その家は古風なレンガ造りの家で暖炉の煙突が突き出している。
「家の造りから見て金はありそうだ。セキュリティーも入っていないようだな」
ジョンはこの家で一仕事することにした。
念のため呼び鈴を鳴らす。反応はない。
「よし、誰もいないようだ。鍵は掛かっているが、このタイプならすぐに開けることができる」
ジョンはわずか数十秒で家に侵入することに成功した。そして、商売道具の小型ライトで室内を照らした。
「な、なんてこった……」
ジョンはライトに映し出された光景を見て愕然となった。
ジョンの目の前には乱雑に散らかった服、本、食べ物、ごみ等々が積み重なり、その散らかり様は泥棒に入られた後よりもひどかった。
「これじゃ足の踏み場もない、仕事をするには足元が片づいていないと危険だ」
ジョンは取りあえず仕事をしやすいように乱雑に散らかった物を片づけることにした。
「しかし、よくここまで散らかしたものだ」
几帳面なジョンにとってそれは信じ難いことだった。
「洋服はハンガーにかける! 本は踏みつけるような所に置かない!」
ジョンは独り言をぶつぶつと言いながら懸命に片づけた。
「よし、やっとキレイになった、これで気持ちよく仕事ができる……」
と、その時、玄関のドアが開く音がした。
「しまった、家主が帰ってきた」
ジョンは片づけに集中し過ぎたため時間が経つのを忘れていたのだ。
家主のリチャードは老人クラブでビンゴに夢中になり、つい帰りが遅くなってしまった。
「ふうー、ずい分遅くなってしまった。ビンゴも程々にせねばいかん」
そう言いながら、リチャードは玄関のドアを開け、照明のスイッチを入れた。
「オー、何ということだ。私の家がこんなにキレイに片づいているなんて! しかし、いったい誰が? おや、あなたはどちら様かな?」
リチャードは家の奥に直立不動で突っ立ているジョンに気がついた。
「へ、へい。あっしは家の片づけ隊でございます」
「家の片づけ隊?」
「へい。散らかった家をキレイにする仕事です」
ジョンはとっさに出まかせを言った。
「はて、私はそんな事を頼んだかな?」
「インターネットでのご依頼でした」
「はぁー、そうか。インターネットだと気が付かない内にクリックしてしまうことがある。この前も注文した覚えの無い靴が届いたことがあった」
「まあ、よくある事で……」
「それにしても、どうやって家に入ったのかね?」
「へい。鍵が開いておりましたので、勝手に入いらせていただきました」
「そうか。最近、歳かな? 鍵を掛け忘れるとは…… そうだ、いくらお支払いすればいいかね?」
「いえ、いえ。これはお試しですので料金はいただきません」
「なにを言う、こんなにキレイにしてもらって料金を支払わない訳にはいかない。さあ、これを」
そう言って、リチャードは財布から100ドル紙幣を数枚差し出した。
「少ないが、今、これしか持ち合わせがなくてな。次も、ぜひ頼むよ」
「へ、へい。では遠慮なく。ありがとうございます」
3年後、ジョンは20人の従業員を抱える社長になっていた。会社の名前は『ジョンの片づけ隊』
世の中、結構、片づけができなくて困っている人がいるものだ。ジョンは前職からすっかり足を洗い、この仕事に精を出していた。
「なかなか、いい仕事だ。泥棒稼業より儲かるし、なにより人々から喜ばれる」
ジョンは天職を見つけた。
おしまい